北京の空に宇宙を思う

岡本 桜子(北京大学カブリ天文天体物理研究所 ポスドク研究員)

図1

友人のアメリカ人と万里の長城にて

図2

同僚との夕食(筆者は左から三人目)

私はいま,北京大学のカブリ天文学天体物理研究所で研究員として働いている。英語と片言の中国語で暮らす生活は,毎日が刺激的で,新しい発見が続いている。

大学院で天文学を専攻した私は,東京大学併任教授でもある家正則先生のもと,大学院の5年間を国立天文台の光赤外研究部で過ごした。すばる望遠鏡に密接に関わる同研究部は,学生よりも研究スタッフの方が多く,また日頃から国内外の研究者が訪れて,研究会やセミナーが開催されている。そのため私自身の研究に関する相談や議論はもとより,研究者のキャリアパスや天文学分野の将来計画などを聞く機会に恵まれていた。今から考えるとこのような環境が,私が卒業後に海外に出ることを後押ししてくれたのかもしれない。

大学院在学中に国際研究会で議論したことをきっかけに,私は2010年の春からケンブリッジ大学天文研究所のG. ギルモア (Gerry Gilmore) 教授のもとで研究を始めた。ケンブリッジ大学には,私の専門である近傍宇宙の矮小銀河の形成を研究する若手研究者が,理論家から観測解析のスペシャリストまで広く集っているため,測光観測に基づく私の研究を,彼らの結果と照らし合わせて議論がしたかったのだ。天文研究所では,専門外の遠方銀河団についての共同研究も始まるなど,多くの出会いに恵まれた。

その後,2011年から北京大学で研究を始めたのは,ケンブリッジを長期訪問していたカブリ研究所の教授に誘われたことがきっかけである。ここは,2006年に北京大学とアメリカのカブリ財団が共同で設立した英語を公用語とする研究機関で,国籍を問わず積極的に人を増やしており,さまざまな国から集ったスタッフと学生が対等な雰囲気の中で,個人の自由な研究が推奨されている。大学も外国人の雇用とその生活サポートに熱心で,ビザ申請の書類準備から銀行口座開設,住居の契約まで,ほとんどをアシスタントが代行してくれるほど。天文学研究における中国はまだ発展途上だが,外国で業績を上げた中国人を高待遇で呼び戻し,また積極的に外国人を迎え入れるなど,研究スタイルや環境は急速に国際レベルに近づいている。

大学院在学中から,人との出会いが私の研究を広げてきた。始めは指導教官の先生から紹介されて,それから研究会での発表,セミナーを通して多くの研究者と知り合い,今もその人たちと共同研究を進めている。東洋系の女性研究者が珍しいのも一因かもしれないが,研究所を訪れたゲストが「あの研究会で発表していたよね」と,以前の発表を覚えていてくれたことも,たびたびある。また多くの機関では,毎日のティータイムやセミナー後のハッピーアワー,ゲストを囲むディナーなど,研究者同士が気軽に会話できる場を用意しており,自分の研究内容から最近の興味,出身国の政治や文化まで話題になる。このため,むしろ海外に出てから,日本文化や経済情勢を勉強するようにもなった。

ケンブリッジでも北京でも,長年大学に関わる日本人からは,ここ10年で日本からの留学生が激減し,代わりに他のアジアの国々からの学生が増えたと聞く。またポスドクとして海外に出る若手研究者も減少傾向にあるとのこと。確かに数年先の将来すらわからない状態で,言葉も常識も異なる国で学び研究するメリットは少なく見えるかもしれない。しかし実際には,どの街も住めば都。歴史ある大学街も大都市も,慣れるまでの苦労はあるけれど,出会いの数も受ける刺激も国内での生活とは比べ物にならない。他分野の研究者,留学生,地元の人,企業からの駐在員など,多種多様な国籍,年齢,職業の人たちと出会えるのも魅力のひとつ。さまざまな国から来た同僚と議論し,時には宇宙や日食についての友人からの質問に答えつつ,白く霞む北京の夜空に宇宙を思う日々はとても充実している。

PROFILE

岡本 桜子(おかもと さくらこ)

2005年 慶應義塾大学理工学部物理学科卒業
2007年 東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻修士課程修了
2010年 東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻博士課程修了・博士(理学)
2010年 ケンブリッジ大学天文研究所研究員,日本学術振興会特別研究員
2011年 北京大学カブリ天文天体物理研究所 ポスドク研究員