2017/04/24

海洋堆積物に保存された10万年前の生物のDNA解読に成功

 

幸塚 麻里子(地球惑星科学専攻 特任研究員)

鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 海底堆積物(注1)には過去の生物の死骸が化石となり保存されるが、DNAが保存されているかは不明であった。
  • 環境中のDNAを極微量で解析する独自に開発した技術を駆使して、2.9〜10万年前の海底堆積物中に堆積当時に生息した生物のDNAが保存されていることを明らかにした。
  • DNA配列から復元された生物は、過去の温暖・寒冷といった気候の違いを反映して種類が異なるため、急激な環境変動(注2)への生態系の応答を知るツールになると期待される。

発表概要

海底堆積物には、過去に生息した生物の死骸が化石として保存されている。そのため、過去の生態系や環境を復元するための重要な記録として利用されている。しかし、化石として残らない生物が圧倒的に多く、かつ化石だけでは種の同定に至らない場合が多いため、生態系の復元が困難である場合が多かった。一方、現生の生物はDNAを用いることで、迅速に種の同定が可能になっており、DNA解析の古い時代の生態系への適用が期待されていた。

東京大学大学院理学系研究科の幸塚麻里子特任研究員らは、京都大学や神戸大学との共同研究によって、海底堆積物中に過去の生物のDNAが保存されているかどうかの調査および解析を行った。その結果、2.9~10万年前に生息した海洋プランクトンや海藻、陸上植物に由来するDNAが保存されていることが明らかになった。保存されていたDNAの配列の解析により、過去の寒冷期と温暖期に対応して、DNAが保存された生物種が異なることを利用して、過去の気候を復元できることが判明した。

今回の発見は、海底堆積物に過去の生物のDNAが普遍的に保存されている可能性を示す成果である。過去の急激な地球温暖化(注3)の際に、海洋生態系がどのように応答したかを復元することにより、現在進行する温暖化の影響を予測する上で重要な科学データを提供できると期待される。

発表内容

遠洋性の海底堆積物は、風成塵などのほか,水塊中に生息する生物が死後に降り積もって形成されており、堆積物には過去の海洋古環境の変遷が連続的に記録されている。そのため、環境変動に対する生態系の応答を復元する上での貴重な記録保管庫となっている。そこで、これまでの研究では生息当時の形態が保存された生物化石や、生物種に特徴的で地層に保存されやすい有機物(バイオマーカー)を用いて、過去の生物相が復元されてきた。しかし、化石やバイオマーカーが保存される生物種は限定的であり、かつそれらからの生物の遺伝子情報の取得は不可能であった。仮に環境変動を記録した堆積物中に、当時の海洋に生息した生物のDNAがタイムカプセルのように保存されていればDNAを解析して、環境変動に応答して繁栄または衰退した生物相の変化と, それら生物の生態と進化を復元できると考えられてきた。しかし、DNAは糖とリン酸から成る分子で、酸素存在下の堆積物中では表層10 cmで約90%のDNAが微生物代謝により分解されてしまう。化石DNAの研究は、現在の海洋において一般的な酸素に富む水塊を伴う海底堆積物は、DNAの保存状態が悪いため、研究がほとんど行われていなかった。一方で、有機物の保存状態の良い酸素に欠乏した水塊が広がる黒海や湖において、植物性プランクトンや陸地の植物由来の化石DNAが検出されているにとどまっていた。

私たちの研究グループは、プレート境界に付随する冷水湧出、すなわち海底でメタンが湧く堆積物(注4)に着目した。その理由は、メタンをエネルギーとして利用する微生物がDNA分解する微生物の活動を抑制し、化石DNAの保存性に有利であると期待されるからである。そこで、新潟県上越沖の表層型メタンハイドレートの形成を伴う冷水湧出帯の2地点と、比較として近傍で冷水湧出を伴わない1地点をにおいて掘削調査を実施した(図1)。

図1. A. 堆積物から化石DNAが検出された日本海上越沖のサイト。B.堆積物を取得した冷水湧出地点と比較地点。C. 海洋調査船マリオン・デュフレーヌにて水深1,000 mの海底から40 mの長尺ピストンコア試料を採取した。D. 船上で採取したピストンコア試料の内側からDNA解析用の試料を採取し、-80℃で保存した。

本研究では, 通常5~10 gの堆積物を要していたDNA抽出法[1]を、0.1 gの堆積物から抽出したDNAで塩基配列を決定できるよう効率化したDNA抽出法を用いた。この抽出法を上越沖の3地点から取得した40 mの長尺ピストンコア試料に適用した結果、冷水湧出帯で堆積した10万年前の試料から、珪藻(注5)、放散虫(注6)、海藻、陸上植物等を起源生物とする化石DNAの配列を取得することに成功した(図2)。冷水湧出を伴わない比較地点では化石DNAは3万年程度までしか検出されず、メタンが湧き出す効果は化石DNAの保存性に有利であることがわかった。

図2. 日本海上越沖冷水湧出サイトの化石DNA配列から復元した2.9〜10万年前の生物相。帯グラフは各年代で検出された起源生物の系統群の割合を示す。右の写真は検出された生物の写真(珪藻の化石は秋葉氏撮影、その他は著作権フリーサイトpixabay: https://pixabay.com から引用)。

 

冷水湧出帯の2.9万年から10万年前の堆積物試料から、珪藻、放散虫、海藻、陸上植物等を起源生物とする化石DNAの配列が検出された。全体的にもっとも多く検出されたのは、東シナ海から日本列島周辺の浅瀬に生息することで知られる海藻のSargassum vachellianumだった。二番目に優占して検出されたのは、海洋の水深500メートルより浅い水塊に生息し、SrSO4の殻を持ち、微化石として保存されないコナコン目の放散虫だった。コナコン目のDNAは、北大西洋の水塊からも検出されている。その他では日本周辺の浅瀬に生息している植物界の海草Zostera marinaが多く検出された。上述のような検出量が多く生物相を代表する種ではないが、最終氷期の2.9万年前の試料から、寒冷な気候の示相化石となる珪藻Thalassiosira spp.が、微化石と化石DNAの両者として検出された。一方で、3万6000年前と6万年前の温暖期の試料から、広葉樹であるハンノキ(Alnus sp.)とニレ(Ulmus sp.)がそれぞれ検出された。古気候復元を目的とした古花粉研究により、これらの広葉樹が同時期の温暖な日本列島に広く分布したことが明らかにされており、本研究では整合的な結果が得られた。この結果は、冷水湧出帯の堆積物には、10万年前までの陸上と海域に地質学的過去に生息した生物のDNAが保存されていることが明らかになった。そのため、冷水湧出帯の堆積物に保存された化石DNAは過去の生物や生息環境を復元するのに強力な武器となると期待される。

[1] Coolen et al., Proc Natl Acad Sci USA, 2013.

 

発表雑誌

雑誌名 Geobiology
論文タイトル Eukaryotic diversity in late Pleistocene marine sediments around a shallow methane hydrate deposit in the Japan Sea
著者 Kouduka M, Tanabe SA, Yamamoto S, Yanagawa K, Nakamura Y, Akiba F, Tomaru H, Toju H, Suzuki Y.
DOI番号 10.1111/gbi.12233
論文URL http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/gbi.12233/abstract

 

用語解説

注1 海底堆積物

砂や泥、生物の死骸などの海水中に浮遊する物質が海底下に沈殿し積み重なったもの。各時代の気候や生態系といった環境の影響を受けて形成されていくため、堆積物には過去から現代まで変化してきた環境の情報が蓄積されている。

注2 急激な環境変動

地球上の気候は約10万年の周期で氷期と比較的温暖な間氷期を繰り返すが、短期間で地球温暖化などによって環境が激変することがある。地球温暖化による気温と海面温度、海水準の上昇は、生態系にも影響を与える。

注3 寒冷期と温暖期

7万年前から1万年前は最終氷期と呼ばれる氷期であったが、さらに詳細な気候変動によって寒冷期と温暖期に分けられている。最も氷床が拡大した最寒冷期は2万年前で、世界中の海面が100 m以上低下した。

注4 メタンが湧き出す冷水湧出地点

海底からメタンガスに富んだ湧水が存在する領域。日本海上越沖の海底では、海底から数百メートルの高さまでメタンガス気泡が吹き出している。冷水湧出帯の海底堆積物中にはメタンを栄養源として活動する微生物が生息していることが知られている。

注5 珪藻

珪酸質の被殻を持つ藻類に属する2億年近く前に現れ始めたプランクトンで、現在の淡水や海水にも生息している。珪酸質の殻が、海底堆積物中で残存しやすいため化石として保存される。

注6 放散虫

珪酸質や硫酸ストロンチウムの被殻を持つ動物プランクトンで、5億年前から現在の海洋に生息している。珪酸質の殻を持つ種類は、海底堆積物中で残存しやすいため化石として保存される。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―