オランダ式の量子科学的手法で太古の宇宙に迫る

遠藤 光(デルフト工科大学カブリナノ科学研究所 研究員
オランダ科学研究機構VENIフェロー・日本学術振興会 海外特別研究員)

図1

アンデス・標高5100 mで望遠鏡搭載試験

図2

学生とW杯日蘭戦の応援。筆者と妻は和装で。

オランダのデルフト工科大学(以下TUD)を起点に「天文学とナノテクを結びつけた新しい研究の可能性を追求する」という目標をもってポスドク研究員として渡蘭したのは,2009年の春のことである。2か月ほどの短い期間に,学位の取得,結婚,就職,初めての海外生活と,さまざまな転機を一度に迎え,新しい毎日が始まった。風車の動力ともなる,この地特有の強風にあおられた八重桜の花吹雪が見事だった。日本から来た私たち夫婦を「ようこそ」と歓迎してくれているようで,晴れ晴れとした気持ちでスタートを切ったのをよく覚えている。

科学界の伝統であるポスドクという制度はなかなか情熱的なものだ。やると決めたら,地球儀をぐるぐる回して,世界で一番と思う研究者を見つけ,その人の弟子にしてもらえるように頼むのだ。私は,超伝導エレクトロニクスの分野で世界的に著名なT. M.クラップヴァイク(Teun Klapwijk)先生の門を叩くことに決めた。TUDには天文学教室が無いが, 慣れ親しんだ日本の天文学分野を離れて海外の物理学者の中で揉まれる経験が,実験天文学者としての自分の将来に不可欠だという確信があったので,不安や迷いはまったく無かった。

TUDのカブリナノ科学研究所は,超伝導回路を用いた量子電磁力学の研究で優れた成果をあげている。私のねらいは,この研究所がもつ光と物質の相互作用に関する豊富な知識と技術を,ユニークな天体観測装置に応用し,従来の限界を突破するような観測天文学的研究を展開することだ。最初の半年は,新しい人,物,場所に手当たり次第に触れ,オランダ流の方法論を理解することに努めた。その中から,従来の天体観測装置につきものの大掛かりな光学系を手のひらサイズの超伝導回路で置き換える着想を得た。これを使えば,サブミリ波銀河注1)の3次元分布を効率よく観測できるはずだ。この原理に基づく最初の 装置の開発計画を,日蘭両国 に縁の深い長崎の出島に因んでDESHIMAと名付け(Delft SRON High-redshift Mapperの頭文字でもある),研究開発に着手した。その後,日蘭の競争的な科学研究資金を獲得し,TUDの私をリーダーとする,ライデン大学およびオランダ宇宙機関との共同チームも結成した。現在は学生も増え,原理の実証を目指した実験にも弾みがついてきた。自分の発想を異国の地で根付かせ,広めながら深化させていくことに,科学者として大きなやりがいを感じている。

さて,そんな私の海外挑戦に便乗して,妻の有紗もオランダ暮らしを大いに楽しんでいるようである。彼女は東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の修士課程を経て,イラストレーターに転身した異色の経歴の持ち主だ。大学院で学んだ専門的知識を活かして,ブラックホールに宇宙論, DNAまで,情熱の赴くままに勉強し,手書きのイラストたっぷりの本を出版注2)したり,一般向け科学雑誌に絵付きの記事を書いたりしている。最近は韓国や台湾でも訳書が出版され,小笠原諸島の世界遺産化にデザインで貢献するなど,なかなかの「世界に羽ばたく理学修士」ぶりである。今は地元で活動すべく,子育ての合間にオランダ語の勉強を頑張っているようだ。そこかしこに科学者に因んだ名前の道路があるほど,科学が文化として定着している国なので,彼女の個性的なイラストは人気が出るかもしれない。書店に並ぶ日が楽しみだ。

PROFILE

遠藤 光(えんどう あきら)

2004年 東京大学理学部天文学科卒業
2006年 東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻修士課程修了
2006-2009年 日本学術振興会 特別研究員DC1
2009年 東京大学大学院理学系研究科 天文学専攻博士課程修了 博士(理学)
2009年 デルフト工科大学カブリナノ 科学研究所 ポスドク研究員
2011年 オランダ科学研究機構VENI フェロー・日本学術振興会 海外特別研究員
注1)
サブミリ波銀河:太古の宇宙で爆発的に星を生み出していた銀河。本誌2010年9月号16 ページ に,筆者の東大時代の恩師である河野孝太郎先生(東京大学教授)の解説記事。
注2)
代表作にエレンの宇宙(羽馬有紗著,須藤靖監修,技術評論社)など