2017/12/12

原始微生物生態系が温暖な初期地球環境形成の鍵を握っていた

―“暗い太陽のパラドックス”を解決するメカニズムを解明 ―

 

田近 英一(地球惑星科学専攻 教授)

洪 鵬(大学院工学系研究科 特任研究員)

尾﨑 和海(ジョージア工科大学地球大気科学部
/NASAポスドク研究員)

 

発表のポイント

  • 太古代(注1)の地球が温暖環境であったことを説明するメカニズムを解明した。
  • 太古代の海洋において、水素と鉄という異なる電子供与体(注2)を利用する複数種の酸素非発生型光合成細菌(注3)が「共存」することによってはじめて、大気中に高濃度のメタンを維持することが可能になることを明らかにした。
  • 原始微生物代謝過程の多様性が気候形成に重要な役割を果たしていた可能性が明らかとなったことから、地球環境における生態系の役割の理解や、太陽系外地球型惑星における大気組成と生命存在可能性の観測的研究への貢献が期待できる。

発表概要

太陽が現在より20~30%暗かったにもかかわらず、太古代の地球が現在と同じかそれ以上に温暖であったという問題(“暗い太陽のパラドックス(注4)”)は、半世紀近くにわたって地球惑星科学分野における重要な未解明問題のひとつとされてきた。今回、東京大学大学院理学系研究科の田近英一教授とジョージア工科大学の尾﨑和海ポスドク研究員、東京大学大学院工学系研究科の洪鵬特任研究員らは、太古代において地球の気候が温暖に保たれていたことを定量的に説明可能なまったく新しいメカニズムの存在を、数値モデルを用いて明らかにした。それは、水素と鉄という異なる元素を利用する複数種の光合成細菌が「共存」する生態系を想定すると、強い温室効果気体であるメタンが大気中で高濃度に維持されて温暖気候が形成される、というものである。光合成細菌の多様性によって温暖な地球環境が維持されていたとするこの新しい知見によって、暗い太陽のパラドックスは解決される。鉄や水素などそれ自体は温室効果を持たない物質の循環が、酸素が存在しない環境下にある惑星の気候状態を決定するという今回の知見に基づき、今後、初期地球環境の安定化メカニズムや系外地球型惑星気候と生命存在可能性の解明などへの展開が期待できる。

発表内容

太陽進化の標準モデルによると、太古代の太陽光度は現在よりも20~30%低かったと推定されている。一方、地質学的研究からは、太古代の地球は現在と同程度(~15℃)かより温暖(60~80℃)な気候状態であったと推定されている。低い日射条件にもかかわらず、いったいどのようにして地球環境は温暖で「ハビタブルな」(生命存在に適した)状態に維持されていたのか?この問題は、“暗い太陽のパラドックス”とよばれ、地球惑星科学分野における重要な未解明問題となっている。このパラドックスの一般的な理解は、過去の地球大気中には大量の二酸化炭素が含まれていて、その温室効果によって低い日射量の影響が相殺されていた、というものであろう。しかし地球化学的推定によれば、30~22億年前の大気二酸化炭素濃度は、理論的に要求されている濃度よりも低い傾向があり、二酸化炭素のみでは暗い太陽のパラドックスを解決できないことが指摘されている。そこで、二酸化炭素に加えてメタンが重要な役割を果たしていたのではないかと考えられている。温暖気候の形成に二酸化炭素やメタンがどの程度必要になるのかについての推定は行われているが、大気中の温室効果気体の濃度は、メタン生成など生物の代謝過程や大気光化学反応ならびに地球表層の地球化学過程を含む生物地球化学的物質循環によって規定されているため、そのフレームワークの中で定量的に説明できない限り、暗い太陽のパラドックスを完全に解決したことにはならない。しかしこれまで、そのような研究はほとんどなかった。

私たちの研究グループは、温室効果気体であるメタンの存在量を規定する物質循環に注目した(図1)。

 

図1.太古代において想定される物質循環
地球内部から火山活動等によって大気へ流入した水素ガスH2は、大気中に一定量存在し、一部は地球の重力を振り切って宇宙空間へ散逸する。海洋表層に取り込まれたH2は、原始的光合成生物(図では水素資化性光合成細菌)によって利用される。生成された有機物のほとんどは発酵菌、メタン菌の活動を経てメタンと二酸化炭素となり、大気へ放出される。また、鉄に依存した光合成細菌(鉄酸化光合成細菌)も有機物を生成し、やはりメタンとして大気へ放出される。このメタンは光分解によって、最終的には元の水素に戻り、その一部が再び水素資化性光合成細菌によって利用される。

 

当時の地球上には酸素発生型の光合成を行う生物はまだ出現しておらず、地球表層環境は遊離酸素をほとんど含まない還元的(嫌気的)条件にあった。生物はエネルギーの獲得に酸素を用いない嫌気的代謝を行っていたはずであり、基礎生産は当時の環境中に豊富に存在していた水素や鉄などを電子供与体とする原始的な光合成細菌(水素資化性光合成細菌や鉄酸化光合成細菌など)が担っていたものと考えられる。基礎生産者が生産した有機物が分解される過程では、メタン生成古細菌(メタン菌)の活動によりメタンが生成される。大気中へ放出されたメタンは、大気光化学反応によって最終的に二酸化炭素と水素に変換される。水素資化性光合成細菌を唯一の基礎生産者として想定したメタン生成率は、米国の研究グループによって検討が行われている。その結果は、地球内部からの水素の供給率が非常に高くない限り、温暖な気候を説明することはできない、というものだった。本研究グループは、水素と鉄という異なる電子供与体を利用する複数種の基礎生産者が「共存」する場合には、各基礎生産者が単独で存在する場合と比べてメタン生成率が大幅に増幅されることによって温暖気候が実現していたのではないかと考え、その定量的評価を行った。

この目的のため、海洋微生物生態系モデル、大気光化学モデルおよび気候モデルを結合させた数値モデルを開発し、水素資化性光合成細菌と鉄酸化光合成細菌がそれぞれ単独に基礎生産を行う場合と、両者が共存する場合について、数値シミュレーションを行った。その結果、水素資化性光合成細菌のみのケースや鉄酸化光合成細菌のみのケースでは、地球内部からの水素や鉄の供給率が非常に高くない限り大気へのメタン供給率が低いため温暖気候は実現できないが、両者の共存系を想定した場合、大気へのメタン供給率は、それぞれが単独の場合の和にはならず、非線形的に増幅される結果、地球内部からの供給率にはほとんど依らずに温暖気候が実現可能なことが明らかになった(図2)。

 

図2.固体地球からの水素ガスの脱ガス率に対する海洋におけるメタン生成率の変化
水素資化性光合成細菌のみを考慮した場合(黒色実線)では、温暖気候(>15℃)の実現には現在の水素脱ガス率の7倍以上が必要。水素資化性光合成細菌のみの場合に鉄酸化光合成細菌のみの場合の結果を単純に加えた場合(黒色点線)でも結果は大きくは変わらない。しかし、両者が「共存」している場合(赤色実線)は、水素ガスの脱ガス率にはほぼ依らず、温暖気候を形成するのに必要なメタン生成率が実現されることが分かる。大気中二酸化炭素濃度を現在の100倍、鉄酸化光合成細菌への鉄の供給率を80 Tmol/yrと仮定。

 

このような挙動は、鉄酸化光合成細菌に由来するメタンが水素に変換されて水素資化性光合成細菌に再利用されることや大気光化学反応の非線形応答に起因したものである。さらに、モデルが内包する不確定性の大きい複数のパラメータについてモンテカルロ法(注5)を用いて多数回(300万回以上)の数値シミュレーションを実施した結果、大気中二酸化炭素濃度が現在の50倍程度以上であれば、光合成細菌の共存系の場合には温暖気候が実現可能な条件が有意に広がることが示された(図3)。

 

図3.モンテカルロシミュレーションによる温暖気候(> 15℃)を実現するパラメータ空間の探索結果
多数回(300万回以上)の数値シミュレーションを行い、制約条件を満たす試行(約30万回)のみを抽出して温暖気候が実現可能なパラメータの組み合わせを統計処理してプロットしたもの。(a)と (c)は、水素資化性光合成細菌のみを考慮したケースと共存ケースそれぞれについて、大気二酸化炭素(CO2)濃度と水素脱ガス率に対するパラメータ空間内で温暖気候が実現できる領域(温暖気候となる結果が得られやすいほど暖色)を示したもの。(b)と(d)は、鉄酸化光合成細菌のみを考慮したケースと共存ケースについて、大気二酸化炭素濃度と鉄の供給率のパラメータ空間で温暖気候が実現できる領域を示したもの。複数種の光合成細菌の共存系(c、 d)では、光合成細菌が単独で存在する場合(a、 b)に比べて温暖気候を形成可能なパラメータ領域が大きく拡大することが分かる。また、共存系であっても、大気中二酸化炭素濃度は少なくとも現在の50倍程度以上は必要であることもわかる。

 

本研究は、光合成細菌の多様性と物質循環および気候の密接な関係をはじめて明らかにし、水素や鉄のような温室効果気体ではない物質の循環が太古の気候を決めていた可能性を示した点が重要といえる。暗い太陽のパラドックスの理解は、地球がなぜ生命を宿す惑星になったのかという問題の理解に直結する。さらに、酸素非発生型光合成は酸素発生型光合成に比べて原始的であることから、宇宙ではより普遍的な存在である可能性がある。したがって、本研究は太陽系外地球型惑星のハビタビリティを議論するための基礎的知見を与えるものと期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Geoscience
論文タイトル Effects of primitive photosynthesis on Earth’s early climate system
著者 Kazumi Ozaki*, Eiichi Tajika, Peng K. Hong, Yusuke Nakagawa, Christopher T. Reinhard
DOI番号 10.1038/s41561-017-0031-2
論文URL https://www.nature.com/articles/s41561-017-0031-2

 

 

用語解説

注1 太古代

地質時代のひとつで40億年前から25億年前までの時代。ここでは、太古代のなかでも、とくに30億年前頃の、大気中の酸素濃度が低く、気温が高かったと考えられている時代を対象としている。始生代と呼ばれることもある。

注2 電子供与体

自らの電子を放出して他の化学物質(電子受容体)に電子を受け渡す物質。電子の授与により、電子供与体は酸化し、電子受容体は還元される。この意味において、電子供与体は還元剤、電子受容体は酸化剤であるともいえる。

注3 酸素非発生型光合成

一般的に,光合成とは陸上植物や藻類が有機物の生合成に伴って酸素分子を生成する代謝過程を指すが、ここでいう光合成はより原始的な酸素非発生型の代謝過程を指す。水を電子供与体とする酸素発生型の光合成とは異なり、酸素非発生型の光合成は水素分子や二価鉄、硫化水素などの物質を電子供与体として利用する。酸素非発生型光合成を行う生物としては、紅色細菌、緑色硫黄細菌、緑色非硫黄細菌、ヘリオバクテリアなどの光合成細菌(バクテリア)などが知られている。同じバクテリアでも、シアノバクテリア(藍藻)は、酸素発生型の光合成生物である。

注4 暗い太陽のパラドックス

地球史前半の太陽は現在より20~30%も暗かったことから、もし地球の大気組成が現在と同じであると仮定すると、20億年前より以前の地球は全球凍結状態であったと考えられる。しかし、実際にはそのような地質学的証拠は存在せず,むしろ太古代の地球は現在よりも温暖だった可能性すら示唆されており、矛盾する。これが“暗い太陽のパラドックス”と呼ばれる問題で、1972年に天文学者のカール・セーガンらが指摘した。一般には、過去の大気二酸化炭素濃度は現在よりもずっと高く、その強い温室効果によって温暖環境が維持されてきたと考えれば解決できるものと考えられている。しかし地質学的研究によれば、約22億年前以前の大気二酸化炭素濃度は理論予測よりも低く、二酸化炭素だけでは温室効果が足りない可能性が指摘されている。二酸化炭素の温室効果を補うものとして、メタンが有力視されているが、それ以外にもさまざまな温室効果気体種やメカニズムが提出されており、いまだに完全な解決には至っていない。また、メタンについても、温室効果として必要な濃度の推定はなされているものの、その濃度が本当に実現できるのかどうかは分かっていない。本研究は、この点について検討を行ったものである。

注5 モンテカルロ法

乱数を用いたランダムなパラメータの値により、多数回の数値シミュレーションを行う手法のこと。今回は、300万通り以上のパラメータ値のランダムな組み合わせで数値シミュレーションを行い、制約条件を満たす約30万通りの結果を抽出して統計的な検討を行った(図3参照)。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―