2017/08/29

特定の神経細胞に働いて摂食を抑える新しい飽食ホルモンの発見

 

飯野 雄一(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 線虫より新しい生理活性ペプチドの発見と受容体の同定に成功し、これらが飽食の制御を担うことを新たに見出した。
  • 線虫を活用することにより、分泌された新規ペプチドが特定の神経に作用し、食餌に関係した様々な行動を制御する詳細な仕組みを明らかにした。
  • 今回発見したペプチドは多くの生物種に存在し、ヒトにおいても類縁ペプチドが摂食行動を制御する。本研究成果は、社会的に重要な摂食制御機構の理解を深めることが期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の飯野雄一教授らと宮崎大学フロンティア科学実験総合センターの井田隆徳准教授らのグループは、国立循環器病研究センター、久留米大学との共同研究のもと、線虫(注1)より新たな生理活性ペプチドを発見し、LURY-1と命名しました。

LURY-1は、宮崎大グループがショウジョウバエや車エビより発見したペプチドと類似しますが、これらの生物での機能の詳細は不明でした。今回線虫において、餌を取り込む咽頭という組織からLURY-1が飽食時に分泌されて特定の神経に作用し、摂食行動の抑制や産卵の促進など、餌に関係した行動を制御することが分かりました。

本研究は、LURY-1および類似ペプチドの働く仕組みを正確に解析した初めての成果です。摂食コントロールの破綻は生活習慣病など様々な疾病に結びつき、社会的に重要な課題です。LURY-1はヒトの摂食コントロールに関わるニューロペプチドYファミリー(注2)と類縁関係にあり、今回の発見は線虫に限らず、ヒトも含めたすべての動物に共通な摂食制御のしくみの理解に役立つことが期待されます。

発表内容

動物が生きるためには餌や食事を摂取することが必須ですが、自然界では自由に食餌が得られることは多くありません。そのため、食餌が豊富もしくは枯渇な時に応じて行動や代謝を切り替えることは生存のために非常に重要な機能です。生体におけるこのような機能は、神経系およびホルモンや局所因子などの液性因子によって複雑かつ精巧に制御されています。ヒトではインスリン、グルカゴン、グレリン、アディポネクチンやニューロペプチドY(NPY)など多くの制御因子が知られていますが、これらはいずれもペプチド(注3)です。このような因子による制御は動物の生存に必須ですので、動物の進化の過程でその仕組みが作られてきたはずです。実際、これらのペプチドのうちインスリンは無脊椎動物にも保存されていることが知られています。

しかし、哺乳類におけるNPYは神経系による摂食制御に重要だと言われていますが、非常によく似たペプチドは無脊椎動物に存在せず、どのような進化的起源を持つかについてはよく分かっていませんでした。

これまで宮崎大グループは、摂食制御を担う未知のペプチド性因子に注目し、哺乳類と無脊椎動物の両者を対象に探索研究を進めてきました。ショウジョウバエにおいて哺乳類NPYによって活性化される受容体(CG5811)に着目し、ショウジョウバエにおけるCG5811活性化因子を探索しました。その結果、dRYamideと命名した新しい生理活性ペプチドを発見しました。NPYとdRYamideのアミノ酸配列のC末端はともに、アルギニン-アミド化チロシンという構造であり、両者の摂食制御を含めた機能的な共通性が示唆されていました。

今回、我々と宮崎大グループは線虫に着目し、GC5811を発現させた培養細胞に線虫の抽出物を作用させ、この受容体の活性化を指標にLURY-1と命名したペプチドを単離しました。LURY-1もC末端にアルギニン-アミド化チロシンという構造を持ち、節足動物に多く見られるRYamideファミリーと類似していました。さらに、遺伝子構造の系統解析から、軟体動物やウニなどで見られるLuqinというペプチドファミリーと進化的起源が同一であると予測されました(LURY-1の由来はLUqin-like RYamide-1になります)。受容体構造の系統解析からは、RYamide/Luqin受容体ファミリーはNPY受容体ファミリーと遠縁にあたることが分かりました。

面白いことに、線虫のLURY-1は咽頭という餌を取り込む喉の器官にある3つの神経にだけ発現していました。そして、餌が多く咽頭が活発に活動しているときに全身に向けて分泌されることが分かりました。分泌されたLURY-1は、1)摂食を抑制、2)産卵を促進、3)動き回る行動を抑制、4)寿命を延長という、多様な作用を持っていました。一方、LURY-1の受容体はショウジョウバエのGC5811に類似したNPR-22(語源は「ニューロペプチド受容体関連受容体」)という受容体であることを特定しました。分子生物学を駆使した研究の結果、NPR-22は咽頭の動きを司るMCという、これまた咽頭の中の神経細胞に働くことが分かりました。つまり、LURY-1ペプチドは、咽頭が活発なときに分泌されるものの、結果的には咽頭の活動が抑えられる経路(負のフィードバック)を介して餌をとりすぎないように調節しているのです。

また、LURY-1ペプチドは、RIHという頭部の神経に働くことによって産卵を促進することが分かりました。餌がないところに卵を産むと生まれてきた子供が生存できませんので、線虫は餌が多いときに、ここぞとばかり卵を産みます。LURY-1ペプチドは咽頭の動きによって餌の有無を感知して、産卵を調節する神経に産卵促進指令を送っていると考えられます。

今回明らかにされたように、生体の制御はとても合理的にできています。このような制御の仕組みを知ることは、我々人間が、動物が本来持っているコントロールを逸して過食になったり拒食になったりすることの原因を探ることにもつながると考えられます。

概念図:LURY-1ペプチドは活発な摂食時に咽頭のM1/M2神経から放出され、咽頭のMC神経に働いてフィードバック的に咽頭の餌取り込みを抑制するとともに寿命を延長する。一方RIH神経に働き、セロトニンシグナルを介して産卵を促進する。

 

発表雑誌

雑誌名 eLife
論文タイトル Luqin-like RYamide peptides regulate food-evoked responses in C. elegans
著者 Hayao Ohno, Morikatsu Yoshida, Takahiro Sato, Johji Kato, Mikiya Miyazato, Masayasu Kojima, Takanori Ida, Yuichi Iino
DOI番号 10.7554/eLife.28877
論文URL https://elifesciences.org/articles/28877

 

 

用語解説

注1 線虫

C. elegans(C.エレガンス)とも呼ばれる。全身の細胞数が約1000個、神経数は302個と少なく、細胞レベルでの正確な解析に向いているので分子生物学や神経科学の研究によく使われている。

注2 ニューロペプチドY

神経ペプチドY、NPYとも呼ばれる。摂食促進、血管収縮などの作用があり、記憶にも関わると言われている。ペプチドYY(PYY)、膵臓ポリペプチド(PP)とファミリーを形成する。

注3 ペプチド

短い蛋白質のことをペプチドと呼ぶ。つまり、数個から数十個の比較的少数のアミノ酸の結合により構成されている。ペプチド性であるので多くの種類があり、生体の多彩な機能を担っている。ホルモンや神経伝達物質の多くはペプチドであり、それぞれペプチドホルモン、神経ペプチドと呼ばれるが、神経に働くホルモンもあるので両者の区別は厳密ではない。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―