2018/04/09

ペロブスカイト太陽電池の新素材「有機・無機ハイブリッド正孔輸送材料」を開発

 

中村 栄一(化学専攻 特任教授)

Shang Rui(化学専攻 特任講師)

 

発表のポイント

  • 高活性有機低分子と安定性に優れる無機塩部分を併せ持つ正孔輸送材料(注1)「BDPSO」(注2)を開発し、次世代太陽電池の旗頭であるペロブスカイト太陽電池の難点である安定性を大幅に向上させた。
  • 従来の酸性の「PEDOT:PSS(注3)」とは異なり、「BDPSO」は中性で非吸湿性なので、隣り合う光吸収層や電極の腐蝕を抑制し、製造条件下および発電条件下での素子の寿命を大幅に伸ばした。
  • 新型正孔輸送材料は塗布型太陽電池の生産効率を上げると同時に製品の安定性も向上させるので、フレキシブル塗布型太陽電池の実用化が大幅に早まるものと期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の中村栄一特任教授、Shang Rui特任講師らの研究グループは、中性で高機能かつ安定な正孔輸送材料「BDPSO」を開発しました。

「BDPSO」は、高活性有機低分子と安定性に優れた無機塩を併せ持つ、「有機・無機ハイブリッド正孔輸送材料」です。

同グループは「BDPSO」をペロブスカイト太陽電池の正孔輸送層として用いました。開発の結果、太陽電池の製造工程における正孔輸送材料の機能安定性を大幅に向上させることに成功し、完成した太陽電池の寿命も大きく向上させました。また、三菱ケミカル株式会社横浜研究所との共同で、実用化に向けた耐久性試験を行いました。

塗布プロセスで製造可能なペロブスカイト太陽電池は、20%以上の変換効率が報告されて以来、次世代太陽電池として大きな注目が集まり、現在世界中で熾烈な研究開発競争が行われています。その結果、変換効率は着実に向上してきましたが、機能を長期間保つための安定性には大きな課題が残されています。安定性の低さの原因究明と、長期安定性を向上させた新規材料の開発は、実用化における大きな課題となっていました。

同グループは、従来の酸性の「PEDOT:PSS」に替わる新たな正孔輸送層素材として中性の「BDPSO」という物質を開発しました。「BDPSO」は、暗所保存では1000時間を経ても性能の劣化が見られず、35℃連続光照射下においても、1300時間以上にわたり初期性能の90%を維持できるなど、安定性を大幅に改善しました。今後、ペロブスカイト太陽電池の実用化への開発が加速すると期待されます。

発表内容

研究の背景・先行研究における問題点
ハロゲン化鉛系ペロブスカイト半導体(CH3NH3PbX3(注4)は、2009年に宮坂力教授(桐蔭横浜大学)によって初めて太陽電池の光吸収材料として報告されました。基板やフィルムに「塗る」ことで作製できるという特徴を持っています。ペロブスカイト太陽電池は「印刷技術」で作製でき、製造コストを大幅に下げるとして、急速に注目を集めました。現在世界中で熾烈な研究開発競争が行われており、2012年以降は光電変換効率が急速に改善して、結晶シリコン太陽電池を凌ぐ22%を達成しています。実用化への期待も大いに高まっていますが、安定性には大きな課題が残されています。安定性の低さの原因究明と、長期安定性を向上させた新規材料の開発は、実用化における大きな課題となっていました。

技術的背景
ペロブスカイト太陽電池の動作原理は、鉛ペロブスカイト結晶(光活性層)に光を当てて励起状態を作り、そこから生じる「電子」と「正孔」をそれぞれアノードとカソードに「取り出し」、外部の回路につなげて電流を取り出すというものです(図1)。

図1.ペロブスカイト太陽電池の動作原理と「有機・無機ハイブリッド正孔輸送材料:BDPSO」の特徴
*光活性な鉛ペロブスカイト結晶(光活性層)に光を当てて励起状態を作り、そこから生じる「電子」と「正孔」をそれぞれアノードとカソードに「取り出し」、外部の回路につなげて電流を取り出す。「取り出し」は自然には起きないので、光活性層の上下に電子と正孔に親和性の高い材料を接合させて無理矢理取り出す必要がある。フラーレン(C60)を始めとして電子輸送材料には良いものが多く知られているが、正孔輸送材料の選択肢は少ない。「PEDOT:PSS」が高性能で広く使われてきたが、強酸性・吸湿性のために、活性層や電極など素子のいろいろな部分を損なうので、素子の寿命が著しく短くなる。これがペロブスカイト太陽電池の問題とされてきた。

 

この「取り出し」は自然に起こるわけではなく、電子と正孔に親和性の高い材料を光活性層の上下に接合させて無理矢理取り出す必要があります。ここに用いる材料の選択が太陽電池の効率および素子の寿命に大きな影響を与えることが分かっており、有機、無機を問わず最適の材料を求めて、世界で熾烈な研究開発競争が行われています。

その中で特に問題だとされているのが正孔輸送材料です。電子輸送材料(ETM:electron transporting material)には、電子を引きつけやすい材料が必要ですが、フラーレン(C60)(注5)をはじめとして良い材料が多く知られています。一方で正孔輸送材料(HTM: hole transporting material)には、正孔を受け取った(電子を放出した)状態で安定な化合物が必要ですが、これまであまり適切な材料が知られていませんでした。高分子材料である「PEDOT:PSS」が高性能で広く使われてきましたが、その高い性能は強酸性という性質によるものでした。この強酸性とそれに伴う吸湿性が、活性層や電極など素子のいろいろな部分を損います。いざ実用化に向けて素子の寿命を議論する段階になって、「PEDOT:PSS」の強酸性が大きな問題として浮上してきました。本研究は、この問題を解決したものです。

研究内容・具体的な手法
中村特任教授らの研究グループは、2005年以来、精密有機合成の手法を駆使して新しい有機半導体を合成し、有機薄膜太陽電池の開発に取り組んできました。その知見を活かし、本研究では、有機薄膜太陽電池の構造に類似した逆型ペロブスカイト太陽電池の正孔輸送層に着目しました。

太陽電池では、光生成した電荷キャリアの迅速かつ定量的な捕獲は、エネルギー変換効率(PCE)の最大化に不可欠です。そのため、より高効率の新規な電子輸送材料および正孔輸送材料の探索に力が注がれています。

正孔輸送材料として、「PEDOT:PSS」は従来から商用ベースで広く用いられていますが、ドーパント(半導体にドーピングされる不純物)であるPSSが強酸性で吸湿性であるために、デバイスの寿命と性能を損なうことが問題となっていました。本グループは、「PEDOT:PSS」に替わる新たな正孔輸送材料として、中性の「BDPSO」を開発しました。「BDPSO」は、高活性有機低分子と安定性に優れた無機塩を併せ持つ「有機・無機ハイブリッド正孔輸送材料」です。

今回の成果
新しく開発された中性の「BDPSO」は、正孔移動度が高い(正孔を取り出しやすい)こと、有機溶媒に溶けやすいことが特徴です。さらに、「BDPSO」を正孔輸送層に用いると、HOMO(最高被占軌道)エネルギー準位とペロブスカイトの価電子帯準位の配置を適切に調節できます。これにより、電荷抽出の高速化と光電流の増加を可能としました。ペロブスカイト太陽電池で問題となる電流-電圧曲線におけるヒステリシス(注6)も全く無く、17%を超える高いPCEが得られることがわかりました(図2)。

図2.「BDPSO」を正孔輸送材料として用いたペロブスカイト太陽電池の電流-電圧曲線
*forwardは昇圧時、reverseは降圧時に得られた電流-電圧曲線を示す。今回作製したペロブスカイト太陽電池は、電圧掃引(昇圧/降圧)方向によって電流-電圧曲線にずれが生じず、良好な動作特性を持つことが分かった。

 

また「PEDOT:PSS」を用いた素子では空気中保存下で急激に性能が劣化するのに対し、「BDPSO」を用いた場合には空気中でも安定であり、35℃連続光照射下でも、初期性能の90%を1300時間以上維持できることがわかりました(図3)。

図3.ペロブスカイト太陽電池の安定性試験
(1) 「BDPSO」 、(2)「PEDOT:PSS」を正孔輸送層に用いた太陽電池(封止無)を空気中(湿度40-50%)で保管した場合の安定性試験、(3)「BDPSO」を正孔輸送層に用いた太陽電池(封止後UVカット有)の35℃連続太陽光照射下での安定性試験。

 

「BDPSO」は、図4に示した二つの経路を経て、市販の安価な有機物から最短2段階で合成でき、かつ再結晶で容易に精製できる化合物です。これまで開発されてきた様々な「正孔輸送材料」の中でも、最も容易に入手可能な材料として広く使われることが期待されます。

図4.2段階の「BDPSO」合成経路
*「BDPSO」は、市販の安価な有機物から最短2段階で合成でき、かつ再結晶で容易に精製できることから、低コスト正孔輸送材料として期待できる。写真は空気中での「BDPSO」。

 

社会的意義・今後の予定など
本研究成果は、有機物と無機塩を複合化した正孔輸送材料を用いることで、高効率ペロブスカイト太陽電池の製造工程の改良と発電状態での寿命の延長を達成しました。ペロブスカイト太陽電池の実用化へと、さらに一歩迫る成果です。正孔輸送材料は太陽電池以外の様々な有機エレクトロニクス素子に用いられていることから、太陽電池以外の分野での活用も期待されます。

本研究は、フラーレン分子などに代表される「活性炭素クラスター集積体の階層的次元制御と機能発現」に関して中村特任教授が長年行ってきた基礎研究(文科省科研費、科学技術振興機構ERATO中村活性炭素クラスタープロジェクト)を、実用化を念頭に置いたS-イノベ事業の実用化研究に展開したものであり、大学での基礎と応用のバランスの良い発展のモデルケースとなっています。企業との共同研究を通して、基礎研究の方向性を早い時期で見定めることができた点にも特徴があります。研究グループは、引き続き新規材料の開発を行うことで、ペロブスカイト太陽電池の早期の実用化を目指します。

本研究の主たる成果は、科学技術振興機構研究成果展開事業「戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)」研究開発テーマ「有機材料を基礎とした新規エレクトロニクス技術の開発」(プログラムオフィサー:谷口彬雄)における研究課題「塗布型長寿命有機太陽電池の創出と実用化に向けた基盤技術開発」(課題番号:200902011、研究リーダー:中村栄一、PM・開発リーダー:矢部昌義、研究期間:平成22年1月~最長10年間)の支援により得られたものです。

【谷口POコメント】
ペロブスカイト太陽電池は、特性が高いことで期待されながら、耐久性が長年の課題となっていました。本研究では、高い特性と耐久性を両立させる材料の開発に成功しました。プロセス技術、デバイス技術は、三菱ケミカル株式会社が薄膜太陽電池で確立してきており、実用性の高いペロブスカイト太陽電池の実現に向けて、研究開発を加速させたいと考えています。

 

発表雑誌

雑誌名 Journal of the American Chemical Society
 オンライン版:April 6, 2018 (Communication)
論文タイトル Disodium Benzodipyrrole Sulfonate as Neutral Hole-Transporting Materials for Perovskite Solar Cells
著者 Rui Shang, * Zhongmin Zhou, Hiroki Nishioka, Henry Halim, Shunsuke Furukawa, Izuru Takei, Naoya Ninomiya, and Eiichi Nakamura*
DOI番号 10.1021/jacs.8b01783
論文URL https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.8b01783

 

 

用語解説

注1 正孔輸送材料

光生成した電荷キャリアの迅速かつ定量的な捕獲は、PCEの最大化に不可欠である。そのため、より高効率の新規な電子輸送材料(ETM)および正孔輸送材料(HTM)の探索に力が注がれている。正孔輸送物質は、高い正孔移動度および有機溶媒に対する高い溶解性に加えて、HTMのHOMO(最高被占軌道)エネルギー準位とペロブスカイトの価電子帯準位の配置が適切である必要があり、電荷抽出の高速化と光電流の増加が可能となる。化学組成に基づいて、無機、低分子(有機)、および高分子の3種類のHTMに分類される。

注2 「BDPSO」

ジソジュ-ムベンゾジピロールスルフォネートの略。中性で高機能かつ安定な正孔輸送材料として東京大学中村栄一特任教授の研究室で開発された。市販の安価な有機物から最短2段階で合成でき、かつ再結晶で容易に精製できる。アセトン/水の混合溶媒に可溶で、低分子(有機)のHTMに分類される。

注3 「PEDOT:PSS」

ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)とポリエチレンスルホン酸(PSS)からなる水溶性導電性高分子材料。「PEDOT:PSS」は、導電性が良好なこと、ドーピングされた(導体)状態での環境安定性が優れていること、および薄膜として使用した場合の光透過性が妥当であることから、最も一般的に使用されている高分子系正孔輸送材料の一つ。商用ベースで成功しているが、ドーパントであるPSSが強酸性で吸湿性であるために、デバイスの寿命と性能を損なう可能性があることが問題となっている。

注4 ハロゲン化鉛系ペロブスカイト半導体(CH3NH3PbX3)

ハロゲン化鉛系ペロブスカイト半導体(CH3NH3PbX3)は、2009年に初めて桐蔭横浜大学の宮坂力教授のグループによって太陽電池材料として報告された材料で、2016年には最大21.0%の変換効率が報告されている。 印刷技術によって製造できるため、低価格化が期待される。また、太陽電池以外にも発光ダイオード、半導体レーザーとしての用途も可能性が見いだされており、今後の研究の進展が期待されている。

注5 フラーレン(C60

1985年にCurl, Kroto, Smalleyによって発見された炭素同素体の一つで、炭素原子がサッカーボール状につながった分子。1970年に大澤映二博士(当時京都大学)により初めて提唱された。炭素原子60個からなる[60]フラーレン(C60)が最も有名。世界に先駆け日本で工業生産が開始されており、次世代材料の基盤物質として期待されている。

注6 電流-電圧曲線におけるヒステリシス

太陽電池の変換効率測定には電流と電圧の関係を示す電流-電圧曲線が使われる。この電流-電圧曲線が電圧掃引(昇圧/降圧)方向や掃引回数によって曲線にずれが生じる現象をヒステリシス現象といい、ペロブスカイト太陽電池の変換効率測定や安定性の障害となっている。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―