2018/08/31

ゲノム編集の標的領域を拡張!

 

西増 弘志(生物科学専攻 助教)

Xi Shi(MIT Research scientist)

石黒 宗(先端科学技術研究センター 交流研究生
/慶應義塾大学 博士課程)

谷内江 望(先端科学技術研究センター 准教授)

Feng Zhang(MIT Associate professor)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • DNAに対する選択性の広いCas9(注1)を開発した。
  • ゲノム編集(注2)の標的領域を拡張し、より多くの遺伝子の改変を可能にした。
  • ゲノム編集を用いた品種改良や疾患治療の高度化が期待される。

発表概要

近年、生命の設計図であるゲノム情報を書き換える「ゲノム編集」技術が注目されています。ゲノム編集にはCas9とよばれるDNA切断酵素が利用されていますが、Cas9が切断できるDNAの配列には制限がありました。東京大学大学院理学系研究科の西増 弘志助教、濡木 理教授の研究グループは、Massachusetts Institute of TechnologyのFeng Zhang博士、東京大学先端科学技術研究センターの谷内江 望准教授らとの共同研究により、DNAに対する選択性の広いCas9の開発に成功しました。本研究によって、より多くの遺伝子の改変が可能になりました。

発表内容

近年、生命の設計図であるゲノム情報(DNAの塩基配列)を人為的に改変するゲノム編集技術が、基礎研究から動植物の品種改良やヒトの疾患治療といった応用にいたるさまざまな分野において利用されています。ゲノム編集にCas9とよばれるDNA切断酵素が広く利用されています。Cas9はガイドRNA(Cas9を標的となるDNAに誘導するRNA)と複合体を形成し、ガイドRNAと相補的な塩基配列をもつDNAを切断します(図1)。

 

図1 Cas9によるDNA切断機構

 

したがって、Cas9を用いることにより、DNAを狙った位置で切断し、その周辺のDNA配列を改変することができます。しかし、Cas9が標的となるDNAを見つけ出すには、ガイドRNAと標的DNAとの間の相補性に加え、標的配列のとなりにNGGという塩基配列(PAM(注3))が必要なため、ゲノム編集の適用範囲には制限がありました。

今回、東京大学大学院理学系研究科の西増 弘志助教と濡木 理教授らの研究グループは、Cas9に7つのアミノ酸変異を導入することにより、NGGに加え、NGA、NGT、NGCPAMとして認識するCas9改変体(Cas9-NG)を開発しました(図2)。

 

図2 試験管内におけるCas9-NGのDNA切断活性
Cas9、ガイドRNA、および、異なるPAMをもつ標的DNAを試験管内において反応させ、DNAの切断効率を測定した。Cas9はNGGをPAMとしてもつDNAのみを効率的に切断した一方、Cas9-NGはNGA、NGT、NGG、NGCをPAMとしてもつDNAを切断した。

 

さらに、Cas9-NGをヒト培養細胞に発現させることにより、NGA、NGT、NGG、NGCをPAMとしてもつ標的配列の改変に成功しました(図3)。

 

図3 ヒト培養細胞におけるCas9-NGのDNA切断活性
Cas9とガイドRNAをヒト培養細胞に発現させ、異なるPAMをもつ標的遺伝子の変異を調べた。

 

通常のCas9はNGGという塩基配列をPAMとして認識するため、確率的にゲノム領域の1/16(1/42)しか標的とすることができませんでした。一方、Cas9-NGはNGという短い塩基配列をPAMとして認識するため、その4倍のゲノム領域を標的とすることができます(図4)。

図4 Cas9-NGのDNAに対する選択性

 

したがって、Cas9-NGを用いることにより、これまで標的とすることのできなかった多くの遺伝子の改変が可能となりました。

本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「立体構造にもとづく次世代ゲノム編集ツールの創出」(研究代表者:西増 弘志)、文部科学省 (2014年度)・日本医療研究開発機構(AMED)(2015年度以降)革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業「新規CRISPR-Cas9システムセットの開発とその医療応用」(研究代表者:濡木 理)、総合科学技術・イノベーション会議SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人:農研機構生物系特定産業技術研究支援センター)などの支援を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Science(8月30日First Release版でオンライン公開)
論文タイトル Engineered CRISPR-Cas9 nuclease with expanded targeting space
著者

Hiroshi Nishimasu1,*, Xi Shi2, Soh Ishiguro3, Linyi Gao2, Seiichi Hirano1, Sanae Okazaki1, Taichi Noda4, Omar O. Abudayyeh2, Jonathan S. Gootenberg2, Hideto Mori3, Seiya Oura4, Benjamin Holmes2, Mamoru Tanaka3, Motoaki Seki3, Hisato Hirano1, Hiroyuki Aburatani3, Ryuichiro Ishitani1, Masahito Ikawa4, Nozomu Yachie3, Feng Zhang2, and Osamu Nureki1,*

1.東京大学大学院理学系研究科、2.Broad Institute of MIT and Harvard
3.東京大学先端科学技術研究センター、4.大阪大学微生物病研究所、*責任著者

DOI番号  
論文URL  

 

 

用語解説

注1 Cas9

細菌のもつCRISPR-Cas獲得免疫機構に関わるDNA切断酵素。ガイドRNAと複合体を形成し、ガイドRNAのもつ20塩基のガイド配列と相補的な塩基配列をもつ2本鎖DNAを切断する。

注2 ゲノム編集

ゲノムDNAの塩基配列を人為的に改変する技術。

注3 PAM(protospacer adjacent motif)

Cas9が標的となるDNAを見つけ出すのに必要な特定の塩基配列。CRISPR-Cas獲得免疫機構において、PAMは自己・非自己の識別に関与する。ゲノム編集に利用されている化膿レンサ球菌由来Cas9はNGGという塩基配列をPAMとして認識するため、N20NGGという配列をもつDNAしか切断できないという制約が存在する(Nは任意の塩基)。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―