ワールドワイドウェブ(WWW)誕生の聖地

ワールドワイドウェブ(WWW)誕生の聖地

早野 龍五(物理学専攻 教授)

図1

CERN の1 号棟の廊下に掲げられた「WEB 誕生の地」の額。筆者撮影。

欧州原子核研究機構(CERN)といえば,円周27kmの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いて,2012年にヒッグス(Higgs)粒子を発見した研究所として,ご存知の方が多いであろう。Higgs粒子が実験的に発見されたことにより,約50年前の1964年にゲージ対称性の自発的破れと質量の生成に関する理論を独立に提唱したピーター・ヒッグス(Peter Higgs)とフランソワ・アングレール(François Englert)に,2013年のノーベル物理学賞が授与されたことは記憶に新しい。

東京大学の研究者も,ATLASとよばれる実験チームの主要メンバーとしてHiggs粒子発見に大きく貢献し,素粒子国際センターの小林富雄教授と,理学系研究科物理学専攻の浅井祥仁教授が2013年度の仁科記念賞を受賞された。

このほかにも, 1983年に,陽子・反陽子衝突型加速器を用いてベータ崩壊などの弱い相互作用を媒介する粒子(弱ボソン)が発見され,実験を率いたカルロ・ルビア( Carlo Rubbia)と,加速器建設を率いたシモン・ファンデルメール(Simonvan der Meer) に,1984年のノーベル物理学賞が授与されるなど,CERNは物質の根源の解明に大きく貢献してきた。

私事であるが,筆者も1990年代からCERNにおいて反陽子を用いた研究を行っており,「反陽子ヘリウム原子」という奇妙な原子の研究で2008年度の仁科記念賞をいただいた。CERNにはたいへんにお世話になっている。

ところで,CERNは,第二次世界大戦で疲弊した欧州の科学を再建する目的で,1954年に,フランス,西ドイツ,英国,スイスなど,欧州の12の国をメンバー国としてスイスのジュネーブ郊外に設立され,今年で60年目を迎える。メンバー国は現在21ヶ国である。

CERNはメンバー国が国民純所得に応じて拠出した予算で運営されており,現在の年間予算はおよそ1000億円,所員数は2400人ほどである。日本,米国,ロシアなどの非欧州国はオブザーバーとして協力している。CERNはそのほかの非メンバー国とも種々の協定を結んでおり,年間に100ヶ国以上から1万人以上の研究者が訪れるという,きわめて国際的な大規模研究所である。

一般の方で,これら,CERN研究所で行われている研究の成果や意義,国際共同研究の実態などをご存知の方はあまり居られないであろう。しかし,CERNが生み出したもので,世界中の多くの方々が日々恩恵を受けているものがある。それがワールドワイドウェブ(WWW)である。

CERN の私のオフィスは,CERNでももっとも古い一角の1号棟にあるのだが,その近くの,普段はあまり人通りの無い廊下に,図1のような額がひっそりと掲げられている。

Where the WEB was bornと書かれたこの額は,1990年頃にティム・バーナーズ=リー(Tim John Berners-Lee) とロバート・カイリュー( Robert Cailliau)が,CERNのこの場所でWWWを発明したことを記念するものである。

彼らは,先に述べたようなCERNの研究環境,すなわち,世界中の多くの研究者が,自国とCERNとを往復しながら研究している中で,情報共有を容易にし,共同研究を活発化させることを目的に,WWWを発明した。当時,すでに電子メールや,ネット上でのファイル転送は普及していたが,研究に必要な情報を広く共有する仕組みとして,それらは不十分だったのである。

WWWは,コンピューターの画面上の文字列をクリックすることで,(一般的には,ネットワーク上のほかのコンピューターが保持している)他の文書や画像などを呼び出すことができる仕組みである。WWWが情報共有の仕組みとして,いかに優れたものであったかは,あらためて説明する必要もないであろう。

CERNは,1993年にWWWのソフトウエアをパブリック・ドメインとして全世界に無料で公開した。これによってWEBはたちまち世界中に普及したのである。

素粒子研究とWEB,一見したところ関係なさそうであるが,CERNという国際的な共同研究の場が無ければ,私たちが現在毎日のように恩恵を受けているWEBが生まれなかったかもしれないと思うと,感慨深い。