2016/09/02

生殖を制御するしくみの進化~同じ役者で異なるはたらき~

 

高橋 晶子(生物科学専攻 博士課程3年)

神田 真司(生物科学専攻 准教授)

岡 良隆(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 動物の脳下垂体において2種類の異なるホルモンが生殖を調節するしくみを、メダカに最新のゲノム編集技術を応用することにより証明した。
  • 上記の脳下垂体ホルモンを放出させる視床下部ホルモンGnRH(注1)が、ほ乳類だけでなく魚類を含む脊椎動物に共通して生殖に必須であることを初めて明らかにした。
  • 2種類の脳下垂体ホルモンとGnRHによる生殖制御のしくみが脊椎動物において進化してきた道筋の解明につながると期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の岡良隆教授、神田真司准教授らの研究グループは、動物の生殖を制御する脳内のしくみに関して、脳下垂体において2種類の異なるホルモンが異なる段階で生殖を調節すること、これらを放出させる視床下部ホルモンGnRH(注1)が、脊椎動物に広く共通して生殖に必須であることを初めて明らかにした。さらに、ほ乳類では脳下垂体に対する視床下部の制御方式が多様になり、同じホルモン(役者)が異なるはたらきをすることによって、状況に応じた精緻な生殖制御が可能になった、という新たな説を提唱した。

主にほ乳類を用いた従来の研究で、視床下部から脳下垂体に放出されるGnRHおよび脳下垂体の濾胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH(注1))の重要性が明らかにされていたが、これらのホルモンが、ほ乳類以外で同一の機能をもつのかは不明であった。今回最新の遺伝学的手法(TALEN(注2))を用いて遺伝子ノックアウト・メダカを作製、解析し、これについて初めて明らかにした。脊椎動物の卵は、卵胞発育(注3)を経て排卵可能な状態になり、さらなるホルモンの制御によって排卵する。FSHはほ乳類同様、メダカにおいても卵胞発育に必須である一方、GnRH、LHは、ほ乳類では卵胞発育および排卵に必要であるが、メダカにおいては排卵のみに必須であった。今回の発見は生殖制御のしくみが脊椎動物において進化してきた道筋の解明につながると期待される。

発表内容

生命現象において、生殖は命をつなぐ最も重要な現象であり、生殖なくして生物は存続できない。脊椎動物において、生殖は視床下部・脳下垂体・生殖腺の相互作用(HPG軸とよばれる)によって制御されていると考えられ、視床下部GnRHニューロンが生殖制御の最終共通路という仮定のもとに研究が進められている(図1左)。ところが、これは主にほ乳類を中心とする脊椎動物における薬理学的な実験などの間接的な証拠を元に作られた仮説であり、ほ乳類以外の脊椎動物にまで広く共通する原理である事を示す証拠は未だ得られていない。

岡教授らの研究グループは、遺伝子組み換え技術と電気生理学、形態学的な手法を組み合わせた多様な解析が可能であるメダカを用いて、脊椎動物の生殖機能の中枢制御機構について研究を進めてきた。今回さらに遺伝子ノックアウトメダカを用いた解析を採り入れたことにより、さらに多角的な解析を可能とした。今回得られた結果は、メダカにおける生殖の中枢制御の機構をさらに明らかにしたのみならず、脊椎動物の進化の過程で、2種類の脳下垂体ホルモンとGnRHによる生殖制御のしくみがどのようにして脊椎動物において進化してきたのか、という道筋を解明するための大きな手がかりになることが期待される

図1. メダカとほ乳類における生殖の中枢制御機構の相違点。マウスなどのほ乳類では、視床下部からのシグナルが卵胞発育の途中から関与する一方、メダカでは、GnRHを介したLH制御は、排卵のときに初めて必要になるという違いが明らかになった。ほ乳類におけるGnRHパルスジェネレーターであるキスペプチンニューロンの生殖への関与がこのメカニズムを作っていることが示唆される。

 

GnRHニューロンは、すべての脊椎動物に共通した特徴として、その軸索を視床下部から脳下垂体へと伸ばし、その名の通り(GnRH=生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)、脳下垂体からの生殖腺刺激ホルモン(FSH, LH)放出を起こさせている (図1)。

今回、TALEN法と呼ばれる最新の遺伝学的方法を用いてFSH、LH、GnRHそれぞれの遺伝子をノックアウトした個体を作製し、その表現型を解析した。その結果、すべてのノックアウト系統において、メスは卵を産まないことがわかった。FSHノックアウトメス個体においては卵胞発育が不十分な未熟な卵巣が観察された。一方、LH、GnRHノックアウトメス個体においては、卵胞発育・卵黄蓄積は十分だが、排卵は起きなかった(図2)。

図2. 繁殖状態・非繁殖状態の卵巣(上段)と、各種ノックアウトメダカの卵巣(下段)の組織像。下段は、それぞれ、FSHノックアウト個体、LHノックアウト個体、GnRHノックアウト個体の卵巣。FSHノックアウトメダカでは卵胞発育が不十分になる一方、LHやGnRHノックアウトメダカでは正常な卵黄蓄積が起きていることがわかる。しかし、LH、GnRHノックアウト個体の卵巣では排卵は誘発されない。

 

したがって、FSHは卵胞発育を促進し、GnRHの刺激に応じて放出されたLHは排卵を誘発する、というそれぞれ異なる機能をもつことがわかった。次に、GnRHノックアウト個体において、GnRHの制御下にあると予想される脳下垂体のLH、FSHのメッセンジャーRNA(mRNA)発現を調べた。その結果、GnRHノックアウト個体において、LHのmRNAは減少しているものの、FSHのmRNA発現は野生株と変わらなかった。しがたって、内因性のGnRHは、FSHの発現上昇に必須ではないことがわかった。岡教授らの研究グループが既に発表している通り、GnRHは外から投与するとFSH細胞に作用する(苅郷ら, 2014)が、今回の結果は、FSH細胞に対するGnRHの作用は、生体内では必須でない事を示している。つまり、メダカにおいてGnRHはLH放出の制御に対して強くはたらくと考えられる(図1右)。

この結果をほ乳類の結果と比較することにより、岡教授らの研究グループは非常に興味深い仮説を提唱している。ほ乳類では、卵胞発育の初期には主にFSHが作用し、卵胞発育の後期には、GnRHがパルス状に分泌されることにより生じるLHのパルス状分泌が作用することにより卵胞が正常に成熟すると考えられている。実際、ほ乳類ではメダカの結果と異なり、GnRHおよびLHのノックアウト動物において、排卵のみならず、卵胞発育が不良になることが報告されている。こうしたほ乳類とほ乳類以外の脊椎動物におけるノックアウト動物の表現型を比較して考察するとき、ほ乳類でGnRHニューロンを上流から制御するとされるキスペプチンニューロンの存在が重要である。キスペプチンニューロンは、発達した卵巣から放出されるエストロジェンの血中濃度に応じてGnRHの「パルス状分泌」を引きおこすと考えられている(若林ら, 2010)。このように、ほ乳類においてはキスペプチンニューロンのはたらきにより生じるLHパルスが卵胞発育を促進すると考えられているが、ほ乳類以外の脊椎動物ではLHパルスの存在が報告されていない。また、キスペプチンの生殖機能への直接的な関与も、鳥類(キスペプチン関連遺伝子を喪失)や、真骨魚類で否定されつつある。このように、LHパルスの有無とキスペプチンニューロンの生殖制御への関与は、互いに強く関連し、今回の結果はこの事実とも整合する。これらのことから、進化の途上、ほ乳類がキスペプチンニューロンのはたらきにより生じる「GnRHパルス」という制御様式を獲得することにより、元来排卵誘発だけに関わっていたGnRH→LHという制御系を、卵胞発育のより早い段階から利用できるようになった、と考えられる。また、GnRHパルス、ひいてはLHパルスの頻度が、授乳や栄養状態などのさまざまな環境要因により調節されることにより卵胞発育に影響をおよぼすというしくみもほ乳類で可能になった、と考えられる。一方、真骨魚類とほ乳類の共通祖先、および、ほとんどの脊椎動物においては、おそらく今回メダカで見られたような、FSHは卵胞発育の促進に、LHは排卵誘発に、それぞれ関与するような、より分業化されたしくみをももつと想像される。

このような、キスペプチンニューロンの作用により生じるLHパルスが卵胞発育をより早い段階から制御するという、ほ乳類が進化の途上で獲得した新しい仕組みは、ほ乳類において脳が生殖を制御するしくみを成長のより早い段階からはたらかせることを可能にしたと考えられる。生殖制御においても、脳の関与がほ乳類で強まっているという今回の結果から導かれた仮説は、脊椎動物における脳機能の進化の解明につながると期待される。

 

発表雑誌

雑誌名 Endocrinology(採択直後のオンライン版は8月25日(木)に発表)
論文タイトル Evolution of the hypothalamic-pituitary-gonadal axis regulation in vertebrates revealed by knockout medaka
著者 Akiko Takahashi, Shinji Kanda, Tomohiro Abe, Yoshitaka Oka
DOI番号 doi: 10.1210/en.2016-1356
論文URL http://press.endocrine.org/doi/abs/10.1210/en.2016-1356

 

用語解説

注1 視床下部生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin-Releasing Horone, GnRH)
産生ニューロンおよび脳下垂体濾胞刺激ホルモン(Follicle Stimulating Hormone,FSH)
黄体形成ホルモン(Luteinizing HormoneLH)

視床下部のGnRHニューロンは、視床下部底部の正中隆起とよばれる部位に投射し、脳下垂体の門脈とよばれる血管を介し、脳下垂体に作用する。ほ乳類において、FSHとLHを発現する脳下垂体の内分泌細胞は、GnRHの刺激に応じて、FSHやLHの放出を促進する。論文中では、進化の途上生じたGnRHの他の遺伝子と区別するためにGnRH1と標記してあるが、この記事では単にGnRHと表記する。

注2 Transcription Activator-Like Effector Nuclease(TALEN)法

ゲノム編集法のひとつ。Xanthomonas属の細菌によって生成される二重鎖DNAの各塩基対に対応するTALエフェクターを破壊したい配列に応じてつなげることにより、ゲノム内の特定の配列を標識可能であるが、このエフェクターにヌクレアーゼを付けることにより、狙った配列を破壊することができる。一般的に、ゲノムDNAを破壊された細胞は、非相同末端結合(non-homologous end joining)によって修復するため、一定の確率で遺伝子読み枠のずれるフレームシフト変異が誘発される。今回用いたノックアウトはこの方法によって作製されたフレームシフト変異体である。

注3 卵胞発育

卵子およびそれを囲む細胞が、排卵に向けて性ステロイドホルモンの合成や卵黄蓄積を伴う発育をすること。十分に成熟した卵胞(成熟卵胞)のみが、血中LH濃度の急激な上昇(LHサージ)に応答して排卵することができるようになる。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―