2018/05/11

アブラムシの性フェロモン腺:卵生メス特異的発達と合成経路の制御

 

三浦 徹(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • アブラムシの卵生有性生殖メスの後脚に存在するフェロモン腺の発達過程とフェロモン合成 酵素遺伝子の発現パターンを明らかにした。
  • 古くから知られるアブラムシの表現型多型現象において、有性生殖に特異的なフェロモン腺 の発達過程と具体的なフェロモン合成経路が初めて明らかとなった。
  • 環境条件に応じて器官を作り替える機構およびオスを誘引するフェロモン合成を操作するこ とで防除などに役立つ可能性がある。

発表概要

チョウの季節型のように昆虫には季節により形態を変えるものもいる。アブラムシは夏の間は単為生殖(注1)によるクローン繁殖(注2)を行うが、秋になると雌雄の個体が出現し交尾をして越冬卵をのこす。秋に出現し産卵をする卵生メスは夏季の間に出る単為生殖メスとは異なり、オスと交尾を行うために性フェロモンによるオス誘引を行う。アブラムシの性フェロモン(モノテルペン:(注3))は後ろ脚から分泌されることは知られるが、フェロモン腺の発達過程やフェロモン合成については分かっていなかった。

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と北海道大学大学院地球環境科学研究院の研究グループは、エンドウヒゲナガアブラムシAcyrthosiphon pisum の単為生殖メスと卵生メスの間で、性フェロモン腺の発達過程を詳しく観察した。その結果、卵生メスのみで後ろ脚の上皮細胞が肥厚しフェロモン腺が発達することが明らかとなった。また、モノテルペンである性フェロモンの合成経路を担う酵素遺伝子の発現動態を解析したところ、卵生メスの後脚の分泌細胞では合成経路の下流の反応を特異的に行うことで性フェロモンの合成を行うことが示された。

今回の成果は、昆虫における季節多型機構の一端を明らかにするととともに、農業害虫であるアブラムシの防除などにも有用な知見をもたらすことが期待される。

 

発表内容

1. 研究の背景・先行研究における問題点
アブラムシは1年のライフサイクルの中で、環境条件に合わせて巧みに形質を変化させる「表現型多型(注4)」を発揮する。1年のほとんどを胎生かつ単為生殖によるクローン繁殖を行うが、秋になると低温短日条件に応答して雌雄の個体が出現し、交尾をして越冬卵を作る。このように同種であっても繁殖様式を状況依存的に変更する機構を繁殖多型と呼ぶ。繁殖様式が異なるため、同じメス個体であっても単為生殖メスと有性生殖メスは性質も機能も異なる。卵巣の構造も大きく異なるが、交尾をするか否かということが最大の相違点のひとつである。交尾をしない単為生殖メスと異なり、有性生殖を行う卵生メスは交尾のためにオスを誘引しなくてはならず、後脚脛節(スネに相当する部位)から性フェロモンを分泌することが知られるが、詳細な細胞構造や発達の過程、フェロモン合成経路については明らかになっていない。

2. 研究内容(具体的な手法など詳細)
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と北海道大学大学院地球環境科学研究院の研究グループは、ゲノム情報および繁殖多型の誘導方法が明らかとなっているエンドウヒゲナガアブラムシAcyrthosiphon pisum を用いて、単為生殖メスと卵生メスの後脚脛節の構造および発達過程を走査型電子顕微鏡(SEM)で、内部構造を組織切片および透過型電子顕微鏡(TEM)で詳細に観察した。その結果、卵生メスでは終齢幼虫から成虫にかけて後脚の上皮細胞が肥厚し(クチクラ層は薄い)フェロモン腺を発達させるのに対し、胎生雌では上皮細胞の肥厚が見られずクチクラ層が肥厚するという相違を見いだした。

図1.単為生殖メスと卵生メスの後脚の構造の違い。卵生メスでは上皮細胞が肥厚し、ボタン様のフェロモン腺が形成されている。

 

また、モノテルペンである性フェロモンの合成経路の候補としてメバロン酸経路(注5)に着目し、この合成経路を担う主要な7つの酵素遺伝子をエンドウヒゲナガアブラムシのゲノム情報から同定し、後脚および全身から抽出したRNAをもとに、リアルタイム定量PCR法により、それらの遺伝子発現動態を解析した。その結果、相対的に経路の下流の反応を担う酵素遺伝子の発現は卵生メスで有意に発現上昇していたのに対し、上流の反応を担う酵素遺伝子の発現は両者で有意な差は認められなかった。これにより、卵生メスの後脚の分泌細胞では合成経路の下流の反応を特異的に行うことで性フェロモンの合成を行っていることが示唆された。

図2.メバロン酸経路。経路の後半部分から後脚のフェロモン腺で合成が行われることが示唆された。

 

3. 社会的意義・今後の予定
アブラムシの表現型多型については翅多型における翅発達の過程については報告があるが、繁殖多型における発達の差違についてはほとんど知見がない。今回の成果は、昆虫における表現型発現機構の一端を解明するととともに、農業害虫であるアブラムシの防除などにも有用な知見をもたらす可能性がある。例えばフェロモン合成経路を阻害することで、オス誘引および交尾が行えないようになれば、越冬卵をのこすことができず、翌春のアブラムシの増殖を抑えられることなどが考えられる。

アブラムシは農業害虫であるとともに、爆発的な繁殖力、バクテリアとの共生関係、そして表現型多型(注4)など、生物学的に興味深い現象をいくつも有する非常に興味深い昆虫であり、それだけに比較的早い段階でゲノム解読も進んだ経緯がある。その一方で、表現型多型の発現機構は未だに分かっていないことが非常に多い。今後は本研究で示されたような情報を基盤として、ゲノム情報と新たな研究ツールを巧みに駆使することで、この興味深い昆虫の生物学が大きく発展することが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Zoological Letters (オンライン版:5月11日)
論文タイトル Pheromone gland development and monoterpenoid synthesis specific to oviparous females in the pea aphid
著者 Koki Murano, Kota Ogawa, Tomonari Kaji, Toru Miura*
DOI番号 10.1186/s40851-018-0092-0
論文URL https://zoologicalletters.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40851-018-0092-0

 

 

用語解説

注1 単為生殖

本来は有性生殖を行うメス個体が単独で子をつくることを単為生殖という。多くの場合、卵が精子と受精せずに、胚発生を開始することによって生じる。

注2 クローン繁殖

自分と遺伝的組成が全く同じ個体を次世代にのこす繁殖様式。分裂や出芽などの多くがクローン繁殖をする。アブラムシの場合、受精せずに単為発生した子世代の遺伝的蘇生が親個体と全く同じということになる。

注3 モノテルペン

イソプレンを基本単位として構成される炭化水素であるテルペンの分類のひとつで、2つのイソプレン単位からなる物質。

注4 表現型多型

同じ生物種であっても環境条件によって表現型が変化する現象を、表現型可塑性と言う。表現型可塑性の中でも、表現型が不連続に変化し多型を生じるタイプのものを表現型多型という。

注5 メバロン酸経路

テルペン系化合物やステロイドの合成の起点となるイソペンテニル二リン酸およびジメチルアリル二リン酸を、アセチルCoAから生合成する経路。いくつかの昆虫でこの経路を持つことが知られている。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―