パリは燃えているか??

パリは燃えているか??

冨士 延章(パリ地球物理研究所・パリ第七大学ディドロ 准教授)

図1

例の大親友ティボ デュレ(Thibault Duretz,1月よりローザンヌEPFL助教)と

図2

典型的なピレネーの夜(筆者右端,左手にサングリア)

9月から新しい年度が始まり,慣れない授業の準備に追われ,科研費の書類など書いていると10月になり,いつの間にか初めての博士の学生さんまで来てしまった。今年はいろいろありすぎて,ただでさえ混ぜこぜで,何が何だか分からない私の生活が,さらにエントロピーを増している。この2012年6月からパリ地球物理研究所(IPGP)とパリ第七大学ディドロの准教授(Maître de conférences)として働きはじめた。IPGPは地球物理の世界では結構知られていて,多くの有名人がここを拠点に世界を飛び回っている。そんな彼らと共に研究も雑用もできるようになって,毎日が面白くて仕方がない。

パリに来るまでは,南西フランスの首都トゥールーズにいた。理学系研究科はゲラーさんのところで2010年3月に学位を取得しすぐにポスドク研究員となった。高校の頃から博士に至るまで,延々と単位不足に悩まされ,卒業が危ぶまれていた私にはあるまじきだが(!),このポスドクの職だけは2009年の早い段階で話がまとまっていた。これには訳がある。東大には世界中から研究者が遊びに来ているおかげで,日本に居ながら随分と多くの知り合いができた。そのつてをたどってD2の冬にセミナー旅行(就活旅行)に出かけた。チューリヒ,ストラスブール,パリ,トゥールーズ。なぜトゥールーズ?正直に言うと,トゥールーズの名物料理カスレにとても惹かれた。バラ色の街とうたわれたレンガ造りの街並みにも好感が持てたし,何よりラテン的な空気が心地良かった。実際2年間住んでいる間,趣味のオーケストラも散々心行くまでやったし,こっそり買ったおんぼろオペルでピレネーを走り回った。いまだに都合のいい週末を見つけては,ピレネーに"帰っている"くらいだ。

東大時代は地震波波形を用いた地球深部構造推定の手法開発と実データへの試験的応用で博士号をいただいたが,トゥールーズでは,その手法の拡張や効率化といった,理論的な側面の強い研究を行った。東大では自分が納得行くまで思った方向に仕事ができたが,フランスの博士学生,ポスドクは違う。プロジェクトに雇われているものなので,厳然とやることが決まっている。これには最初戸惑ったものだ。とはいえ,好奇心旺盛な同僚たちと議論して,新しいアイディアが湧いてきたのは実に刺激的な体験であった。

ポスドクの困ったところは,年限が非常(非情)に短いことである。年限の切れる半年前から就活に追われる毎日であった。フランスのパーマネント職を希望した。しかし,全く簡単なことではないとよく分かっていたので,とにかく履歴書を送りまくった。スイスとサウジアラビアにも面接に行った。

IPGP,パリ第六大学,ニース大学の面接まで残ったというニュースは嬉しかったが,2人のポストにまだ10人もいたので,期待値は高くなかった。IPGPが最初の面接だった。待合室では何人かうろうろしていて,「来週はパリ第六かあ」とか,そんな会話をしている。この独特の雰囲気は受験以来だなあと思いながらも,面接を終えてすぐに北フランスのAudressellesという村にある大親友の家族の別荘に行った。「大丈夫?まだ緊張してるの?」と言われ,「いや」と応えながらも,一分に一回ケータイの画面をちらちら見ていた。気づくと留守電が入っていた。急いで再生をしてみる。トゥールーズの同僚からだ。「来週はシャンパン飲もうね!」とだけ。親友に「どういう意味?」と聞いた。彼は留守電を再生するなり,突如私を抱きかかえ,広い庭じゅうを走り回った。

かくして私はパリにいる。授業の半分はフランス人向けのフランス語で行うものだが,半分は新たにIPGPが産学連携で創設した物理探査のための国際マスターコースである。歩みを止めないIPGPとの新たな冒険は始まったばかりだ。

PROFILE

冨士 延章(ふじのぶあき)

2005年 東京大学理学部地球惑星物理学科卒業
2010年 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻博士課程修了 博士(理学)
2010年 トゥールーズ第三大学ポール・サバティエ・ミディ・ピレネー観測所・天文惑星学研究所(IRAP)ポスドク研究員
2012年 パリ地球物理研究所(IPGP)・パリ第七大学ディドロ・地震学・海洋地球科学 准教授