ミシガンからオルセイへ 河岸の原子核分光

ミシガンからオルセイへ 河岸の原子核分光

鈴木 大介(オルセイ核物理研究所 研究員)

図1

ノートルダム大学での実験準備にて

 ミシガン州立大学(MSU)国立超伝導サイクロトロン研究所(NSCL)を離れて,パリ近郊の街オルセイにある核物理研究所(IPN)に赴任したのは2012年の正月である。アメリカとフランスという組み合わせは割りあい珍しいらしく,両者の違いについてよく聞かれるのだが,いつも窮してしまう。研究のスタイルにせよ,日常の文化にせよ,余りに違う。共通点といえばキャンパスの真ん中を川が流れていることくらいで,その川にしても,MSUの象徴であるグランドリバーの威容と,イヴェット (Yvette) 川の慎ましい佇まいとは,だいぶ印象が違う。違いを挙げていたら,日が暮れてしまいそうなのである。

 私の専門は,原子核の分光実験である。地上の物質はおよそ数百種の原子核で構成されているのだが,実は自然界には一万近い核種が存在すると予想されている。ただし,その多くは短時間で崩壊する。したがって地上にはほとんど存在しないが,高温高密度の環境(たとえば超新星爆発)では,重要な役割を果たしていると考えられている。短寿命核の研究史は古いが,爆発的なブームを迎えたのは,実験室における生成技術が革新された1980年代以降のことである。いっぽうで実験学としての核分光は1世紀以上の歴史をもつ。生成量が少なく,寿命の短い原子核を分光するには,その伝統に根ざしながら,常に新しい技が要求される。実験が好きな人にとっては,心踊る分野ではないかと思う。

 私と原子核分光との関わりは,学部四年の五月祭の時,物理学科の有志で直径30cmのサイクロトロン型加速器を作ったのが始まりである。その時担当してくださったのが,指導教員である櫻井博儀先生と酒井英行先生(現・理化学研究所仁科センター)だった。修士課程では,仁科センターの短寿命核生成施設RIPSで研究した。日本風に学位のテーマ以外にもいろいろな実験に参加しては,実験技術を厳しく教えていただいたが,その経験が今の支えである。博士課程では,当時オルセイ におられた岩崎宏典先生(現・NSCL)の実験に参加し,その結果を学位論文とした。そのさい,1年間オルセイに滞在したのが,私にとっての海外事始めだった。

 博士号取得後NSCLではウォルフガング・ミティヒ(Wolfgang Mittig)先生の御指導のもと,核反応の高分解能測定用ガス検出器の開発に携わった。優れた実験家として知られるミティヒ先生だが,実験中の読みの正確さと決断の冷静さには,経験深い匠を見る思いだった。時期にも恵まれたと思う。最新鋭の短寿命核ビーム施設FRIB計画が,米国エネルギー省(DOE)によって採択されたばかりだった。

 MSUはミシガン州の大型研究大学であるが,中西部の覇者ミシガン大学の陰りで生きる宿命をもつ。そうした境遇に抗うかのようにMSUはタフだった。名将トム・イゾー(Tom Izzo)監督率いるバスケットボール部の試合にせよ,NSCLの人々の働きにせよ。3年の間に試作機を完成させ物理データを測定できたのは,そんな気質が強行軍を支えてくれたからだと思う。

 私が今所属するIPNを流れるイヴェット川の流域には,他にもパリ南大学,原子力庁研究所,ポリテクニクといった高等研究機関が軒を連ねる。日本で言えば,筑波に似ている。その一角を占めるIPNはイレーヌおよびフレデリック・ジョリオ=キュリー夫妻(Irène / Frédéric Joliot-Curie)創始の歴史をもつ。個々のラボが高度な技官集団を擁するのがフランスの特徴であるが,IPNも加速器から検出器までつくる。意外と多国籍である。私の属する核構造グループの約3分の1は,国外(北アフリカ,ルーマニア,ベルギー,ロシア,中国,日本)の出身である。とにかく前へ,という感じのミシガンに対し,オルセイでは合理的で入念な準備が重要である。

 冒頭に戻ると,一度面白半分,グランドリバーが何処まで続くか,車で追ってみたことがあるが,あの大きな流れを途中で見失ってしまった。イヴェットは,細いながら水脈を保ちセーヌに至る。川には個性があり,流れの随所で表情を変える。国,都市,大学,あるいは個人の研究史もそうだろう。二つの異国で,そうした細部をたどることができたのは,貴重な経験だったと思う。

PROFILE

鈴木 大介(すずき だいすけ)

2004年 東京大学物理学科卒業
2009年 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻博士課程修了博士(理学)
2009年 米国ミシガン州立大学 国立超伝導サイクロトロン研究所(NSCL) 訪問研究員
2012年 オルセイ核物理研究所  研究員