数値シミュレーションから"雨"をつかむような話

井口 享道(メリーランド大学カレッジパーク校ESSIC 博士研究員)

図1

仕事デスク

図2

グループリーダーのタオ博士(Wei-Kuo Tao)と筆者

アメリカ合衆国首都ワシントンDC郊外に位置する,NASAゴダード宇宙飛行センター。私はここで日本人初の月面着陸者として歴史に名を刻むべく,無重力下での活動を想定した厳しいトレーニングに日々励んでいる,わけではない。NASAといえば,アポロ計画やスペースシャトルに代表される宇宙探査ミッションがあまりにも有名であるが,人工衛星観測を主軸とした地球観測システムの構築も重要なミッションとして位置付けられている。その中のひとつである降水観測部門で,雲と降水の仮想シミュレーションモデルを開発することが私の現在の研究業務である。

海上を含む地球全体の降水の様子を把握するためには,陸上のみからでは十分な観測網を構築することができない。そのため,複数の人工衛星を使って地球上のできるだけ広い範囲を高頻度でモニタリングする。現在, NASAとJAXAが中心となって準備を進めている国際共同プロジェクトは全球降水観測計画とよばれ,その基幹衛星は,2014年にJAXAのH2Aロケットで軌道に投入される予定となっている。人工衛星観測は,衛星から地上へ送信された生データを有意な情報へと準リアルタイムに変換し,配信する体制を打ち上げの時点で整えておく必要がある。そのため打ち上げに先立って,さまざまな仮想的降水状況をコンピュータ上に用意し,模擬観測を行うことで精度を検証しておくという作業が求められる。そこで,私の開発したモデルが必要になるというわけである。

大学院と博士取得後の計8年間,気候システム研究センター(現:大気海洋研究所気候システム研究系)で中島映至教授の指導のもと,雲と降水の数値モデルの開発に携わってきた。そのスキルが評価され,当地でのインタビューとプレゼンテーションを経て採用が決定し,幸か不幸か海外で研究生活を送ることとなった。給料は円高の影響もあって,残念ながら東京大学時代よりも下がったが,クレジットカード社会であるアメリカでは,お金で買えない価値あるものをより多く得られたような気がする。さらに,日本と比較して,計画書を書いて獲得した研究予算と給料が直結しているため,努力や運で挽回できる余地も大いにある。

ところで,ニューヨークのような大都市では事情は異なるかもしれないが,車はアメリカでの生活必需品であり,無ければスーパーでの買い物ひとつおぼつかない。筆者は日本では10年来のペーパードライバーだったが,こちらに着いてすぐに車を購入し,さらに州の運転免許を取得する必要があった。日本の国際免許の有効期間は1年間だが,メリーランド州では住人になってから2か月までしか外国国際免許の有効を認めていない。運転中に警察に免許を確認されるようなことはまずないが,万が一事故を起こしたときに有効な免許証が無いと保険が下りずたいへんなことになる。筆者は幸いこれまで事故はなく,駐車違反のチケットを張られたぐらいしかないが,海外ではこのようなややこしいルールがあったりするので注意したい。

理学博士という肩書きは,研究者として海外で合法的に就労できる挑戦権を手ごろな形で与えてくれるもので,国内外問わず厳しい経済・雇用状況が続く中での利点のひとつともいえる。研究職を目指す学生の方々には,現時点で望む望まないにかかわらず,そういう選択肢があるということを頭の片隅に置いて,視野を広くもってキャリアプランを考えていただければと思う。

PROFILE

井口 享道(いぐち たかみち)

2001年 東京大学理学部地球惑星物理学科卒業
2007年 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻博士課程修了/博士(理学)
2007年 東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻博士研究員
2009年 メリーランド大学カレッジパーク校ESSIC博士研究員としてNASAゴダード宇宙飛行センターに勤務