2016/10/18

原子核での形の量子相転移とスーパーコンピュータ「京」による シミュレーション

 

大塚 孝治(物理学専攻 教授)

富樫 智章(原子核科学研究センター 特任助教)

角田 佑介(原子核科学研究センター 特任研究員)

清水 則孝(原子核科学研究センター 特任准教授)

 

発表のポイント

  • 原子核のようなミクロな物体で相転移(注1)が起こるかどうかが謎であったが、ジルコニウムのアイソトープで中性子の数の変化に呼応して量子相転移が起こることを理論的に発見した。
  • スーパーコンピュータ「京」(注2)等を用いての大規模な数値シミュレーションにより、最大で1023次元の行列対角化に相当する殻模型計算(注3)を行い、実験データの特異性を初めて再現し、第2種殻進化(注4)が量子相転移(注1)の源であることを解明した。
  • 量子相転移が起こる直前の様子が実験により示され全体像を明確化した。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大塚孝治教授、富樫智章特任助教、角田佑介特任研究員、及び、清水則孝特任准教授らの研究グループは、文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」(注5)のもとでスーパーコンピュータ「京」等を用いた、原子核の陽子—中性子多体構造に関する大規模数値シミュレーションを進めており、本研究の計算科学面はその成果の一つ。さらに日独共同研究で、ドイツのダルムシュタット工科大学で実験が行われ、日本は理論面で参加し、同時に連続論文で発表する。

相転移は無限とも言っていい位多数の粒子からなるマクロな系で見られる現象である。それに比して、数十個の粒子(今の場合は陽子と中性子)だけから成るミクロで量子的なシステムで、量子相転移という本質的には同様の現象が起きることを示した。このような相転移が起こるためにはマクロな系とは異なるメカニズムが必要であり、それが東大からのオリジナルな発信である第2種殻進化であることも示した。このようにして、世界でどこも成功していなかった、原子核での量子相転移の発見の論文を出版し、さらには、そこに至る道を見せたもう一篇の日独共同の実験論文も続いての同時出版となった。「京」のようなスパコンによって初めて可能になる大型シミュレーションの重要性を示すものでもある。

本研究は、文科省HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」、ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」、および計算基礎科学連携拠点(JICFuS)のもとで、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」などを利用して得られたものである(課題番号:hp150224、hp160211)。日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)23244049 からの支援も受けた。

発表内容

氷の温度を上げ融点を越すと水に変わる。このように物質の状態が急に大きく変わる現象は相転移と呼ばれる。例えば水(高温相)や氷(低温相)と言った、マクロなスケールで見られ、物理学上大変重要な現象である。それが、原子核というミクロな世界で現れるかどうかは重要だが未解決の問題であった。

本研究グループはこの問題に取組み、ジルコニウム(原子番号40)のアイソトープに於いて、中性子の数を増やして行くと、各アイソトープに於いて最もエネルギーが低くて安定な基底状態の形が球形から楕円体に急に変わることを明らかにした。(図1)基底状態(図1で縦軸の励起エネルギーがゼロにあるシンボル)は、中性子数が増えて質量数が98から100になると突然、青色の球(氷に相当)から赤色の楕円(水に相当)に変わっている。つまり量子相転移が起きている。

図1. ジルコニウムのアイソトープにおける形の量子相転移。横軸の質量数は陽子数と中性子数の和であり、陽子数は変わらないので、中性子を加えるとその分だけ質量数が増す。縦軸は励起エネルギーを示し、青い円は球形の原子核が、赤い楕円は楕円体の原子核がそのエネルギーにある事を示す。質量数が98以下では、エネルギーが最も低い基底状態の形が球で、第一励起状態の0準位は楕円体である。質量数が100以上では、基底状態の形が楕円体になり、氷から水への相転移に似た量子相転移が起きている。

 

一般の場合には、中性子の数を増やすと原子核の形は徐々に変わり、急激な変化を特徴とする量子相転移とは全く異なる。これまでの理論研究ではジルコニウムの場合でもゆっくりとした変化になってしまい、量子相転移を得ることはできず、実験で見えていた急激な変化を説明する事もできなかった。

原子核は陽子と中性子の集合体であり、核力という力で結合されて塊になっている。その表面は形を成し、場合により、球であったり楕円体であったりする。本研究ではジルコニウムの原子核の12個の陽子と、例えば質量数100の場合には20個の中性子を活性化するという世界のどこも出来なかった大型数値シミュレーションによる理論研究を行って、この量子相転移が起きることを示しそのメカニズムを解き明かした。具体的には、2準位の励起エネルギーやそこから基底状態への電磁的遷移強度などのデータが、質量数が98から100になると、突然、特異的に変化する事が実験で見えていた。それが理論計算で初めて説明され、量子相転移の帰結であることも示された。これまで長年に渡って世界の様々な研究グループが試みてきたが、どこも成功しなかったことである。

数値シミュレーションは、殻模型という方法によっており、その中でも特にモンテカルロ殻模型という東大グループオリジナルの方法で計算を進めた。スーパーコンピュータ「京」を利用して、殻模型の旧来の方法では1023次元の行列対角化となり実行不可能だった計算を、同じ殻模型でもモンテカルロ殻模型という独自の方法で実現可能にした。量子相転移が起きる原因として、やはり東大にて提唱・発展してきた第2種殻進化が決定的な役割を果たしていることを示した。今回示された量子相転移のメカニズムが他の多体系でも起こり得るかどうかは大変興味のある課題である。

今後、このような研究はさらに発展することが期待される。学際的応用として、超新星爆発のような宇宙での爆発的現象による重元素合成のメカニズムに新しい局面を提供するかもしれない。さらに重い元素の原子核の研究はさらに大型のシミュレーションを必要とし、鉛やウランのような大変重い原子核の場合には次世代のポスト「京」コンピュータによって実現されるかもしれない。

論文1と同時に、量子相転移を起こす直前、水と氷で言えば、摂氏0度をわずかに下回る温度での水の状態がどこにあるかを、質量数が96の原子核で実験的に同定した研究が論文2で出版される。実験はドイツのダルムシュタット工科大学が行い、本研究グループは理論研究を分担した。図2にその簡単な解説が示されている。これにより、相転移前には楕円体の状態のエネルギーがかなり高く、球と楕円体とが混ざり合うこともなく、急激に相転移が起きている道筋が確立する重要な知見が得られた。日独が同時に記者発表を行う。

図2.ジルコニウム−96原子核の日独共同研究で明らかにした量子相転移直前の状況。図1で質量数96の場合である。中央のグラフは実験で測定された電子散乱のデータ(横軸は励起エネルギー、縦軸は反応率を表す)。このデータを解析することで、図の左側に描かれている球形の状態と、右側にある楕円体の状態の間の電磁的遷移強度が小さく、球形状態と楕円体状態が混ざり合うことなく共存していることを示した。ドイツ側提供。

 

本研究対象のジルコニウムの不安定核アイソトープは、理化学研究所の RIBF 加速器に於いて、先端的実験研究が各国からの国際チームによって進められており、本論文はそれらのデータを系統的に説明している。また、論文では触れられていないが、未発表実験データが実験前に理論計算されており、その予測が見事に当っている事が分かっている。

 

発表雑誌

雑誌名 論文1(東大での理論研究)Physical Review Letters
論文2(日独共同研究での実験主体論文)Physical Review Letters
論文タイトル 論文1:Quantum phase transition in the shape of Zr isotopes
論文2:First Measurement of Collectivity of Coexisting Shapes based on Type II Shell Evolution: The Case of 96Zr
著者 論文1:T. Togashi, Y. Tsunoda, T. Otsuka, N. Shimizu
論文2:C. Kremer, S. Aslanidou, S. Bassauer, M. Hilcker, A. Krugmann, P. von Neumann-Cosel, T. Otsuka, N. Pietralla, V. Yu. Ponomarev, N. Shimizu, M. Singer, G. Steinhilber, T. Togashi, Y. Tsunoda, V. Werner, and M. Zweidinger
DOI番号 論文1:10.1103/PhysRevLett.117.172502
論文2:10.1103/PhysRevLett.117.172503
論文URL 論文1:http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.117.172502
論文2:http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.117.172503

 

用語解説

注1 相転移、量子相転移

無限に近い多数の粒子が含まれる物体は無限系と呼ばれ、マクロな系でもある。水や氷はH2O分子がアボガドロ数のオーダーで含まれており、そのような例である。マクロな系で、例えば温度のようなパラメータを変えて行くと、ある値(水と氷の場合は融点温度)を境にその物体の状態が急に質的に変化することがある。それを相転移という。相転移は熱力学の観点からマクロな系で議論されてきており、今日に至るも、物性物理学などでの中心的で最先端の課題である。
原子核のような、最大でも総数200程度の粒子(原子核の場合は陽子や中性子)から成るミクロな物体は熱力学の適用範囲外であり、相転移の概念をそのまま当てはめることは出来ないように見える。しかし、相転移の概念の本質は状況の少しの変化での状態の急激で大幅な変化である。物体にはそれ以上エネルギーが下がらない基底状態があり、有限量子系での基底状態の性質の急激で質的な変化として、「量子相転移」が定義されている。原子核の場合、基底状態の最も重要な性質の一つは形であり、球であったり楕円体であったりする。この研究では球から大きく変形した楕円体への量子相転移を扱い、変化をもたらすパラメータは中性子数である。

注2 スーパーコンピュータ「京」、ポスト「京」

「京」は、文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通が共同で開発した、計算速度10ペタフロップス級のスーパーコンピュータ。
ポスト「京」は、文部科学省のもとで開発されている次世代のスパコン。最大で「京」の100倍のアプリケーション実効性能をめざしている。

注3 殻模型

原子核中の陽子・中性子は、平均ポテンシャルによって形成される一粒子軌道を運動していると考えられる。殻模型は、それぞれ複数個の活性化された陽子と中性子が様々な軌道上で運動する組み合わせを多数設定し、核力によってそれらの組み合わせが混ざり合うのを評価して原子核の量子多体構造をもとめる理論である。実際には核力の効果を表す行列の対角化計算となり、この行列の次元は活性粒子数に対して階乗的に増加する。本研究ではその困難を克服するために、東大グループにより提唱され発展されてきたモンテカルロ殻模型という方法を用いた。

注4 殻進化、第2種殻進化

原子中の電子は殻構造や魔法数を持ち、元素の化学的性質を決める。原子核中の陽子や中性子に対しても、同様に殻構造や魔法数がある。ただし、その根源の力は原子の場合は電磁力であるのに対し、原子核では核力であり、実際の状況は異なる。地上の物質などを構成する安定原子核の殻構造や魔法数は1949年にメイヤーとイェンゼンによって提唱され今日に至っても生きている。一方、1990年代から研究が活発化した、陽子数と中性子数がアンバランスで寿命が短い不安定核(エキゾチック核とも言う)では様相が変わることが分かった。安定原子核から中性子数を増やしていくと、核力の中でもテンソル力や3体力などの効果で、メイヤー・イェンゼン流の殻構造が壊れ、新しいものへ移行することが分かった。大きく変化させれば既存の魔法数が消え、新しい魔法数が現れることもある。このように、核力の中の特徴的な成分の効果で、中性子数などの変化で殻構造が変わるのを殻進化と呼ぶ。東大グループが世界に広めた概念である。
殻進化は原子核が別の原子核に変わるときの変化であるが、同じ原子核でも、深く束縛された陽子や中性子をやや浅く束縛された軌道へ移すことによって、形態としてよく似て、定量的にはさらに大きな変化が引き起こされることがある。これが第2種殻進化と呼ばれるものであり、東大グループからの発信である。結果として起こる変化の中には、原子核が球から楕円体に変わることが含まれ、今回発表の成果である。

注5 ポスト「京」重点課題

ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題。文部科学省における学界・産業界の有識者からなる検討委員会において、①社会的・国家的にみて、取り組む意義が高いか、②世界をリードするような成果が期待されるか、③ポスト「京」の性能を有効に活用できるか、の3つの観点から、9つの重点課題が選ばれた。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―