2018/09/17

水素結合のリレーで軸回転

  ナノサイズの単軸回転型分子ベアリング

 

磯部 寛之(化学専攻 教授/科学技術振興機構(JST)ERATO
磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括)

 

発表のポイント

  • 新しい水素結合を複数、活用することで、ナノサイズのボウル状分子を筒状の分子の中に、捕捉することができました。
  • ボウル状分子は筒状分子の中で、自身の中心軸を回転軸として、単軸回転することを発見しました。
  • 複数の水素結合が、バトンのように受け渡されることで単軸回転を実現する、新しい回転機構であり、今後、新しい分子機械の設計に活用されることが期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の磯部寛之教授(JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト研究総括)の研究グループは、ナノメートルサイズのボウル状分子が筒状分子の中で、一つの軸を中心に回転(単軸回転)することを発見しました。この単軸回転現象は、固体試料中で観測されました。研究グループは、これまでに「球」と「筒」を組み合わせた分子ベアリング(注1)を作り出していましたが、今回「ボウル」と「筒」を組み合わせ、単軸回転という方向性のある運動性が実現できることを明らかにしました。「ボウルと筒」からなる分子ベアリングは、芳香族水素と芳香族π電子の間の相互作用「CH-π水素結合(注2)」が10個、関わることで、自発的に組み上がりました。水素結合は、相互作用する分子同士の位置や距離を固定する結合として自然界で活用されていますが、本研究成果により、複数の水素結合を組み合わせながら、分子の回転運動が実現できることが判明しました。これは「固体の中や、分子間相互作用がたくさんあると、分子の位置が固定されるので、分子はじっとしているはず」という常識に相反する発見です。

本研究成果は、国際学術雑誌「Nature Communications」に2018年9月17日に掲載されます。

 

発表内容

分子と分子が接触すると、そこには相互作用が生じ、接触した分子は動きにくくなります。特に水素結合などの方向性のある相互作用が複数存在する場合、こうした運動抑制効果が顕著になるのが一般的な常識です。例えば、自然界では、タンパク質と小分子の間の複数の水素結合が、小分子を「捕まえる」相互作用として機能していることがよく見られます。また良く知られたDNAの二重らせん構造も、二つのDNA鎖の間に水素結合があることで、お互いの位置が変わらないように固定化され、形づくられています。

今回、研究グループは、CH-π水素結合と呼ばれる新しい水素結合を活用して、ボウルのような形をしたボウル状分子を筒のような形をした筒状分子の中に捉えることに成功しました。ナノメートルサイズの小さなベアリングの登場です(図1)。

図1. 単軸回転を実現した「ボウルと筒」の分子ベアリング(上図)。筒状分子(赤)の外枠に、水素原子(灰色球)が接触している。黒い線は炭素原子のボリュームを示しており、ボウル状分子が筒状分子の中に、ぴったりとはまっていることが見て取れる。ボウル状分子は、外枠にぴったりとはまり、強固に捕まえられているものの、外枠となる筒内の表面が滑らかであるため、すばやく単軸回転している(室温での回転速度は2.3 GHz)。下図は、実際に私たちの身の回りで活躍しているボールベアリング(4 cm径)。本研究により登場した分子ベアリングは、この実際のベアリングの二千万分の一(1/20,000,000)のサイズ。

 

 

ボウル状分子はコランニュレンという分子(注3)、筒状分子は研究グループが独自に設計・合成したカーボンナノチューブ(注4)の部分構造となる分子です。図1は、その分子構造を示すものですが、この構造中、球で示された水素原子(灰色)が炭素原子の筒(赤色)の中で滑ることで、中央のボウル(青色)が回転できるようになっています。水素原子と炭素原子の接触点が、CH-π水素結合と呼ばれる新しい水素結合でできているところです。CH-π水素結合は水素結合のなかでも弱い相互作用ですが、今回の分子の間には、これが10個存在するために、ボウル状分子が筒状分子のなかに強固に捉えられていました(図2,3)。

 

図2. 量子化学計算により明かされた「ボウルと筒」の分子ベアリングの姿。ボウル状分子は「CH-π水素結合」により筒状分子の内部に捕らわれている。オレンジ色の線がCH-π水素結合を示し、青い玉は結合決定点(BCP)と呼ばれる水素結合を示す目印。

 

図3. 量子化学計算により明かされた「ボウルと筒」の分子ベアリングの姿。ボウル状分子は「CH-π水素結合」により筒状分子の内部に捕らわれている。本図、電子密度差マップは、CH-π相互作用前後の電子密度の差を示す。青い部分は電子密度の低下を示し、赤い部分は電子密度の上昇を示しており、CH-π相互作用が水素結合に特有な特徴を持っていることを示している。

 

 

一つ一つの力が弱くとも、それを複数用いると、その相互作用が加算され、全体として大きな相互作用となるためです。図4は、結晶構造解析により、実験的に解き明かされた分子構造です。この結晶構造解析の結果は、ボウル状分子が筒状分子内で回転している可能性を示唆しました。ボウル状分子が、その中心軸周りで複数の位置に存在することが見いだされたのです(図4)。

図4. 結晶構造解析により明らかになった「ボウルと筒」の分子ベアリングの姿。斜め上から見た図(上)と横から見た図(下)。理論計算の構造が予測したように、ボウル状分子(青)が筒状分子(赤)の内部に捉えられている。想定外なことに、ボウル状分子は筒内で、異なる三つの配置で観察され、その場で回転していることが示唆された。ボウル状分子の青色は三つの配置を明示するように微妙に変えてある。詳しいスペクトル分析により、筒内に水素結合で捉えられたボウルが、高速で単軸回転していることが実証された。

 

 

そこで研究グループが、さらに精密なスペクトル分析を行ったところ、「ボウル状分子が筒状分子の中で回転しており、その回転はボウルの中心軸を中心とした単軸回転となっている」ことがわかりました。ボウルが筒の中でクルクルと回るという新しい構造と運動性を持った「分子ベアリング」であることが実証されたものです。筒の中では、CH-π水素結合が次々に中継されることで、一つの軸周りの回転(単軸回転)のみが実現されています。加えて、この単軸回転は、固体状態で存在していたことから、ナノサイズの分子の世界では「多数の水素結合」と「固体内での束縛」が存在する中でも、「方向を制御しながら物体の高速回転が実現できる」ことを示しています。筒状分子はカーボンナノチューブの部分構造でもあることから、今回の知見は、カーボンナノチューブ内の物質の運動・挙動の理解を深める一歩ともなります。

研究グループでは、CH-π水素結合を活用した新しい組み上げ方法をさらに展開・活用することで、今後、さまざまな構造と運動性を持った分子機械を登場させられると期待しています。

本研究は、JST戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「磯部縮退π集積プロジェクト」および科学研究費助成事業の一環として進められました。X線回折による分子構造決定には、一部、大型放射光施設SPring-8(注5)の最先端設備(BL38B1)が活用されています。

 

 研究者の氏名 所属
 松野 太輔 東京大学大学院理学系研究科 助教/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究員
 藤田 昌暉 東北大学大学院理学研究科 大学院生(研究当時)
 福永 健悟 東京大学大学院理学系研究科 大学院生
 佐藤 宗太 東京大学大学院理学系研究科 特任准教授/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー
 磯部 寛之 東京大学大学院理学系研究科 教授/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究総括

 

発表雑誌

雑誌名  Nature Communications(オンライン版:9月17日掲載)
論文タイトル  Concyclic CH-π arrays for single-axis rotations of a bowl in a tube
 (和訳:同一円周に配置されたCH-π相互作用による筒内でのボウルの単軸回転)
著者  Taisuke Matsuno, Masahiro Fujita, Kengo Fukunaga, Sota Sato & Hiroyuki Isobe*
DOI番号  10.1038/s41467-018-06270-6
論文URL

 https://doi.org/10.1038/s41467-018-06270-6
 (オープンアクセス論文のため、どなたでも無料でお読みいただけます)

 

 

用語解説

注1 ベアリング

軸受。筒状の枠のなか、軸や回転子が容易に回転できる機械要素のこと。例えば、自転車や自動車の車輪や、ハンドスピナのなかに備わっている。

注2 CH-π水素結合

水素結合の一つ。炭素上の水素(CH)とπ電子の間に働く非常に弱い水素結合。CH-π相互作用と呼ばれてきたが、2011年に国際純正・応用化学連合(IUPAC)によって水素結合の定義が見直され、水素結合の一つに含まれ得るようになった。古くは1950年代の文献に登場するが、1970年代の西尾元宏博士らの研究を端緒に広く知られるようになった。(IUPACによる水素結合の新しい定義

注3 コランニュレン

C20H10の化学組成をもつボウル状分子。1966年に初めて合成され、現在ではキログラム単位での合成が可能となっており、比較的、容易に入手可能な化合物となっている。

注4 カーボンナノチューブ

飯島澄男終身教授(東北大学大学院理学研究科出身、現名城大学)が1991年に発見した、ダイヤモンド、非晶質、黒鉛、フラーレンに次ぐ5番目の炭素材料。グラフェンシートが直径数ナノ(10億分の1)メートルに丸まった極細チューブ状構造を有している。カーボンナノチューブはその丸まり方、太さ、端の状態などによって、電気的、機械的、化学的特性などに多様性を示し、次世代産業に不可欠なナノテクノロジー材料として、今なお、世界中で最も注目されている材料である。現在、入手可能なカーボンナノチューブは、さまざまな構造を持つものの混合物であり、国際純正・応用化学連合(IUPAC)により「分子性物質(Molecular Entity)」ではなく「化学種(Chemical Species)」として定義される物質となっている。

注5 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。

 

参考情報

磯部寛之教授らの代表的な関連先行研究については、以下のプレスリリースもご参照下さい:

 ・(ほぼ)摩擦なし:分子の世界のベアリング(2018年5月15日)

 ・キラル筒状分子の右手と左手(2017年11月28日)

 ・二輪型分子ベアリングの自発的・自己選別組み上げ(2016年11月17日)

 ・筒状分子の化学と数学(2016年6月28日)

 ・ナフタレンから全固体リチウムイオン電池の負電極材料(2016年5月16日)

 ・トルエンから単層有機ELの新材料(2015年11月5日)

 ・ナノサイズのコマの歳差と自転運動(2015年3月2日)

 ・有限長カーボンナノチューブ分子内部の秘密(2014年5月27日)

 ・カーボンナノチューブの有限長指標(ものさし)について(2014年1月22日)
  http://www.orgchem2.chem.tohoku.ac.jp/finite/

 ・顔料から伸長型有限長カーボンナノチューブ分子(2013年5月22日)

 ・有限長カーボンナノチューブ分子を活用した溶液中のナノベアリングについて(2013年1月9日)

 ・世界初ジグザグ型有限長カーボンナノチューブ分子の化学合成について(2012年7月18日)

 ・世界初らせん型有限長カーボンナノチューブ分子の選択的化学合成について(2011年10月12日)

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―