2018/06/05

反強磁性スピンを非常に小さな磁場で操作することに成功

 

諏訪 秀麿(物理学専攻 助教)

 

発表のポイント

  • 「隠れた」対称性を持つ新しい反強磁性体を作成し、小さな磁場で反強磁性スピンを操作できることを示しました。
  • スピン間の相互作用係数と比較して、わずか0.1%以下の非常に小さな磁場による反強磁性秩序のスイッチングを初めて可能としました。
  • 磁場による反強磁性スピンの操作を可能としたことで、これまでより高速にスイッチングできる大容量デバイスの開発につながると期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の諏訪助教は、テネシー大学、ブルックヘブン国立研究所、アルゴンヌ国立研究所、カレル大学の研究グループと共同で、反強磁性スピンを小さな磁場で操作することに初めて成功しました。これまでの多くの磁性デバイスは強磁性スピンを用いたものですが、もし反強磁性スピンを利用することができれば、より高速にスイッチング可能な大容量デバイスができると期待されています。しかし通常、反強磁性体は正味の磁化を持たないため、磁場に対して大きく応答しません。そのため反強磁性スピンの操作は長い間難しい問題となっていました。研究グループは、人工的に作成した新しい物質を利用することで、この問題を初めて解決しました。スピン間の相互作用係数と比較して、わずか0.1%以下の非常に小さい磁場で反強磁性秩序をスイッチングすることに成功しました。さらにこのメカニズムを理論的に説明し、コンピュータによる計算を用いて定量的に解析しました。反強磁性スピンの磁場による操作を可能とした本研究の成果は、今後の高性能デバイスの開発につながると期待されます。

 

発表内容

電子の持つスピン自由度(磁性)を操作することで、従来の半導体デバイスでは難しかった不揮発性、再構成可能性、低消費電力といった新機能の実現を目指す研究が盛んに行われています。これまでの多くの磁性デバイスでは強磁性スピンが用いられてきましたが、もし反強磁性スピンを利用することができれば、より高速にスイッチング可能な大容量デバイスができると期待されています。しかし通常、反強磁性状態は正味の磁化を持たないため、磁場に対する応答が大きくありません。スピンを操作するためには、多くの場合、非常に大きな磁場が必要となってしまいます。このように、反強磁性スピンの操作は長い間難しい問題とされてきました。

反強磁性スピンを磁場で効率的に操作するためには、何らかの方法で交代磁場(注1)を加える必要があります(図1a)。これを可能にするのがスピン間のジャロシンスキー守谷相互作用(注2)です。この相互作用は隣接するスピン同士を垂直にしようとする効果があり、反強磁性の交換相互作用との兼ね合いから、少し傾いたスピン状態がエネルギー的に安定化します。その結果、正味の磁化が生じ、空間的に一様な磁場を用いながらも実効的な交代磁場を生みだすことが可能となります。しかし、一般的に、ジャロシンスキー守谷相互作用はスピンの対称性を落とし、磁場に対する応答率を下げてしまうというジレンマが生じます(図1b)。これを解決するためには、対称性を落とさずスピンを傾ける必要があり、一見不可能のように思えます。

図1.対称性を保つジャロシンスキー守谷(DM)相互作用の概念図。 SiSjは反強磁性スピンのペア、Bは磁場、Dは守谷ベクトルを表しています。DM相互作用がない場合(a)、反強磁性スピンペアは互いに反対方向を向き、正味の磁化は生じません。スピンはどの方向にも向くことができます。また交代磁場(方向が互い違いの磁場)に対する応答は大きいですが、一様な磁場に対する応答は小さくなります。通常のDM相互作用が働く場合(b)、傾いたスピン状態が安定となり、正味の磁化が生じます。結晶構造から定まる守谷ベクトルが特別な方向を生じさせるため、対称性が落ち、磁場に対する応答は小さくなります。対称性を保つDM相互作用が働く場合(c)、傾いたスピン状態が安定化しつつ対称性が保たれるため、一様磁場に対する応答が著しく大きくなります。

※キャプション中のSiSj、B、Dは、文字の上にすべて→が付きます。

 

研究グループは、スピンの「隠れた」SU(2)対称性を利用することでこのジレンマを解決しました。SU(2)対称性は、大雑把に言って、スピンが球面上のどの方向を向いていても、本質的に同じ物理現象が生じることを意味します。ジャロシンスキー守谷相互作用が働くと、結晶構造から特別な方向が定まるため、通常、SU(2)対称性は失われてしまいます。ところが、ジャロシンスキー守谷相互作用にフラストレーション(注3)が生じない特殊な構造の場合、非自明なSU(2)対称性が現れます。隠れた対称性は、それぞれの副格子上のスピンに異なる回転変換を施すことで明らかになります。この特殊な結晶構造を利用することで、対称性を落とさずともスピンを傾けることができます(図1c)。

一方、2次元のスピン系では、磁場に対する応答率が低温で急激に大きくなるという特徴があります。これらの性質を利用するため、研究グループは擬2次元系(SrIrO3)1/(SrTiO3)2を超格子(注4)中に作成しました(図2)。

図2.擬2次元系(SrIrO3)1/(SrTiO3)2の超格子構造。丸印で示したイリジウム(Ir)に位置するスピンは、SrIrO3層で2次元格子を形成している。またSrTiO3層を挿入することでSrIrO3層同士は隔てられており、全体として擬2次元のスピン系となっている。

結晶中のイリジウムIr4+は5d5の電子構造をとりますが、スピン軌道相互作用によりt2g軌道(注5)が分裂するため、実効的にS=1/2の擬スピン系となります。この状況下では、5d軌道の小さなクーロン斥力でも反強磁性モット絶縁体状態(注6)が実現されます。またイリジウム酸化物では、スピン軌道相互作用から大きなジャロシンスキー守谷相互作用が生じ、傾いたスピン状態が安定化します。研究グループは、結晶構造にジャロシンスキー守谷相互作用のフラストレーションが生じないことを、第一原理計算とX線回折実験で確かめました。また観測された磁気秩序転移温度は29ケルビンで、スピンの相互作用エネルギー約500ケルビンと比較してとても小さく、層間の相互作用が非常に小さいこと、つまりは強い2次元性を確認しました。

期待される大きな応答率を調べるため、研究グループは共鳴X線磁気散乱(注7)を用いて、一様磁場に対する反強磁性秩序の変化を測定しました(図3)。

図3.共鳴X線磁気散乱の散乱強度。散乱強度は反強磁性秩序の2乗に比例し、高温では無秩序のためゼロになります。磁場をかけると、反強磁性転移(クロスオーバー)温度が急激に上昇します。磁場軸の単位はテスラ、温度軸の単位はケルビンです。

すると反強磁性状態への転移(クロスオーバー)温度は0.5テスラの磁場で約50%上昇しました。観測された応答率は、よく調べられている擬2次元系である銅酸化物高温超伝導体の場合より2桁も大きいものになります。イリジウム酸化物の場合、0.5テスラはスピン間の相互作用係数の約0.1%にあたり、このようにわずかな磁場が転移温度を大きく変えるというのは驚くべきことです。さらにわずか0.2テスラの磁場を用いて反強磁性状態を高い信頼度でスイッチングできることも示しました(図4)。

図4.温度50K(ケルビン)での磁場による反強磁性状態のオンオフ。わずか0.2T(テスラ)の磁場を用いて高い信頼度でスイッチングすることができます。

東大のグループが中心となり、実験的に観測された著しい転移温度の上昇を理論的にも解析しました。反強磁性秩序は2次元系の渦状のトポロジカル欠陥(注8)が結合することで成長します。研究グループは、磁場に対する転移温度の変化を定式化し、モンテカルロ計算を用いて実験結果を定量的に説明することに成功しました(図5)。

図5.反強磁性秩序の転移(クロスオーバー)温度の磁場による急激な変化。0.5T(テスラ)の磁場で転移温度が29K(ケルビン)から44Kまで約50%上昇しました。このときの磁場はスピン間の相互作用係数のわずか0.1%にしか相当しません。

本研究は、大きなジャロシンスキー守谷相互作用、「隠れた」SU(2)対称性、2次元系の低温における急激な応答率増加を巧みに利用し、一様磁場に対する巨大な反強磁性スピン応答を実験的・理論的に示しました。反強磁性スピンは強磁性スピンと比較して、応用上、様々な利点を持っています。例えば、正味の磁化が小さいので外部への影響が小さく、大容量デバイスに適しています。また磁場をかけたときのスピンダイナミクスが強磁性スピンとは本質的に異なり、緩和が速いため、高速な操作が可能となります。このように、反強磁性スピンの興味深い性質と新たな応用可能性を示した本研究の成果は、今後の高性能デバイスの開発につながると期待されます。

 

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Physics
論文タイトル Giant magnetic response of a two-dimensional antiferromagnet
著者 Lin Hao, D. Meyers, Hidemaro Suwa, Junyi Yang, Clayton Frederick, Tamene R. Dasa, Gilberto Fabbris, Lukas Horak, Dominik Kriegner, Yongseong Choi, Jong-Woo Kim, Daniel Haskel, Philip J. Ryan, Haixuan Xu, Cristian D. Batista, M. P. M. Dean, Jian Liu
DOI番号 10.1038/s41567-018-0152-6
論文URL https://www.nature.com/articles/s41567-018-0152-6

 

 

用語解説

注1 交代磁場

反強磁性体は、通常、2つの副格子から成ります。ひとつの副格子上の磁場の向きが、もうひとつの副格子上の磁場の向きと反対の場合、このような磁場を交代磁場と呼びます。実験的に、全てのスピンに対して同じ方向を向いた一様磁場をかけることは容易ですが、交代磁場をかけることは多くの場合困難です。

注2 ジャロシンスキー守谷相互作用

スピン軌道相互作用の効果からスピン間に実効的に働く相互作用のひとつ。一般的に、原子番号が大きいほど、この相互作用も大きくなります。反転対称性がない構造の場合で生じ、隣接するスピン同士を垂直にしようとする効果があります。多くの物質で、らせん磁性状態等の複雑なスピン秩序の要因となります。

注3 フラストレーション

局所的な構造を組み合わせて大域的につじつまを合わせられるとき、フラストレーションがないとされます。ジャロシンスキー守谷相互作用のフラストレーションがないというのは、格子上の任意のループに沿って守谷ベクトルを足し合わせると完全に打ち消し合う性質を指します。

注4 超格子

複数の種類の結晶格子が組み合わさり、各結晶だけの場合より長い周期の構造を持つ結晶格子。

注5 t2g軌道

正八面体の頂点に配位子が位置するとき、中央にある遷移金属が持つ3重に縮退したd電子軌道。

注6 反強磁性モット絶縁体状態

電子間相互作用を無視したバンド理論に従うと金属と予言されながらも、電子間クーロン斥力の効果で絶縁体となっている状態。スピン間相互作用は反強磁性となります。

注7 共鳴X線磁気散乱

内殻電子と外殻電子のエネルギー差に対応するX線による回折を用いて、強い散乱強度を得る実験手法を共鳴X線散乱といいます。直線偏光したX線を用いることで、電荷による散乱と磁気モーメントによる散乱を分けることができ、このようにしてスピン秩序を調べる手法を共鳴X線磁気散乱と呼びます。

注8 トポロジカル欠陥

スピンの連続的な変化では取り除くことができない欠陥。2次元の面上のスピンが同一面上に寝ている場合、トポロジカル欠陥は渦として記述されます。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―