「SF – F = S」な暮らし

「SF – F = S」な暮らし

奥山 輝大(マサチューセッツ工科大学 日本学術振興会特別研究員 SPD)

図1

学会後のラボディナー。最前列右より三人目が利根川進先生,二列目右より二人目が筆者。

「何故,わざわざ留学するのか?」という質問には本音,建前含めて種々答えがあるだろうが,僕の答えは単純である。次に何が起こるか分からないからだ。言語も文化も異なる日常の中では予想ができないことばかり起こるし,周りにいるびっくりするほど優秀な研究者たちの発見で,ある日突然,世界の見え方がひっくり変えることもある。

利根川進先生と初めて出会ったのは,忘れもしない台風サンディがボストンを直撃した日で,あまりにあまりの暴風雨だった。不幸中の幸いで,ラボにはほとんどポスドクや学生の姿が無く,誰にも邪魔されることなく3時間以上も話すチャンスに恵まれた。その時に,先生に聞かれた質問が印象的で,今でもよく覚えている。「なぜ,バナナは黄色だと思うのか,思いつく事をしゃべってみろ!」という恐ろしく漠然としたものであった。僕の返答に対して,「どうやってそれを解くんだ!」「もっとアンビシャスに!アンビシャスなプロジェクトを考えろ!」「最先端の科学で,できることと,できないことのギリギリラインを見極めて,一番価値があるところを狙え!」と,どんどん熱くなっていく先生の人間力に魅了されて,僕はポスドクを利根川ラボでやりたいと決めたのだった。

利根川ラボは記憶・学習の神経基盤に焦点を当てて研究しており,とりわけ近年,恐怖記憶の強制的な想起や,別の偽記憶の挿入といった,記憶の人工操作の研究で世界に衝撃を与えた。「記憶を人工的に操作できるならば,『万人のすべての記憶は偽の情報で,実は世界は五分前に始まった』可能性を論理的に否定できなくなる」という世界五分前仮説なる哲学の問いがあるが,冗談抜きにそのステージに人類の科学は近付きつつある。SF のような話であるが,SF(サイエンスフィクション)からフィクション (F) を取り除けば,それは間違いなく一流のサイエンス (S) である。どれだけ心躍るイマジネーションを描けるかが,研究の価値を決める。

その感覚が共有されているからか,日本での研究生活と比較して,イマジネーションを膨らませるための時間が多いし,それが可能なよう研究環境も配慮されている。たとえば,テクニシャンやラボマネジャーといった専門職が,単純な実験作業や書類作業などをサポートしてくれ,時間的な余裕を得られることが何よりも有り難い。また,テラスやティールームといった空間的な余裕もあり,ひとりで思考作業に没頭することもできるし,ポスドク同士でコーヒー片手にディスカッションすることもできる。ディスカッションを通して研究戦略を洗練させ,さらにはコラボレーションを組んで研究を深めるための素地が整備されているのを感じる。

もちろん,ストレスも多い。投資に比例して要求される水準が高く,研究が形としてまとまるまで,いたずらに時間を浪費するリスクもある。だからこそ,先生やラボメンバーとのディスカッションにおいても,偶然ではなく必然的に目標ラインに届くための論理的な研究戦略立案を強く要求される。とりわけ,Winning Strategy(詰めの一手)とEnd Point(撤収時期)の立て方の意識が強いように感じる。加えて,何の言い訳もできない環境からの無言のプレッシャーも大きい。別に,利根川ラボに入ったからといって,その瞬間に自分の中の何かが突然パワーアップするわけではない。リソースを享受できる幸せを感じながらも,一方で研究遂行上の一番の律速段階が「自分自身」であると否応なしに実感させられる。ただただ必死に自分の成長を模索しつつも,仲間達と共に,ピペットマンとビールを手にストレスと闘う楽しい毎日である。

過去を揺れ動かすサイエンスにドキドキし,未来が見えない事を楽しみつつ,イマジネーションを練り上げてワクワクする「今」の積分が,とてつもなく心地良い僕のボストン生活を紡ぎ出している。

PROFILE

奥山 輝大(おくやま てるひろ)

2006年 東京大学理学部生物学科 卒業
2008年 東京大学理学系研究科 日本学術振興会 特別研究員DC1
2011年 東京大学理学系研究科生物科学専攻博士課程修了 博士(理学)
2012年 基礎生物学研究所日本学術振興会 特別研究員SPD
2013年 マサチューセッツ工科大学 ピカワー学習・記憶研究所 (MIT,Picower Institute for Learning and Memory) 同特別研究員