葉っぱがつなぐ島と大陸-欧州研究生活6年

桑原 明日香(スイス連邦工科大学チューリヒ校 研究員)

図1

同僚で親友のドイツ人と。シェフィールド大学にて。

図2

同僚と学食での昼食。チューリヒ工科大学にて。

昨年からスイスの連邦工科大学(ETH)チューリヒ校に移り,欧州生活も6年目になった。理学系研究科生物科学専攻の植物生理学研究室で博士号を取得した後,初めて研究職の肩書きを得たのは, 2007年,英国シェフィールド大学のアンディ・フレミング (Andrew J. Fleming) 先生の研究室においてである。それまでは(必死に就職活動をするべきだったはずだが)研究職ではない肩書きで研究室に残り,修士課程で始めた水草の葉形変化の研究に没頭していたのであった。

水中で生育するので「水草」とよばれるわけだが,実は多くの水草は陸上でも生育できる。その中には水中と陸上とで全く異なる形の葉をつける種類もあり,どうして葉の形が変わるのかに興味をもって研究を始めた。博士課程の途中で細胞数の変化と葉形の変化がリンクしていることに気づき,細胞分裂と葉の形成の関係に焦点が移る。細胞分裂パターンは精密な分子マシナリーによって調節されているはずだが,それが器官の形に影響を及ぼす過程は,実はかなり込み入っている。分裂で生じた細胞が拡大成長していくとき,すべての細胞は細胞壁で緊密に接着されてしまっている。成長途中の葉では,細胞が新しく増えつつ,かつこの連結関係を維持したまま,膨圧という物理的な力によって周囲の細胞と押し合っているのだ。このように,生命現象には遺伝子ネットワークによる制御と,メカニカルな(物理・幾何学的な)制御が密接に関係しあっていることに気づき,このメカニカルな視点に重点を置いた研究をしたいと思うようになっていった。

ちょうどその頃,恩師の長田敏行先生(現・法政大学教授)の定年退職が迫り,私もどこかに職を得なければならない,とやっと気づいた。そこで試しに,分子生物学とメカニカルな制御の両方に興味をもっていそうな,英国のフレミング先生にメールしてみた。国際学会で一度お会いしただけにもかかわらず,なぜかトントン拍子に話が進み,予算をとって雇ってくださった。研究対象は水草から,モデル植物のシロイヌナズナへと移り,画像・数理解析に明け暮れる日々を過ごす。

生活習慣には大きな違いがあるが,日本も英国も島国のせいか,どちらの国においても本音と建前,そして敬語が重要だという面白い共通点がある。英国での人間関係は,教授であってもファーストネームで呼ぶなど,一見フランクに見えるものの,朝の「学科の公式ティータイム」には,職種の上下に従って席が暗黙の了解で決まっているなど,階級社会の雰囲気が色濃く残っており,驚きの連続だった。

振り返ってみると,ドイツに留学経験がある恩師の長田先生は,何事もドイツ式に進められてきたように思う。長田研では,論理的に正しければ,相手が誰であっても正々堂々主張すべし,と教えられてきたので,自然と英国でも同様にしてきたのだが,このせいで,英国の皆様には相当のカルチャーショックを,振りまいてしまったかもしれない。

現在のスイスでのドイツ人ボス,ウィルヘルム・グルイセン (Wilhelm Gruissem) 先生と長田先生とは旧知の友人でもある。長田研時代と同様に,ここでは論理が通っていれば何でも堂々と主張し,勝手に仮説を立てて,独自に研究を進めてよい,という環境だ。東大時代は,自分がドイツ的な環境にいたとは気づいていなかったが,渡欧してみて初めてそれを実感した。研究テーマは引き続き葉の形態形成で,今は生理学と分子生物学をうまく乗り合わせた解析を行っている。

島から島へ,そして大陸へ。振り返ってみると,研究姿勢についてはこだわりを貫き,研究環境については,成り行きまかせの日々であった。少なくともその反対ではないとは思っている。こういうことに気づけるのも,外へ向かって身を乗り出し,距離をもってふり返ることができる海外生活ならではかもしれない。

PROFILE

桑原 明日香(くわばら あすか)

1998年 東京大学理学部生物学科卒業
2003年 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻博士課程修了・博士(理学)
2007年 シェフィールド大学(英国) 研究員
2011年 スイス連邦工科大学(ETH) チューリヒ校 研究員