2018/03/08

最初のオスとメスを生み出した性染色体領域を全ゲノム解読から解明

- “アダム”を作った小さな設計図 “OSU” の発見 -

 

浜地 貴志(生物科学専攻 元特任研究員)

豊岡 博子(生物科学専攻 特任研究員)

豊田 敦(国立遺伝学研究所 特任教授)

野崎 久義(生物科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 次世代シーケンス(注1)を用いた4生物の全ゲノム解読で緑藻ボルボックス系列(注2) のオスとメスが誕生した直前と直後に相当する生物(図1)の縮小した性染色体領域(注3)の全貌が明らかになり、1個のオス特異的遺伝子“OTOKOGI”(注4)をもつ極小の領域 “OSU” を発見した(図2)
  • オスとメスが誕生した直前と直後に相当する生物の性染色体領域をゲノム解読し、オスとメスの誕生に本領域の拡大・複雑化が伴わないことを明らかにした(図3)
  • “OSU” がもつ唯一の性特異的遺伝子“OTOKOGI” の進化が最初のオスを生み出す原因であった可能性が示唆され、今後本遺伝子の下流遺伝子群の比較研究が期待される。

発表概要

聖書では最初のオスとして「アダム」、最初のメス「イブ」が創られたとされていますが、生物学ではどのようにして最初のオスとメスが誕生したかは謎に包まれていました。オスとメスは「同型配偶」という両性の配偶子が未分化な祖先生物から進化したと考えられています。この進化の原因は両性で遺伝子組成の異なる「性染色体領域」がオス・メスらしさをもたらす遺伝子群を獲得して拡大することと予想されていました(文献1, 2)。しかし、どのような遺伝子の獲得であったかはこれまで不明でした。今回、東京大学大学院理学系研究科と国立遺伝学研究所等の研究グループは性進化のモデル生物群「緑藻ボルボックス系列」の次世代シーケンスを用いた全ゲノム解読を実施し、オスとメスが誕生した直前と直後に相当する生物の性染色体領域の全貌を明らかにしました(図1, 2)。その結果、オスとメスの進化の最初では本領域は拡大しない、特に最初のオスは極小の性染色体領域 “OSU”をもっていたことが示唆されました(図3)。“OSU” がもつ性特異的遺伝子“OTOKOGI”の進化が最初のオスを生み出す原因であった可能性が示唆され、今後本遺伝子の下流遺伝子群の比較研究が期待されます。

 

図1. 性進化のモデル生物群「緑藻ボルボックス系列」(注2) の系統関係と「同型配偶」と「異型配偶」の進化を橋渡しする「ヤマギシエラ」(注5)と「ユードリナ」。今回は次世代シーケンス(注1)で新規全核ゲノムを4個構築した。100 Mbpは1億塩基対を意味する。著者原図。系統関係は文献(8)に基づく。

 

図2. 次世代シーケンス(注1)による新規全核ゲノムデータ [約1億8千400万塩基対(184 Mbp)と約1億6千900万塩基対(169 Mbp)]の比較解析から明らかになったオス・メスを獲得した直後の生物に相当するユードリナのオスの極小性染色体領域 “OSU”。 “OSU”はわずか約7千塩基対(7 kbp)の長さしかなく、1個のオス特異的遺伝子“OTOKOGI”が位置する。一方、メスの性染色体領域は約9万塩基対(90 kbp)の長さで、1個のメス特異的遺伝子 FUS1をもつ。FUS1はボルボックス系列の同型配偶の交配型プラスの性特異的遺伝子でもあり(図3)、配偶子接着に関与することが知られている。著者原図、一部は発表論文から改変。

 

図3. 本研究で明らかになったオス・メスの進化と性染色体領域(MT)の関係。同型配偶の交配型マイナスは“OSU”のような“OTOKOGI”をもつ極めて縮小した性染色体領域を基盤にオスに進化した可能性が示唆された。発表論文から改変。

 

発表内容

① 研究の背景

私たちヒトのような多細胞生物は小さな配偶子(精子)をつくるオスと大きな配偶子(卵)をつくるメスという両性をもっています。一方、原始的な単細胞生物等では配偶子の大きさが同じ「同型配偶」と呼ばれる性(sex)で、オスとメスが未分化な状態にあります。したがって、オスとメスは「同型配偶」の祖先生物から進化したと考えられており、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の野崎久義准教授のグループはこの進化を実験的に遺伝子レベルから解明できる唯一の生物群「緑藻ボルボッス系列」を用いた研究を実施しています。2006年には同型配偶の両性「交配型マイナス・プラス」(注4)と「オス・メス」の進化的な関連をオス特異的遺伝子“OTOKOGI”の発見から明らかにしました(文献3)。この発見はメス・オスの進化を遺伝子・ゲノムレベルで研究するブレークスルーとなり、2010年には日米共同研究でボルボックス系列の最も複雑な体制とオスとメスの性をもつボルボックス(Volvox carteri)の「性染色体領域」の全貌をゲノム解読で明らかにしました(文献2)。ボルボックスの本領域を単細胞生物で同型配偶の性をもつクラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)のものと比較した結果、両性の本領域の拡大と新規オス・メス特異的遺伝子の獲得がオスとメスの進化に重要であると示唆されました(文献2)。この研究は、オスとメスの出現進化は両性で遺伝子組成の異なる「性染色体領域」にあり、同型配偶の交配型マイナス・プラスがオス・メスへ進化する時はオス・メスらしさをもたらす遺伝子群を本領域が獲得して拡大すると予想する1978年の理論的研究(文献1)を支持していました。しかし、クラミドモナスとボルボックスはボルボックス系列における進化の両端の生物に相当し(図1)、中間的進化段階の生物の情報に欠けていたので具体的にどのような遺伝子の獲得であるかはこれまで不明でした(図1)

② 研究内容

今回、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻と国立遺伝学研究所等の研究グループは性進化のモデル生物群「緑藻ボルボックス系列」の進化の中間段階に相当するヤマギシエラ(Yamagishiella(注5)とユードリナ(Eudorina)に着目しました(図1)。これらの生物は32個の大きさが同じ細胞からなる楕円体の群体をもつ点で非常に類似していますが、有性生殖で大きく異なり、ヤマギシエラは同型配偶、ユードリナはオス・メスの配偶子をつくります。DNAの塩基配列情報による系統解析の研究からも両者の系統的位置は接近しており、オスとメスが誕生した直前と直後に相当する生物と考えられます(図1)

今回はヤマギシエラの交配型マイナス・プラス並びにユードリナのオス・メス、合計4生物の次世代シーケンスを用いた全ゲノム解読を実施し、オスとメスが誕生した直前と直後に相当する生物の縮小した性染色体領域の全貌を明らかにしました。両生物共に性特異的遺伝子は2個しかなく、特にユードリナのオスの性染色体領域は約7千塩基対と非常に小さく、オス特異的遺伝子は“OTOKOGI”が1個だけ位置していました [本領域を”OSU” (Otokogi-containing Small Unit) と命名](図2, 3)。一方、ユードリナのメスの性染色体領域も約9万塩基対と小さくメス特異的遺伝子が1個だけ存在していました(図3)

これらの結果は、同型配偶からオスとメスの出現進化の最初では性染色体領域は拡大しなかったことを意味します(図3)。一方、同型配偶クラミドモナスのマイナス交配型特異的遺伝子は性(交配型マイナス)を決定し(文献4)、MIDと起源を同じくする相同遺伝子がオス特異的遺伝子“OTOKOGI”であります(文献3, 5)。最近の遺伝子導入実験の研究からボルボックスの “OTOKOGI”は精子形成を決定することが明らかになっています(文献6)。従って、最初のオスがもっていたと考えられる極小性染色体領域 “OSU”に存在する性特異的遺伝子“OTOKOGI”の機能の進化が最初のオスを誕生させた原因であったと示唆されます。

③今後の予定

オスの始まりは 小さな性染色体領域 “OSU”に位置する1遺伝子の機能進化だけで起きた可能性が示唆されました。今後、“OTOKOGI”遺伝子及び同型配偶のMID遺伝子を用いた機能の比較解析や、同遺伝子の下流遺伝子群の比較研究が期待されます。

参照文献

1. Charlesworth B (1978) The population genetics of anisogamy. J. Theor. Biol. 73: 347–357.
2. Ferris P, Olson BJ, De Hoff PL, Douglass S, Casero D, Prochnik S, Geng S, Rai R, Grimwood J, Schmutz J, Nishii I, Hamaji T, Nozaki H, Pellegrini M, Umen JG (2010) Evolution of an expanded sex-determining locus in Volvox. Science 328: 351-353. 東京大学理学系プレスリリース http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2010/16.html
3. Nozaki H, Mori T, Misumi O, Matsunaga S, Kuroiwa T (2006) Males evolved from the dominant isogametic mating type. Curr. Biol. 16: R1018–R1020. 東京大学理学系プレスリリース http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2006/22.html
4. Ferris PJ, Goodenough UW (1997) Mating type in Chlamydomonas is specified by mid, the minus-dominance gene. Genetics 146: 859–869.
5. Nozaki H (2008) A new male-specific gene “OTOKOGI” from Pleodorina starrii (Volvocaceae, Chlorophyta) unveiling an origin of male and female. Biologia 63/6: 768-773.
6. Geng S, De Hoff P, Umen JG (2014) Evolution of sexes from an ancestral mating-type specification pathway. PLoS Biol. 12: e1001904.
7. Nozaki H, Kuroiwa T (1992) Ultrastructure of the extracellular matrix and taxonomy of Eudorina, Pleodorina and Yamagishiella gen. nov. (Volvocaceae, Chlorophyta). Phycologia 31: 529-541.
8. Nozaki H (2003) Origin and evolution of the genera Pleodorina and Volvox (Volvocales). Biologia 58: 425-431.

支援を受けた科学研究費補助金

新学術領域研究「ゲノム支援」(課題番号221S0002)、基盤研究(A)(課題番号16H02518)、スタート支援(課題番号16H06734)、基盤研究(C)(課題番号17K07510)、新学術領域研究(課題番号17H05840)

 

発表雑誌

雑誌名 Communications Biology
論文タイトル Anisogamy evolved with a reduced sex-determining region in volvocine green algae
著者 Takashi Hamaji, Hiroko Kawai-Toyooka*, Haruka Uchimura, Masahiro Suzuki, Hideki Noguchi, Yohei Minakuchi, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Shin-ya Miyagishima, James G. Umen & Hisayoshi Nozaki*
DOI番号 10.1038/s42003-018-0019-5
論文URL https://doi.org/10.1038/s42003-018-0019-5

 

本論文はNature Ecology & Evolution Communityのブログ ”Behind the Paper” で “A small blueprint of “Adam” unveiled based on de novo assemblies of four nuclear whole genomes” として紹介されました。

 

 

用語解説

注1 次世代シーケンス

革新的な装置である次世代シーケンサーで塩基配列を大量・高速・安価に配列決定すること。磁気ビーズ上に増幅したDNA断片を用いて配列決定する方法が用いられてきたが、長い配列は得られなかった。しかし最近、DNAを増幅せず、塩基配列を1分子ずつ電気的に読みだす手法による非常に長い配列を解読する次世代シーケンサーが普及した。本研究ではこれらの両手法を組み合わせることで、それぞれの弱点を補い、長くて正確なゲノム解読を実施した。

注2 緑藻ボルボックス系列

池や湖などの淡水域に生育する2鞭毛をもつ単細胞生物と細胞が4個以上で集合した多細胞生物から構成される緑藻の一群。各細胞には葉緑体が1個ずつ含まれ、光合成を行う。単細胞性のクラミドモナスのようなものから進化したと考えられており、500細胞以上からなり小さい非生殖細胞(分裂をして娘群体を形成しない)が分化してオス・メスをもつボルボックスとオス・メスが未分化な同型配偶のクラミドモナスとの間に、ゴニウム、ヤマギシエラ、ユードリナなどの体制と有性生殖で進化的に中間段階の生物が現存するため、性の進化と多細胞化のモデル生物群と考えられている。

注3 性染色体領域

多細胞動植物では両性(オス・メス)が染色体単位で異なり、異なる染色体を性染色体というが、緑藻ボルボックス系列のような始原的な生物では両性(オス・メスまたは交配型マイナス・プラス)で染色体の一部の遺伝子の組成と配列が異なる。異なる部分はゲノム(染色体)上で連続しており、性染色体領域または性決定領域という。性決定遺伝子等の性特異的遺伝子は本領域に位置している。

注4 交配型マイナス・プラス、オス特異的遺伝子“OTOKOGI”

同型配偶の生物では配偶子の大きさ等に差がないために異なる性(交配型)を便宜的に交配型マイナスまたはプラスとして区別している。交配型マイナスとプラスの配偶子は合体する。クラミドモナスでは、交配型マイナスを決定する遺伝子がMID である(文献4)。オスとメスが分化した群体性ボルボックス目(プレオドリナ)では MID と起源を同じくする遺伝子 (PlestMID) がオスだけにあり、“OTOKOGI”と呼ばれる (文献5)。ボルボックスでは遺伝子導入実験から“OTOKOGI”が精子形成を決定することが知られている(文献6)。

注5 ヤマギシエラ(Yamagishiella

緑藻ボルボックス系列(注2)の最も進化段階が高いと考えられる同型配偶の属で、異型配偶のユードリナ(Eudorina)とは栄養群体の微細構造の点でも類似するが有性生殖が異なるので1992年に設立された(文献7)。その後の分子系統解析結果(文献8)もヤマギシエラが同型配偶とオス・メスをもつ有性生殖を橋渡しする進化的に見て重要な生物であることを示唆している。属名は94歳と今もお元気な山岸高旺博士(東京プランクトン研究所主宰)に献名したものである。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―