2016/08/24

イプシロン型-酸化鉄を磁性層とした磁気テープの開発に成功

~低ノイズ・シャープな記録再生信号を観測~

大越 慎一(化学専攻 教授)

生井 飛鳥(化学専攻 助教)

発表のポイント

  • イプシロン型-酸化鉄(ε-Fe2O3)ナノ磁性体の鉄イオンを複数の金属イオンで置換した新型ナノ磁性粉を開発し、次世代の塗布型磁気記録媒体(磁気テープ)の開発を行いました。
  • 開発した磁気テープの磁気記録再生信号は媒体のノイズが極めて低く、非常にシャープな信号波形をしており、ε-Fe2O3ナノ磁性粒子の磁気テープが優れた特性を持つことが明らかになりました。
  • 磁気テープは、記録すべき情報の爆発的増大が進むビッグデータ時代において、大容量アーカイブ記録メディアとして需要が急伸しており、本成果はその一翼を担うものとして期待されます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の大越慎一教授らの研究グループは、イプシロン型-酸化鉄 (ε-Fe2O3(注1))の鉄イオンを複数の金属イオンで置換することで磁気テープに求められる磁気特性に調整した新型ナノ磁性粉を開発し、生産用実機を用いて塗布型磁気記録媒体(磁気テープ)の開発品を作製しました。

今回開発したナノ磁性粉は、ε-Fe2O3の鉄イオンを三種類の金属イオン(ガリウムイオン、チタンイオン、コバルトイオン)で置換したε-Ga0.31Ti0.05Co0.05Fe1.59O3です(以下、GTC型イプシロン酸化鉄と呼びます)。このGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子では、金属置換量の調整によって磁気記録に適した3キロエルステッド(kOe)の保磁力(注2)が実現されており、磁化はε-Fe2O3と比較して44%向上しています。開発したGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子の中規模生産(5 kg)を行い、磁気テープの試作を行いました。製作した磁気テープの磁気記録再生信号は非常にシャープで、かつ媒体のノイズが極めて低いことが確認されました。このようなGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子は大容量データのアーカイブ用磁気テープの次世代磁性材料として期待されます。

本研究成果は、日本時間2016年8月24日(水) 午後7時にドイツ化学会誌Angewandte Chemie International Edition(アンゲバンテ・ケミー・インターナショナル・エディション)のオンライン版でHot paperとして公開されました。

発表内容

ハードディスクなど種々の記録メディアの中で、現在、磁気テープは「復権した」と表現されるほど、市場ニーズ・注目度が高まっています。記録すべき情報の爆発的増大をもたらしているビッグデータ時代に突入し、アーカイブ用記録メディアの果たす役割は大きくなっており、その中でも磁気テープはその長期記録保障と低コストのために、保険会社、銀行、放送局、GoogleやFacebookといったウェブサービス会社など、さまざまな分野で使われ、その需要が急増しています。磁性粒子としては、従来からメタル粉(コバルト鉄ナノ粒子)が使われていますが、国内テープメーカーの技術革新により、バリウムフェライトを用いた新製品が登場するなど、高密度化に向けた磁性テープの開発が活発化しています。次世代に向けて磁気テープ用の次世代材料の検討も進められており、世界最小ハードフェライト(注3)のイプシロン型‐酸化鉄(ε-Fe2O3)という新しい磁性フェライトがその1つとして注目を集めています。

大越教授らは本研究で、ε-Fe2O3ナノ磁性体の鉄イオンをガリウムイオン(Ga3+)、チタンイオン(Ti4+)、コバルトイオン(Co2+)で置換した、ε-Ga0.31Ti0.05Co0.05Fe1.59O3(GTC型イプシロン酸化鉄)を化学的に合成しました(図1)。

図1. 開発したGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子の(a) 結晶構造、(b)量産した磁性粉(一部)の写真、(c)室温における磁気ヒステリシス曲線。挿入図は透過型電子顕微鏡像。

 

GTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子では、金属置換量の調整によって磁気記録に適した3キロエルステッド(kOe)の保磁力が実現され、磁化はε-Fe2O3と比較して44%向上しており、磁気記録材料に適した高い性能を示すことが分かりました。開発したGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子の中規模生産(5 kg)を行い、磁気テープを試作しました(図2)。

図2. 製作した磁気テープの(a)写真、(b)構造、(c)断面写真。(d)製作した磁気テープおよび、従来材料のコバルト鉄ナノ粒子(MP-1)からなる磁気テープ(比較用)の再生信号。今回製作した磁気テープの再生信号(赤線)は、コバルト鉄ナノ粒子からなる磁気テープの再生信号(灰色実線)に比べて、媒体のノイズが1/10程度にまで抑えられておりノイズが極めて低い。また、再生信号は非常にシャープな応答を示し、試作したGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子の磁気テープは優れた特性を示すことが判明した。

 

この磁気テープは、GTC型イプシロン酸化鉄からなる磁気記録層および非磁性層がベースフィルムの上に形成されており、その裏をバックコートが覆った構造をとっています。製作した磁気テープの磁気記録再生信号は、メタル粉(コバルト鉄ナノ粒子、MP1)に比べて非常にシャープで、また、媒体のノイズが1/10程度まで低く抑えられており(図2d)、次世代磁気テープに求められる優れた特性を持つことが明らかになりました。

本研究で開発したGTC型イプシロン酸化鉄ナノ磁性粒子は、その磁気特性を磁気記録材料に求められるスペックに調整することができ、磁気テープにおいて優れた性能を示すことが明らかになりました。本材料は大容量データの高密度アーカイブ用の次世代磁気記録材料として期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名 ドイツ科学誌アンゲバンテ・ケミー・インターナショナル・エディション
Angewandte Chemie International Edition(オンライン速報版(Hot paper))
論文タイトル Multimetal-Substituted Epsilon-Iron Oxide ε-Ga0.31Ti0.05Co0.05Fe1.59O3 for Next Generation Magnetic Recording Tape in the Big Data Era
ビッグデータ時代に向けた次世代磁気記録テープ用の多元金属置換型イプシロン酸化鉄ナノ磁性体(ε-Ga0.31Ti0.05Co0.05Fe1.59O3
著者 Shin-ichi Ohkoshi, Asuka Namai, Marie Yoshikiyo, Kenta Imoto, Kazunori Tamazaki, Koji Matsuno, Osamu Inoue, Tsutomu Ide, Kenji Masada, Masahiro Goto, Takashi Goto, Takayuki Yoshida, and Tatsuro Miyazaki
DOI番号 10.1002/anie.201604647
論文URL

 

用語解説

注1 イプシロン型-酸化鉄 (ε-Fe2O3)

大越慎一教授らはナノ粒子合成法を駆使することで、2004年に、イプシロン型‐酸化鉄(ε-Fe2O3)が、フェライト磁石として最高の保磁力 (20 kOe)を示すことを世界で初めて発見した。また、高周波ミリ波吸収を示すことなどを報告している。ε-Fe2O3とその金属置換体は、大容量データストレージ用の磁気テープにおける磁気記録材料や、高速無線通信用や自動運転支援システム用などのミリ波吸収用部材への展開が期待されており、ビッグデータやIoT (Internet of Things)などの未来社会に有用な新素材として注目されている。ε-Fe2O3フェライト磁性粉とその塗料が、2016年7月15日より、英国立ロンドン科学博物館(Science Museum, London)にて特別展示されている。

注2 保磁力(Hc)

ある方向に磁化された磁石を、磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の大きさ。

注3 世界最小ハードフェライト

ε-Fe2O3は直径7.5ナノメートル(nm、10億分の1メートル)の小ささまで磁石としての性質を失わない[S. Ohkoshi et al., Scientific Reports, 5, 14414 (2015)]。高密度磁気記録メディアを実現するためには、記録の担い手である磁性粒子を小さくする必要があるが、最小ハードフェライトであるε-Fe2O3は、磁気テープ業界ロードマップにも紹介されている。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―