第6回

物理学専攻

須藤 靖(物理学専攻 教授)

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窮理学とは天地万物の性質を見てその働きを知る学問なり(福沢諭吉:学問のすゝめ)

窮理学ノススメ

乱流現象は、古典物理学の重要な課題の一つ。これは水銀の中に発生した乱流を可視化したもので、右側のグラフは空間パワースペクトルを示す [物理学専攻 佐野研究室]。

図1:物理学的世界観

物理学とは物(もの)の理(ことわり)を窮める営みをさす。注1)われわれの自然界(の一部)を可能な限り簡潔にかつ正確に記述できるような秩序(自然法則)を探すことと言い換えてもよい。用いることのできる言語は数学であるが,これが現実の自然界を完全に記述できる保証はない。したがって,物理学によって構築される世界は,現実の自然界の一部をわれわれが頭のなかで理解できる形にマッピングしたものに過ぎず,両者の関係はあくまでも近似的なものである。とすれば,物理学とは常に「その時点で知られている」自然界の一部が内在する秩序に対する最良の近似を与える以上のものではない。注2)その意味で,物理学(より広く一般に自然科学)は常に,self-evolving, self-correcting processであるといえよう。

いきなり小難しげな話から始めてしまったが,その補足説明もかねてとりあえず図1を見ていただこう。これは,考えうる世界の論理体系の包含関係を概念的に表現することを試みたものである。

(1)古典物理学だけで記述可能な世界

古典という言葉は,音楽,絵画,文学などにおいては賞賛の意味をこめて使われることが普通だが,古典物理学の場合,量子力学を考慮していない「古い」物理学というニュアンスで用いられることがある。このため,若者は古典物理学が量子物理学よりも劣っているという錯覚をもちがちであるが,それがまったくの誤りであることを確信できて初めて一人前といえる。

(2)既知の物理学で記述できる(はずの)世界

しばしば「20世紀は物理学の時代」と評されるように,物理学はその適用領域を(1)から大幅に広げた。その結果である(2)をあえて「既知の」物理学と形容し境界を破線で示したのは,この領域が物理学の発展とともに今もなお現在進行形で拡大しつつあることを表現したつもりである。

(3)我々の自然界

既知の物理学を超えた領域に新しい物理学が存在していることを疑う余地はない。理論家はすでにその候補をもっている。超対称性理論,超ひも理論という物理屋の中でもごく少数しか理解できないような難しいモデル注3)は,理論的検討のみならず,実験的な検証の段階を迎えつつある。

(4)数学で記述できる世界

実は(3)と(4)の包含関係はわからない。図1で示した包含関係はもっとも常識的である。つまり,われわれの自然界を完全に数学で記述できるという考えは思い上がりもはなはだしい一方で,数学的には正しくとも現実の自然界に対応しないような論理体系があってもどこも不思議はない。

(5)自己矛盾のない世界

では,われわれの自然界が採用しているわけでもなく,数学によって記述することもできないような無矛盾な体系ははたして実在し得るのだろうか。注4)思想の自由が日本国憲法で保障されている以上,それを考えるなという権利はないが,相談に来る学生がいたとすれば,せいぜい(3)と(4)の共通領域の外の世界には決して足を踏み入れないようにアドバイスしてあげたいところである。しかし,矛盾に満ちあふれたこの現代社会を考えれば,(5)の外に世界が厳然として実在することは認めざるを得ないかもしれない。

歴史

図2:東京大学百年史より,明治24年(1891年)6月18日 物理学科最後の外国人教師C.G.Knott帰国記念写真。前列左から文科大学長 外山正一,理科大学長 菊池大麓,C.G.Knott,山川健次郎,第二列左端が長岡半太郎。

異様に長い前置きはこのぐらいにして,そろそろ物理学教室の紹介に入ることにする。注5)明治元年(1868年)に設置された開成学校は,明治2年(1869年)12月に大学南校と改称された。明治3年(1870年)10月に制定された大学南校規則によれば,理科の学科は,窮理学,植物学,動物学,化学,地質学,器械学,星学,三角法,円錐法,測量法,微分・積分とされている。明治10年(1877年)4月12日に東京開成学校と東京医学校とを合併して東京大学が創設された際に,法・理・文・医の四学部が置かれ,理学部には「数学物理学および星学科」,「化学科」,「生物学科」,「工学科」,「地質および採鉱学科」の五学科が設けられた。この時期に物理学を担当したのは外国人教授だった。初代日本人物理学科教授は明治12年(1879年)7月の山川健次郎氏〔明治21年(1888年)〕で,本学科で初めての博士号授与者でもある。彼は明治34年(1901年)には第6代東大総長に就任, 2006年12月には理学部1号館前に胸像が設置された(図2)(関連記事本号18ページ)

物理学教室では毎年12月に学部3年生が中心となってニュートン祭を開催することになっており,学部学生,大学院学生,現役教員,定年教員の交流の場となっている。これは,1642年12月25日に生まれたアイザック・ニュートンにちなんだものであるが,明治12年(1879年)12月に当時学生であった田中館愛橘氏〔本学物理学教室を卒業した最初の教官で,明治16年(1883年)に講師,明治19年(1886年)に助教授,明治24年(1891年)から大正6年(1917年)まで教授を勤める〕らの発意で始められたという長い伝統をもつ。明治14年(1881年)に,数学物理学および星学科が,数学科・物理学科・星学科の3つに分離され,現在の物理学教室の源流となった。

学部教育

学部教育を担当しているのは本郷の理学部「物理学教室」であるが,大学院「物理学専攻」とはこの物理学教室以外に,ビッグバン宇宙国際研究センター,原子核科学研究センター,素粒子物理国際研究センター,物性研究所,宇宙線研究所,宇宙航空研究開発機構など多くの研究施設からなる大規模な組織である。本稿ではこの定義にしたがって,物理学教室,物理学専攻という言葉を区別して用いるので注意してほしい。物理学教室は,教授21人,助教授10人,講師3人,助手27人の大所帯である(2007年1月時点)。研究室は,教授+助手,あるいは助教授+助手を独立したユニットとして構成されており,限られた人員の枠で独立した多くの研究室をつくることで広い物理の諸分野をカバーしつつ分野の固定化を防ぐように考えられているようだ。

理論系と実験系という区別が明確に存在するのが現在の物理学研究の特徴のひとつかも知れない。本教室ではそのいずれにも接する機会をもてるよう, 3年生では学生実験と理論演習を必修としている。大学院で実験系と理論系のいずれに進むかは大半の学部学生が悩むところであるが,やはり実際の雰囲気を体験することが大切である。そのため4年生になると2,3人ごとに各研究室に分かれて週3回の特別実験・理論演習を行うことになっている。ここでも,原則として夏(冬)学期に実験研究室を選択した場合には,冬(夏)学期には理論研究室を選択することになっており,実験と理論の両方の経験を積むように配慮されている。これらは必修科目ではあるが,現在の物理学研究の先端とはまだかなり距離があるため,卒業論文を提出する制度にはなっていない。

大学院と研究分野

図3:物理学専攻サブコース一覧

本学の物理学科の学生は9割以上が大学院に進学するいっぽう,約100名の修士課程入学者のうち4割が本学以外出身となっている。修士課程修了者のうち博士課程に進学するのは3分の2で, 3分の1は公務員,民間企業など幅広い業種で活躍する道を選ぶ。物理学専攻に属する大学院担当教員は,教授74人,助教授58人,講師4人の計136人で(2007年1月時点),物理学教室の4倍の規模となる。このように大規模な物理学専攻の研究室の研究分野をつぶさに紹介することは不可能であるので,大学院入試の際に採用されているサブコースという分類(図3)にしたがって以下に概観するにとどめよう。さらに詳しいことは,ホームページに紹介があるので,ぜひとも一度ご覧いただきたい。

A0:
地上に存在するすべての元素は,核子(陽子と中性子)が強い相互作用によって結合した原子核から構成されている。世の中の物質の多様な存在形態と性質はこの原子核という量子多体系に起因するが,その本質である核力の性質はまだ多くの謎を残したままである。さらにこの原子核をより基礎的な階層であるクォークの多体系として理解しようとする理論的な試みは,量子色力学という素粒子物理,中性子星や宇宙初期の新たな物質相を通じて宇宙物理学と密接な関係をもつ。
A1:
自然界のもっとも根源的な素粒子とそれらの相互作用を追究する分野が素粒子理論である。物理学専攻の中で,専ら図1の(2)の領域の外のみを模索している人々はほとんどの場合このサブコースに所属する。とくに(2)の外側の境界のごく近傍に集中している集団は「現象論」と呼ばれ,(3)と(4)との境界,あるいは(3)の外側に興味をもっている「純理論」集団と呼ばれている。
A2:
A0あるいはA1のサブコースの理論予言を実験的に検証/否定することで,(3)の領域に占める(2)の境界を拡大するとともに,A1の人々が過度に(3)の外側に興味をもつことのないようにフィードバックをかける重要な役割を果たす。物理学専攻の中で最大のビッグサイエンスに属し,必然的に国際規模での共同研究の割合が高い。
A3,A4:
自然界の本質は何かという質問に対して,要素還元的にもっとも単純化した世界における基本法則であると答えるのがA0からA2のサブコースで共有されている価値観であるとするならば,それらの基本要素が集団化して初めて発現するような秩序こそ現実の自然界の魅力であると考えるのがA3とA4における価値観ではないだろうか。統計物理学,固体物理学を主体とするこの分野は,日本では(広義の)物性という言葉で呼ばれることも多い。これに対して,素粒子・原子核・宇宙の研究をひとくくりにして「素核宇」という変な省略語も頻繁に用いられる。注6)
A5:
いわば「その他」の理論サブコースである。流体力学,数値相対論,量子宇宙論,観測的宇宙論,量子情報,などこのサブコースの研究の分野はきわめて幅広い(というか,種々雑多である)。
A6:
このサブコースは必ずしもA5の理論研究に対応した実験研究というわけではない。プラズマ物理,レーザー物理,非線形非平衡系など,独自の興味深い対象を実験的に探求し,新たな分野を開拓しつつあると形容したほうがよい。
A7:
歴史的には,本物理学教室は日本の生物物理学の発祥の地であると言っても過言ではない。21世紀は生物学の時代であるという表現はもはや陳腐化した感があるが,単に流行にとらわれることなく物理学マインドをもつ人材を育成することで,新しい時代の生物物理学の開拓を目指している。
A8:
宇宙物理に関係した観測・実験グループが多いのも物理学専攻の特徴のひとつである。 宇宙線研究所,宇宙航空研究開発機構,国立天文台,などの宇宙に関する主要研究機関と密接な連携をとりつつ,電磁波にとどまらず,粒子線,重力波を含む広義の多波長宇宙観測を行っている。さらに地下ニュートリノ実験,ダークマターの直接検出など素粒子物理学との境界領域の研究も盛んである。いうまでもなく, 2002年度のノーベル物理学賞に輝いた小柴昌俊先生の超新星ニュートリノ検出の業績は,このサブコースから生まれた偉大な成果である。注7)

以上をまとめると,物理学専攻で展開されているほとんどの研究は(2)の内側の境界近辺にあるが,そのすぐ外側の境界付近に素粒子現象論・素粒子実験が,(3)の内側の境界ぎりぎりから(4)の境界あたりに素粒子純理論が分布している。その外側にひろがっている(かもしれない広大な)領域は理学部物理学専攻の守備範囲ではない。(4)の外側かつ(5)の内部の存在を模索するのは文学部哲学専攻,(5)の外側はさらにその道の専門家にお任せしよう。

駒場から本郷への進学,また大学院受験に関係して受ける質問として圧倒的に多いのは,「工学部の物理工学科と理学部の物性関連研究室の違い」,および「天文学科と物理学科の宇宙関連研究室の違い」の2点である。研究という観点だけから見れば,これらには本質的な違いはなく共同研究も含めて互いに密接な関係にあるといえよう。もちろん,具体的な研究の詳細まで突き詰めれば,工学部・理学部,あるいは天文学科・物理学科という枠の以前に,研究室・教員ごとの興味の問題に帰着する。私の専門である宇宙物理学を例にするならば,現在の教員の顔ぶれだけからは,X線天文学,相対論や量子宇宙論などは物理学科,光赤外天文学,太陽物理,元素合成などは天文学科,と棲み分けられてはいるが,別に学科としての境界というわけではなくこれから変わる可能性は十分ある。物理学科を宣伝する立場として言うならば,大教室の利点を生かして素核宇・物性・生物など物理学の広い分野に接する機会が与えられるので,そのなかから自分が本当にやりたい分野を見つけることができる点を強調しておきたい。学部時代に垣間見ることのできる物理学の分野は限られているのみならず往々にして偏っていることが多い。刹那的にそれらに毒されることなく,物理学教室に進学して広く物理学全体を見渡した上でじっくり自分の将来の道を考えることをお勧めしたい。

物理学専攻の文化

以前,「物理学とは対象の学問ではなく手法の学問である」という言葉を目にしてなるほどと思ったことがある。実際,上述のように物理学の扱っている対象はまさに森羅万象,広範囲であることがわかる。またそこで用いられている研究や自然に対する価値観も多種多様である。そのおかげか,物理学専攻の人々は一般の方々に比べて変わり者が多いだけではなく他人に対してもきわめて寛容である。私の研究室は理学部1号館西棟9階にある。この階の南半分に生息する人の大半は,われわれの時空が本当は9+1次元であり,通常の空間3次元に,小さくて見ることのできないコンパクトな6次元空間がぶらさがっていると信じている。 満員電車で,「われわれの時空は9+1次元だ」などとブツブツつぶやいていると,どんなに混んでいても不思議に座席が空いて座れてしまうことは確実である。にもかかわらず,物理学科の学生たちにはこの9+1次元人種に対する強い憧れの念も根強い。そのいっぽうで同じ階には2+1次元時空を懸命に計算している人々も棲み分けており,さらに中央棟9階には空間1次元に閉じ込められた物質系の性質を追究している人もいる。とはいってもそのような理論系の人たちはすべて9階に隔離され,それ以外の研究室は6階以下に配置されているあたり,寛容な物理学教室といえどもさすがに危ない価値観のこれ以上の蔓延は食い止めたいという意志が働いているのかもしれない。

専攻内の文化にも大きな違いがある。まじめな大学院生が初めて学会で講演する際に,「どのような服装でいったらいいでしょうか?」という質問をしてくることがある。

もちろん,「ネクタイやスーツを着ていくと笑いものになる」と答えるのであるが,これは,素粒子・原子核・宇宙分野の文化なのであろう。私は国際会議で招待講演をする際でもいつものむさくるしい格好のままであるが,別にとがめられたことはない。注8)いっぽう,物性分野では企業関係の研究者の方々も多く,きちんとした身なりをするのは当然の礼儀である。このような異なる文化をもつ集団であることは,自然淘汰の結果として生存し続ける物理学の秘訣なのではなかろうか。

最後に

さて,物理学専攻の国際的認知度を客観的に示すデータのひとつにトムソンサイエンティフィックトムソンコーポレーション株式会社が発表している,過去11年間に発表された論文の被引用回数ランキングがある。2006年4月の結果によれば,東京大学は物理学分野において161,747回で世界第2位,ちなみに全論文数は14,844本となっている。この結果は狭い意味での物理学専攻のみのデータではないし,統計の取り方など細かい部分では議論もあり得るが注9),東京大学における物理学研究のレベルの高さを示していることは間違いない。

2007年1月5日の朝日新聞に「若者よ,ユカワをめざせ」という社説が載った。昨今の若者の科学技術離れを憂い,日本の将来を担う人材の科学リテラシーの重要性を強調したものである。本物理学専攻はその先頭にたち,物理学のみならず科学の新たな地平線を切り拓く場所でありつづけたいと考えている。

注1)
現在では,「窮」は,困窮,窮乏など負のイメージを持つ単語に使われることが多くそれ以外では「究」を用いることが普通かもしれないが,ここでは福沢翁に敬意を表して,「窮理学」としておく。現在の物理学が窮状にあるなどという誤解は決してなさらぬよう。
注2)
このあたり異論をお持ちの方が大勢いらっしゃることであろうが,まったく耳を貸さずに話を進める。以下同様。
注3)
私はその少数の中には該当しないので,これ以上詳しく論じることはできない。
注4)
大学に入った頃に,「数学は自然科学ではない。数学では論理的に正しければそれは真であると結論して良いが,物理学(自然科学)ではいくら論理的に正しくとも現実の世界(実験,観測事実)がそうなっていなければ,それは真ではない。」といったことを教養の講義で聞かされて,思わず感動してしまった人も多いことであろう。恥ずかしながら私もその一人であった。しかしながら,さらにもう一歩踏み込んで,「では論理的に正しいのにもかかわらず、我々の世界で拒絶されている理由は何か」,「その体系は自然界においてどのような位置を占めているのか」といった質問に答えることは困難である。理学部の先生にそのような質問をしつこくしていると嫌われるのみならず,ブラックリストにのることは確実である。より適切な指導教員がいると思われる他学部他学科へ転部・転科することを強くお勧めしたい。
注5)
この部分の記述のほとんどは「東京大学百年史」に基づく。
注6)
物性と素核宇,このふたつの価値観を比較する際にいつも思い出すのは,幼い頃に見た鉄腕アトムの一コマである。人間の友達が空に打ち上げられた大輪の花火を眺めてその美しさを楽しんでいる横で,アトムの目に映っていたのはそれらの元素記号の集合であった。アトムは「こんなもののどこが美しいんだろう」とつぶやく・・・と私の記憶が正しければこのような内容だったはず。無論この一見,相容れないようにも思えるふたつの価値観は,相補的に支えあいながら広い物理学の魅力を物語る。
注7)
厳密にいうと,当時と現在のサブコースの分類は若干,異なっており,当時のA6の一部とA2の一部から,A8が作られた。
注8)
気がついていないだけという可能性は否定できない。
注9)
例えば,2004年までは東京大学の物理学分野における被引用回数は世界1位であった。しかし,2005年度からはドイツのマックスプランク研究所に所属する80程度の機関をまとめてマックスプランク研究所の1機関として扱うことになったため,同研究所が世界1位となった由。