2017/04/13

銅の薄膜内に人工的に誘起した磁化が膜面に垂直方向を向くことを実証

 

岡林 潤(附属スペクトル化学研究センター 准教授)

小山 知弘(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教)

鈴木 基寛(高輝度光科学研究センター 主幹研究員)

辻川 雅人(東北大学電気通信研究所、スピントロニクス学術連携研究教育センター 助教)

白井 正文(東北大学電気通信研究所、スピントロニクス学術連携研究教育センター 教授)

千葉 大地(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 准教授)

 

発表のポイント

  • 非磁性体である銅薄膜において、薄膜の面に垂直な方向に揃う新しい磁石の性質を有する構造を開発しました。
  • 銅がコバルトおよび白金と接することにより、銅には面に垂直な磁化が誘起することを、放射光を用いた磁気分光法(X線磁気円二色性)による元素別スペクトルの計測と計算から明らかにしました。
  • スピントロニクス素子の設計では銅を電極として用いる場合が多く、本結果は銅に磁石の性質が滲みだすことから、これを考慮した素子設計において重要な指針を与えるものと期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の岡林潤准教授、同大学院工学系研究科の千葉大地准教授、小山知弘助教、高輝度光科学研究センターの鈴木基寛主幹研究員、東北大学電気通信研究所の白井正文教授、辻川雅人助教による研究チームは、薄膜に対して垂直方向に磁石の性質が生じるコバルト(Co)と白金(Pt)の界面に銅(Cu)を挿入することで、Cuに磁石の性質が滲みだすことを、放射光(注1)を用いたX線磁気円二色性(XMCD、(注2))により初めて明らかにしました。特に、CoとPtの影響によりCuの磁化が膜面に対して垂直方向に向くことを世界で初めて実証しました。得られた結果は、磁性体と非磁性体が接合した界面に誘起される磁性に関する基礎物理学の理解を進展させるのみでなく、スピンを操作して低消費電力にて動作するスピントロニクス素子の設計においても重要な役割を果たすことが期待されます。

CoとPtの界面では、両元素の磁気的な相互作用により、膜面に垂直方向に磁化が揃うことが知られています。また、膜に垂直方向に磁化する材料は大容量の磁気記録デバイスには不可欠なものとして、スピントロニクス分野では研究されています。研究チームは、この界面に厚さの異なるCuを入れることにより、CoとPtの間の相互作用を媒介として、Cuに誘起される磁性について調べました。その結果、Cuが3原子層の厚さの範囲においては、Cuも垂直に磁化することが判りました。これを調べるためには、元素別に磁気状態を調べる必要があり、放射光を用いた元素選択的な磁性の検出手法が不可欠です。茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構放射光施設(フォトンファクトリー)において、東京大学大学院理学系研究科スペクトル化学研究センターが所有するビームライン(BL-7A)にてXMCDの測定を行うことにより、Cuの垂直磁化を捉えることができました。また、Pt原子の磁気特性についても、大型放射光施設SPring-8(BL39XU)での測定によりPtも膜に垂直方向に磁化する性質を持つことが明らかになりました。実験結果は、第一原理に基づく理論計算とも一致し、界面に誘起される新しい磁性材料の創出に繋がることが期待されます。

本成果は、2017年4月13日(英国時間午前10時)に、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されます。なお、本研究は科研費基盤研究(S), (B)の助成を受けて実施されました。

発表内容

強磁性体と非磁性体を交互に堆積した構造(磁気接合)は、磁気メモリーなどの記録素子やハードディスク内の磁気センサーとして広く用いられています。特に、薄膜の面に垂直方向に磁化の向きを揃えて磁気記録を行う技術は、高記録密度を達成するために重要です。これらの素子の最適化を進めることは、スピントロニクスの研究分野におけるデバイス開発では最も重要なことの一つです。強磁性体と非磁性体が接合した界面にて磁化が垂直方向に誘起されるメカニズムについて、今まで明確ではありませんでした。これまでに、非磁性体であるCuにおいて、膜面に平行な方向への磁化の誘起については研究が進んできましたが、薄膜の面に垂直な方向の磁化観測とその設計に関する知見は得られていませんでした。

研究チームは、垂直磁化を示すCo/Pt界面に膜厚の異なるCuを人工的に挿入し、各元素の磁気特性を調べることに着目しました。Co/Pt界面は、Coの磁石としての性質、Ptの重い元素としての性質が合わさって垂直磁化を示します。磁石は本来、膜に平行方向に磁化が揃うことでエネルギーが低くなり安定します。しかし、膜に垂直方向に揃う方が安定するCo/Pt界面のような特殊な物質も存在します。この界面に非磁性体Cuを原子層レベルで挿入すると、3原子層の厚さまではCuにも垂直方向に磁化が誘起されることが判りました。非磁性体に誘起される微弱な磁気シグナルについて、放射光を用いることによって初めて捉えることができました。Cuの膜厚をさらに増やすと、CoとPtの間の相互作用がなくなり、近接効果(注3)が及ばないことも明らかにしました。また、近接効果によりCuに磁石としての性質が発現することは、第一原理計算によっても再現されました(図1)。

図1:(a)設計した構造の模式図。表面の酸化マグネシウム(MgO)層はCo層を保護する役割をする。(b)Co, Cu, Ptの各元素における円偏光によるX線吸収スペクトル(上段)とX線磁気円二色性スペクトル(下段)。赤(実線)と青(点線)は左右円偏光の違いに相当する。(c)CoおよびCuのL3吸収ピークにおける元素別な磁気特性の変化。面直方向(実線(赤))と面内方向(点線(青))の形状の違いから、磁石が面直方向を向いていることを示している。

 

これらにより、原子層レベルで人工的に設計した構造において、磁気特性を操作できることを実証しました。

本研究は、磁気記録やスピントロニクスの研究にて広く用いられているCuを用いた材料設計、素子設計を行う上で、極めて重要な指針を与えるものです。垂直磁化を用いた高記録密度を可能にする素子設計、近接効果がもたらす界面での誘起磁性に関する研究の進展が期待されます。今後、Cu膜厚に依存した垂直磁化の大きさと向きを操作できれば、人工的に原子層レベルにて構造を設計することができ、今までにない新しい磁石の性質の操作に関する研究が拓けるものと期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Induced perpendicular magnetization in a Cu layer inserted between Co and Pt layers revealed by x-ray magnetic circular dichroism
著者 岡林潤、小山知弘、鈴木基寛、辻川雅人、白井正文、千葉大地
DOI番号 10.1038/srep46132
論文URL http://www.nature.com/articles/srep46132

 

用語解説

注1 放射光

電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも大きな成果をあげている。

注2 X線磁気円二色性(XMCD:X-ray Magnetic Circular Dichroism)

放射光から出る左右円偏光により元素の内殻から遷移する吸収スペクトルを測定する。左右円偏光による各元素の吸収強度の違いがXMCDである。これにより、元素別の磁気状態について知ることができる。

注3 近接効果

異なる物質が合わさった界面では、各物質の性質がもう一方へしみ出すことがある。これを界面での近接効果といい、特異な物性を発現させる舞台となりうる。

 

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―