鞭毛の屈曲波が両方向にくりかえしつくられる仕組み

林 周一(生物科学専攻修了*),真行寺 千佳子(生物科学専攻 准教授)

図1

図1:運動中の鞭毛におけるダブレット微小管間の滑りを示す模式図。P屈曲,R屈曲(PB, RB)を作る滑り(P-滑り,R-滑り)を起こすのは,9+2構造の主にダブレット7番(ピンク)と3番(青)上のダイニンである。

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図2

図2:除膜後エラスターゼ処理をした鞭毛にATPを与えP-滑りを誘導する(1→2)。鞭毛をP屈曲方向に曲げても滑り方向は変化しないが(上段3, 4),R屈曲方向に曲げると逆転する(下段3, 4)。

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鞭毛・繊毛は,細胞の動きや生体内の物質の移動などを担う重要な運動装置である。原生生物や多くの動物の精子は,鞭毛を波打たせて遊泳するが,この時鞭毛の根元で両方向に周期的につくられる屈曲(図1のPとR)は,ほとんど減衰せずに先端へと伝えられる。鞭毛の根元に特別の仕掛けは存在しない。鞭毛を構成する「9+2」構造とよばれる特徴的な構造に周期的振動を起こす仕掛けが潜んでいる。では,それはどのような仕組みなのか。われわれは,鞭毛の振動機構を解き明かす重要な仮説の証明に成功した。

屈曲形成に重要なのは,「9+2」構造を構成する9本のダブレット(複合)微小管(以下,ダブレット)とダブレット上に並ぶダイニンである(図1中段)。生体分子モーターの一種であるダイニンは,ATPを使って,隣のダブレットと結合・解離をくりかえしながら一方向に動く。ダイニンの動きについて,われわれのグループは最近新しい運動モデルを提唱した(2008年12月2日プレスリリース;Proc. Natl. Acad. Sci. USA,12月8日電子版に掲載)。屈曲は,鞭毛の中心の2本の微小管(中心小管)を通る面に垂直な面に形成される(図1上段)。「9+2」構造を鞭毛の根元からみあげたとすると,隣のダブレットに向かって突き出したダイニンは時計回りに配置されており,ダイニンは隣のダブレットを鞭毛の先端方向へと押し上げるように滑らせる。振動運動の時,すべてのダイニンが同じように滑りを起こすのではない。エラスターゼという酵素を用いてダブレット間をつなぐタンパク質繊維を壊し,ATPにより滑りを誘導すると,鞭毛はあたかも2本の束からなるかのように分かれた(図1下段)。この結果からわれわれのグループは,屈曲PとRはそれぞれ中心小管の両側の7番と3番のダブレット上のダイニン(図1)の滑りにより形成されるという仮説を提示した(2003年発表)。 もし,両方向への屈曲形成が,7番と3番のダイニンの滑りが切り替わることにより起こるのだとすると,切り替えは鞭毛が曲がることにより自律的に誘導されると推測される(2004年発表)。そこで,エラスターゼ処理した頭部付き精子を用いて鞭毛の根元方向を見分けながら,まず7番の滑り(P滑り)を誘導後,微小針で鞭毛を屈曲させてATPを与えたところ,滑り方向が逆転した(図2)。高濃度カルシウム条件では3番のダイニンは7番より有意に滑り速度が遅いという特性が,この滑り方向の逆転時に明確にみられたことから,ダイニンの切り替え仮説は証明された。さらに,P屈曲存在下ではR屈曲により滑りが切り替わった(図2)が,屈曲していない鞭毛ではP屈曲により滑りが切り替わった。鞭毛は,屈曲によるひずみを感知し,ダイニンと微小管との結合状態に応じて,ダイニンの切り替えを起こすらしい。この研究により,鞭毛の振動の基本機構が明らかとなった。

本研究は,文部科学省(科学研究費補助金)の支援によって行われ,S. Hayashi and C. Shingyoji, Journal of Cell Science, 121, 2833-2843, 2008に掲載された。同誌121巻17号のIn this issue欄にも取り上げられた。

*現在,独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター研究員。

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