コスモポリタンとしての研究者を目指して

重藤 真介(台湾 国立交通大学応用化学系 助理教授)

図1

イリノイ大学でお世話になったD.ドロット(Dana Dlott)教授(左)と筆者

図2

実験室にて研究室のメンバーと(右から二人目が筆者)

日本を離れ海外で研究生活をはじめて,もうすぐ6年がたつ。学位取得後,アメリカ中西部にあるイリノイ大学での約1年半のポスドク期間を経て,日本の隣国台湾の国立交通大学にやってきた。現在はそこで助理教授(Assistant Professorに相当)として独立したグループを率い,研究・教育活動をおこなっている。目下の主な研究テーマは,1個の細胞やその集合体が織りなす生命現象を構造や機能の観点から,しかも生きたまま分子レベルで解明することである。そのためのアプローチとして,光と分子の相互作用によって起こるラマン散乱にもとづいたラマンイメージングという計測手法を用いている。これは,細胞のなかでどのような物質がどのように分布しているのかを,イメージというかたちで可視化してくれる強力な手法である。私たち人間の場合と同様,細胞にも当然個体差があるが,個体の挙動と統計平均的な振る舞いのあいだを物理化学の論理でつなぐことができるのかという点にも興味をもって,学生たちと研究を進めている。

私がラマン散乱という現象に出会ったのは,学部3年生のころだった。この現象を測定して得られるラマンスペクトル(別名「分子の指紋」)を読み解くことで,分子という目に見えない存在についてさまざまな情報が得られると知ったときは,自然科学の力に感動したものだ。卒業研究の配属でラマン分光の権威である濵口宏夫先生の研究室を志望し,大学院を含め6年間お世話になった。理学は自然を対象とする学問であるから,実験はなかなか自分の思うようには行ってくれない。私も修士課程で挑戦的な研究課題に取り組んだものの,まったく成果があがらず苦しい時期を過ごした。しかしそのぶん,博士1年生のときの成果ではじめて国際学術誌に論文を発表できたときの喜びは大きかった。論文発表以外にも国内外の学会で発表する機会を通じて,研究者という職業がじつは大いにコミュニケーション能力を必要とするものだと学んだ。この経験が学位取得後アメリカでポスドクをしてみたいという動機の端緒になったのではないかと思う。

アメリカでの研究生活は目新しく,刺激的なことばかりだった。はじめのうちは,実験で使う光学部品の注文ひとつとっても,日本にいたときのようにスムーズにはできなかった。しかし,英語と自然科学を「共通語」として,世界のさまざまな国や地域から集まってきた優秀な学生や研究者とともに仕事をするのはとても楽しく,自分の視野をひろげるのに役立った。そのため,渡米して1年目の冬に濵口先生から「台湾の大学で研究室立ち上げを手伝ってくれないか」とお誘いいただいたときはひじょうに悩んだ。それでも私が台湾行きを決意したのは,また新たな環境で自ら研究室を構えて研究することに大きな魅力を感じたからだ。実際来てみると台湾には日本のものがあふれ,おおらかで親日的な人々が多く,とても住みやすい。言葉の壁や長く蒸し暑い夏には苦しんだが,台湾の学生と同僚研究者の協力・支援のおかげでどうにか研究室を軌道に乗せることができた。このような経験は日本にいたのでは得難いものだろう。日本でも有名な鼎泰豊をはじめいろいろな店で小籠包の食べくらべができるのも,台湾にいる余得である。

国際化が叫ばれて久しいが,海外留学をする日本人学生の数は減少の一途をたどり,企業でも海外勤務は敬遠されていると聞く。しかし若いときの一時期,海外に出て異文化のなかで自分を試すことは,キャリアパスのひとつであるだけでなく,真のコスモポリタン(国際人)たるための第一歩なのではなかろうか。

PROFILE

重藤 真介(しげとうしんすけ)

2001年 東京大学理学部化学科卒業
2003年 東京大学大学院理学系研究科 化学専攻修士課程修了
2006年 東京大学大学院理学系研究科 化学専攻博士課程修了 博士(理学)
2006年 イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 ポスドク研究員
2007年 国立交通大学応用化学系 助理教授