2016/08/26

大量に塩を含む氷の特異な構造を解明

 

S. Klotz(パリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学
/ フランス国立科学研究センター 教授)

小松 一生(地殻化学実験施設 准教授)

F. Pietrucci(パリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学
/ フランス国立科学研究センター 准教授)

鍵 裕之(地殻化学実験施設 教授)

A.A. Ludl(パリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学 博士課程大学院生)

町田 真一(総合科学研究機構 中性子科学センター 研究員)

服部 高典(日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 主任研究員授)

佐野 亜沙美(日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 副主任研究員)

L.E. Bove(パリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学
/ スイス連邦工科大学ローザンヌ校 研究員)

発表のポイント

  • 高濃度のえんを含む氷の高圧相を合成し、中性子回折法および分子動力学法を駆使してその構造を解明した。
  • 合成された高濃度の塩を含む氷は、氷VII相と同様の酸素配置をとるが、水分子の向きについては氷VII相と違ってほぼ等方的であり、水素結合ネットワークの多くが破壊されていることを見出した。
  • このような等方的に配向した水分子や破壊された水素結合ネットワークは、他の氷の多形には見られない特異な状態であり、新奇な物性の発現が期待される。

発表概要

氷と塩とは互いに溶け合わない、という事実は古くから知られています。しかし、高圧氷と塩との反応については、これまで系統的な研究が行われておらず、ほとんど知見がありませんでした。パリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学のS. Klotz教授らの研究グループは、東京大学大学院理学系研究科小松一生准教授、鍵裕之教授、および日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター、総合科学研究機構 中性子科学センターとの共同研究で、塩化リチウムおよび臭化リチウム水溶液から、リチウムイオンや塩化物/臭化物イオンを高い濃度で含む氷の高圧相を合成し、これを大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学研究施設(MLF)にある超高圧中性子回折装置PLANETを用いて観察することに成功しました。得られた中性子回折パターンおよび分子動力学法による計算結果から、高濃度に塩を含む氷は、氷の高圧相である氷VII相に似た構造を持ちながら、水分子の向きについてはほぼ等方的であり、水素結合ネットワークの多くが破壊されていることを明らかにしました。このような壊れた水素結合ネットワークは他の形の氷や水素結合を持つ物質には見られないもので、新奇な物性を持ちうる可能性があります。

発表内容

水は最も一般的な溶媒であり、各種の塩を溶かして水溶液を作ります。ところが、水分子の結晶である通常の氷(氷I相(注1))と塩とは互いにほとんど固溶しません。このことはかなり古くから(おそらくは有史以前から経験的に)知られていたと思われます。しかし一方で、高圧下でできる他の多形の氷と塩との反応については、実際にそれらが存在する氷天体の構造モデルへの応用などに重要な情報であるにも関わらず、ほとんど何もわかっていないといっても過言ではない状況でした。

本研究の主著者であるパリ第6 ピエール・エ・マリ・キュリー大学のS. Klotz教授および同L.E. Bove研究員らは、2009年に、塩化リチウムが氷の高圧相である氷VII相中に高濃度に取り込まれうることを世界で初めて示しました[Klotz et al., Nature Materials, 8, 405-409 (2009)]。氷と塩とは互いに固溶しないという従来の常識を覆す大発見でしたが、その構造の詳細については未解決のままでした。

本研究では、塩化リチウムおよび臭化リチウム水溶液がガラス化(注2)する最大濃度である水和数5.6 (図1左, モル分率で15.2%)に調整した水溶液を出発試料に用いました。冷却→加圧→昇温というプロセスを経ることで、同濃度の塩をリチウムイオンおよび塩化物/臭化物イオンの形で取り込んだ氷を合成することに成功しました(図1右)。

図1. 塩化・臭化リチウム―水系状態図の模式図(左)および純粋なH2Oの状態図に本実験の温度圧力経路(黄色矢印)を示したもの(右)。

 

測定した中性子回折(注3)および分子動力学計算(注4)の結果から、本研究で得られた高濃度に塩を含む氷は、氷の高圧相である氷VII相に似た酸素配置を持つものの、水分子の向きについては氷VII相とは異なり、ほぼ等方的に分布していることが明らかとなりました(図2)。

図2. 分子動力学法によって得られた (a) 純粋な氷VII相および (b) 高濃度に塩を含む氷の構造。(c) 水分子の電荷の偏りの向き(双極子モーメント)を球面上の確率分布として示したもの。純粋な氷VII相(上)では、ある特定の方向に配向しているのに対し、高濃度に塩を含む氷(右上: LiCl 5.6H2O, 右下: LiBr 5.6H2O)では、ほぼ等確率で全方位に分布していることがわかる。

 

このように酸素の周期性を保ちながら分子の向きが等方的であるという例は、メタンやC60などの球に近い等方的な分子では「プラスチック相(注5)」として見られることがあります。しかし、そのようなプラスチック相は動的に分子が回転しているのに対し、塩を含む氷中の水分子は室温程度ではほぼ静止しており、純粋な氷中の水分子よりもむしろ回転頻度は低いことから、プラスチック相とは本質的に異なる状態であることが示唆されます。また、塩を含む氷中の水素結合ネットワークは、そのほとんどがリチウムイオンや塩化物/臭化物イオンによって破断されており(図2b)、他の多形の氷には見られない異常な状態と言えます。さらに、この塩を含む氷は、同条件における純粋な氷VII相に比べて最大18%も体積が大きく、低温下で常圧に減圧すると、最初に冷却して得られたガラスとは明らかに異なる状態のガラスが得られるなど、いくつもの興味深い特異性を持っていることが初めて明らかになりました。

【研究の意義】
氷には数多くの多形が存在しますが、その全てが3次元的にほとんど切れ目のない水素結合ネットワークを有しています。また、一般的に物質中の水素結合の向きは結晶中で特定の方向を向くことがほとんどです。今回初めて発見された壊れた水素結合ネットワークや等方的な水分子の配向によって、塩を高濃度に含む氷は、他の物質にはない新奇な物性を発現する可能性があります。また本研究は、極端に膨張した体積や複数のガラス状態との相転移など、氷の新たな特異性を複数提示している点で、今後の氷研究、ひいては物性科学や惑星科学などの広範囲の研究に多くのインスピレーションを与えることが予想されます。

 

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports(オンライン版8月26日)
論文タイトル Ice VII from aqueous salt solutions: From a glass to a crystal with broken H-bonds
著者 S. Klotz, K. Komatsu, F. Pietrucci, H. Kagi, A.A. Ludl, S. Machida, T. Hattori, A. Sano-Furukawa, L.E. Bove
DOI番号
論文URL

 

用語解説

注1 氷I相

氷には化学組成を共通にしながら、異なる結晶構造を持つ多形が、少なくとも17種類は存在していることが知られている。今から100年以上前、低温高圧下で2つの高圧相が発見された際、これが氷II相および氷III相と命名され、通常の氷は氷I相と呼ばれるようになった。

注2 ガラス

原子が周期性を持って規則的に並んだ固体を結晶と呼ぶが、結晶と対比して周期性を持たない固体は非晶質固体と呼ぶ。非晶質固体のうち、ガラス転移(温度を変化させることで液体と非晶質固体とが移り変わる現象)を持つ物質をガラスという。

注3 中性子回折

中性子と物質中の原子核との相互作用により、対象物質の構造に応じて中性子が散乱する現象。主に物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。水素などの軽元素を含む物質、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。

注4 分子動力学計算

原子・分子間に働く相互作用を力学モデルを用いて近似し、微小時間ステップごとに運動方程式を解くことで物質の構造や物性をシミュレーションする手法。

注5 プラスチック相

個々の分子が、大きな並進移動はできないものの、回転の自由度は持つような固体と液体の中間状態

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―