第5回

天文学専攻

尾中 敬(天文学専攻 教授)

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はじめに

「あかり」衛星による大マゼラン星雲の赤外線写真(JAXA提供)

「ジャックと豆の木」の主人公が天空に空想の世界を想像したように,また古代の人が夜空の未知の世界に想いをはせたように,そして今でも人が世の無常を嘆き夜空をみて感動するように,宇宙には自然の神秘を想起させる何かが確かに存在する。月や惑星の運動の謎を知り,太陽が夜空に輝く星と違わぬ銀河系の中の星であることを明らかにし,宇宙には数え切れないほどの銀河が存在することを証し,さらには宇宙の果てを探索するまで,現代の天文学は,空想の世界から現実的な科学に進化してきた。理論の世界の話と思われていた宇宙の始めが,天文観測の主要なテーマとなるいっぽう,太陽系外惑星の発見も新しいニュースではなくなってきている。

天文学が対象とする世界はひじょうに広い。宇宙が生まれ,冷えたガスから星が生まれ,銀河ができる。そして星のまわりには惑星が生まれる。生まれる星があるいっぽう,進化を終えて姿を消す星もある。これらのさまざまなプロセスがすべて天文学の対象である。天文学は,一般相対性理論の検証にも一役買ったように,物理学との結びつきが強いが,ガスが冷えるプロセスを理解するには化学の知識が必要であるというように,多くの科学分野との連携プレーに支えられている。地上では容易に得られない灼熱の世界や超高真空の世界が実現しているという意味で,われわれの知らない物理法則が隠されている可能性もあり,極限状態の科学の研究対象としての価値も忘れることはできない。

このところの天文学の進展はひじょうに速い。計算機の驚異的な発展や, CCDカメラなど観測装置を支える技術の進歩とともに,大型望遠鏡や衛星による観測が大きく飛躍した。今後も多くの新しい観測装置,望遠鏡,衛星が計画されている。新しい観測は,あらたな分野を切り開き,またあらたな理論研究を励起する。

天文学教室での生活

10年前くらいまでは,本郷キャンパスの飛び地に陣取っていた天文学教室も,今では安田講堂の後ろに鎮座している理学部1号館にほとんど移動してきた。しかも,天文学者はなぜか空に近いところが好きらしく,最上階を占拠している。新築から10年なので,まだ部屋もそれなりに新しい雰囲気が残っている。

天文学教室は教員数が10名程度で,理学系の中でも小さい教室のひとつであるが,三鷹にある天文学教育研究センターあるいは物理学教室,総合文化研究科,また国立天文台,宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部などの教員の協力を得て,東京大学の天文学教育・研究の中心的な役割を果たしている。学部は学年10名程度で,人数も少なくまとまって楽しんでいる学年が多い。大学院は毎年20名程度の修士を受け入れており,なんだかんだで,最先端の天文学の研究を行って,博士を取得する学生は10名を越えている。博士を取得した学生の半分以上は天文の研究職に就職しているという統計もあり,日本の天文学の人材の輩出に大きく貢献している。国立大学法人の中でも「天文学教室」をもっているところは片手で数えられるほどしかない。天文の専門教育を学部から行っている大学が少ないということは,それはそれでたいへん残念なことであるが,天文学教室は,その中で,他の大学では得られない天文の教育を行っていることは間違いない。

天文学は物理学との結びつきが強いと書いたが,学部では,まず物理の講義をしっかり聴いてもらうことになっている。いっぽう,天文専門の基礎的な知識を得る講義も並行して行われている。その中には,大学院に行ってもなかなか聴けない,天体力学や位置天文学の講義があり,希少価値だけではなく,天文の研究者に限らず,他の分野でもひじょうに役に立つため,他の学科の学生の聴講も多い。3年の時には,望遠鏡を使って観測を行う授業も選択できるようになっている。グループによっては,泊りがけで木曽の天文台に行くこともできる。

4年になると,課題研究という形で各教員から直接,指導を受け,観測に参加するなど最先端の研究に触れる機会が与えられる。この研究成果が学術論文にまで発展している場合も多く,学部でここまで経験できるのは,驚異かもしれない。もちろん大学院まで進めば,ハワイの山の上にある口径8.2 mのすばる望遠鏡や,チリの高地に出かけていって観測する機会も多い。

一昔前は,天文学者は霞でも喰っているのかと思われていたかもしれないが,今は多分そんなことはなく,普通の生活をしている教員が多い。学部生も平均すれば8割以上が大学院に進学しているが,もちろん,学部,修士,博士の段階で天文を離れ,より地道に見える生活を求める場合もある。就職先は宇宙の広さを反映してか,ひじょうに広範囲で,計算機関係・光学メーカなどから,金融関係まで多岐に及んでいる。研究者を目指す場合は,学位取得の後,いわゆるポスドクと呼ばれる研究員となって,武者修行の旅にでる場合が多い。最近は,海外の大学・研究機関に行って活躍している人もひじょうに増えている。

図1:アメリカ,ニューメキシコ州にあるSloan Digital Sky Survey(SDSS)計画の口径2.5 mの望遠鏡(SDSS提供)

図2:すばる望遠鏡で撮られた遠くの銀河団の可視光写真(最近の博士論文から)

図3:すばる望遠鏡による矮小銀河の赤外線写真(すばる望遠鏡中間赤外線観測装置による)。等高線は可視の光でみた同じ銀河の様子を表している。赤外線で明るいのは,目では見えない「埋もれた超星団」とよばれるたくさんの星が生まれている領域である。

図4:極超新星爆発の最新シミュレーションの結果

図5:ロンドン・カレッジ大学(University College London) のマラード宇宙科学研究所(Mullard Space Science Laboratory)のクリーンルームでの英国グリニッジ天文台の太陽写真像のディジタル化の作業

研究

天文学は長い歴史のある学問であり,その分野は多様である。スーパーマンになっても,天文学をすべてカバーすることはできないだろう。天文学には,おおざっぱに言って,理論を中心とした研究と観測的な研究があるが,元来は,実験科学である。最近は観測もディジタル化してきたため,理論屋さんにもとっつき易くなったようで,観測する理論屋さんという人種も増えてきている。今日の天文学教室では,その中でも銀河進化,星間物質,超新星,星の振動,太陽と幅広い分野で世界的に第一線の研究を行っている。

現代天文学の大きな関心事は,宇宙の歴史と太陽系の起源である。宇宙の歴史の研究は,ビッグバンから始まり,どのようにして星が生まれ,銀河が形作られていったかという,壮大な物語を読み取ることである。天文学教室の銀河グループ(岡村・嶋作グループ)は,アメリカのグループと協力して,全天の銀河を観測し,銀河がどのように育ってきたかを大量のデータから研究する探査計画を進めるとともに,すばる望遠鏡に取り付けられた, CCDカメラのお化けを使って,ひじょうに多くの銀河を詳しく観測し,この宇宙の歴史物語を解き明かそうとしている。図1は,全天の観測を行っているアメリカにある口径2.5 mの望遠鏡の写真である。

図2は,最近の博士論文の研究の一部で,すばる望遠鏡でとられた遠くの銀河団の可視光の写真である。銀河団とは,銀河の集まりで,この写真で矢印がついているのが,銀河団に群れている銀河である。青く大きく写っているのは,われわれの銀河系の星で,この研究とは直接関係ない天体である。銀河は群れをなしていることが意外と多い。この研究は,群れをなしている銀河が,群れの中でどのように成長していくかを調べ,宇宙全体の中での銀河の成長を理解しようというものである。

遠くの銀河を観測するには,目で見える光より,赤外線の方が面白いという話もある。これは,宇宙が膨張しているため,遠くの銀河の光が赤外線の方に赤方偏移するからである。しかし赤外線の観測は,可視光線より面倒である。とくに100分の1ミリより長い波長になると,地球大気が赤外線をさえぎってしまって,観測しづらくなる。また赤外線というのは,温かいものから放射される。観測装置が温かいと赤外線を放射するので,観測するには,とても邪魔になってしまう。そこで観測装置を液体ヘリウム(摂氏マイナス270度くらい)で冷やしたりすることが必要になる。地球大気を避けようとすると,このように,ひじょうに冷えた望遠鏡を衛星で打ち上げて観測することになる。天文学教室ではこのような赤外線の観測を地上や衛星を使って行っているグループ(尾中グループ)もある。表紙には昨年2月にうちあげられた「あかり」衛星による隣の銀河,大マゼラン雲の写真が載っている。赤外線は波長が長いため,散乱されたり吸収されたりすることが少なく,途中の邪魔物にとらわれずに銀河の中で起こっている真の姿を捉えることができる。銀河全体にわたり,その中で起こっている現象を細かく捉えたこのデータは,隣の銀河で星が生まれ,消滅していく過程を克明に描き出している。

衛星では重さの制限がきついため,大きな望遠鏡は衛星には搭載できず,地上に置くことになる。大きな望遠鏡は温かいため,感度の点では冷やした衛星望遠鏡に負けるが,解像力の点では衛星望遠鏡を凌いでしまう。図3は,すばる望遠鏡でみた小さな銀河の高解像度の赤外線写真である。重ねて書かれている等高線は,可視光(目で見える波長の光)での銀河の姿を現している。びっくりすることは,赤外線で見ると,可視光とまったく違う姿が浮かびあがることである。これは,表紙の写真と同様に,赤外線だといろいろなものに遮断されずに真の姿を知ることができるためである。この写真でとても明るく見えている部分は,とてつもなく多くの星が生まれていると考えられている「超星団」と呼ばれる領域で,そのでき方はまだ謎である。

われわれの地球も暖かい惑星であり,赤外線でひじょうに明るい。星の周りで惑星系などがどのように形成されるのかを調べる研究には,地上からの赤外線観測が最適である。裏表紙には,最近の観測の例として,生まれたばかりの星の周りに漂う物質をとらえた写真と,消滅する一歩手前の天体の赤外線の画像を載せた。生まれたばかりの星の周りには,これから惑星になるかも知れない物質が浮かんでいる。星に近いところで,これらの物質が少なくなっていることから,惑星の存在が示唆される。いっぽう,消滅手前の天体では,ベンゼン環がたくさんくっついてできた有機物が分布していること(赤色で示されている)がわかってきた。なぜベンゼン環をもつ物質がここにあるかは,まだ謎であるが,分布の様子をじっくり眺めると,有機物は,どうも昔からあるらしいということが少しずつわかってきた。このような有機物は銀河全体にわたって広がっていることがわかっており,有機物をはじめとする物質の成長を見守るにも,赤外線観測は鍵を握っていることがわかる。

計算機の発達も天体の数値シミュレーションの研究を大きく前進させている。数秒から数時間にわたってガンマ線が放射されるガンマ線バーストは, 40年以上前に発見されて以来,天文学の大きな謎のひとつであった。とくにその中でガンマ線の放射時間が2秒以上のいわゆるロングバーストと呼ばれるガンマ線バーストについては,最近になって普通の超新星爆発の10倍以上の規模の極超新星爆発が原因のひとつであることがわかってきた。天文学教室のグループ(野本グループ)では,このような爆発現象のシミュレーションを使った宇宙の元素の起源を探る研究を行っている。図4にシミュレーションの一例を示す。ジェット状にものが噴出していく様子が克明にシミュレートされている。

別のグループ(柴橋グループ)では,星の内部を地震ならぬ星震を使って調べている。星の中を伝わる振動は,密度とか温度といったその場の状況で変わる。これを逆に使って,星の中で本当は何が起こっているのかを調べようという,なかなか気の利いた研究である。裏表紙図に示すように,このような研究は太陽で一番進んでいるが,最近では,太陽以外の恒星にも応用されている。

天文学的数字という言葉に代表されるように,天文学が対象としているものはスケールも大きく,またたいへん長い時間をかけて変化するものもある。太陽が数十年から数万年の長い間に大きさや明るさが変わっているということを調べるために, 100年以上の期間に渡り継続的に撮られた太陽の写真をディジタル化して解析しようとしているグループ(吉村グループ)もある。図5は,クリーンルームの中で貴重な写真をディジタル化する作業の様子を示している。

ばら色の天文学

実は今,天文学は大きなターニングポイントに差し掛かっている。ディジタル化の大波が押し寄せ,大量のデータが毎日のように届けられる時代である。大型望遠鏡が次々と建設され,大型の電波干渉計の建設も始まっている。大型の衛星の計画も進められ,より高度な観測がいろいろな波長で行われ,宇宙の果てや,隣の惑星系の様子がわかってくる時代はすぐそこに来ている。計算機の進歩に支えられた数値シミュレーションも精密化し,観測との細かい照合も進んできている。天文学的数字を扱う天文学も,小数点以下の数字を大切にする精密科学化が進んでいる。明日からの天文学を目指す皆さんにとっては,新しい宇宙の姿を知ることのできる,楽しくかつ,たいへんな研究ができる時代を過ごすことになるだろう。