2016/08/11

硫化水素の新たな結晶構造「マグネリ相」を発見:

マイナス70℃超伝導相形成のしくみ解明への重要な手がかり

明石 遼介(物理学専攻 助教)

有田 亮太郎(理化学研究所創発物性科学研究センター計算物質科学研究チーム
チームリーダー/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー)

常行 真司(物理学専攻 教授/東京大学物性研究所 教授)

発表のポイント

  • 150万気圧の超高圧下で硫化水素が作る結晶構造を理論とシミュレーションにより無数に発見した。
  • 発見された構造により、これまで不明だった、硫化水素が高温超伝導体に変化していく過程を実験と矛盾なく統一的に説明可能である。
  • 加圧による高温超伝導体形成機構の確立、ひいてはさらなる転移温度更新につながる。

発表概要

金属の超伝導現象はふつう液体窒素などで極低温に冷やさないと発現しませんが、超伝導をどの程度高温で起こせるかという問題は、基礎物理としての面白さのみならず、リニアモーターカーや送電網などへの将来の応用を夢見て長年追求されてきました。近年、硫化水素を150万気圧という超高圧で圧縮するとマイナス70℃で超伝導を示すようになるという実験が報告され、大きな注目を浴びています。しかし、この超伝導相が圧力下で形作られる過程は謎のままでした。東京大学大学院理学系研究科の明石遼介助教、常行真司教授、同大学院工学系研究科の佐野航大学院生(当時)、理化学研究所創発物性科学研究センターの有田亮太郎チームリーダーらの共同研究グループは、理論と数値シミュレーションにより、硫化水素結晶が高温超伝導体へと変わる過程をになう無数の中間生成物「マグネリ相」を見出しました。得られた「マグネリ相」が示す超伝導転移温度をシミュレートしたところ、今まで説明がつかなかった実験値のふるまいが精確に再現されることがわかりました。今回の成果は、硫化水素の高温超伝導のしくみの完全解明の手がかりを与えるだけでなく、超伝導転移温度のさらなる更新のための重要な知見を与えると期待されます。

発表内容

1. 研究の背景
金属が極低温で電気抵抗ゼロとなる超伝導現象は、基礎物理的な面白さだけではなく、リニアモーターカー、医療用MRI、無損失送電など応用面での重要性からも長年研究対象となっています。その潮流の中で、2014年末から2015年夏にかけて、ありふれた物質である硫化水素を超高圧で圧縮することにより高温超伝導が発現するという現象が報告されました。超伝導が発現する温度(転移温度: Tc)は、最もよく使われるニオブ・チタン合金でマイナス269℃、1987年にノーベル賞の対象となった銅酸化物高温超伝導体の最高記録でもマイナス100℃以下の極低温ですが、驚くべきことに硫化水素におけるTcは、ドライアイスで簡単に実現できるマイナス70℃という“高温”です。実現に超高圧が必要とはいえ、超伝導が地球上で観測可能な温度(注1)で実現したという事実は大きな注目を浴びています。

硫化水素における高温超伝導の発見以来、その超伝導のしくみを突き止めるための研究が急ピッチで進みました。Tcマイナス70℃の高温超伝導相の正体は、第一原理計算(注2)やX線回折実験(注3)により、本来の硫化水素H2Sではなく、少し異なる組成H3Sをもつ結晶相であるとほぼ確定しました。しかし、H2S結晶の中にH3Sがどのように生成するかは依然不明でした。この点に関するヒントとして注目されたのが、観測されるTcが圧力・温度を変化させる方法によって大きく異なるという実験結果です。硫化水素サンプルをマイナス100℃程度に保ったまま100万気圧程度まで圧縮すると、まずTc がマイナス220℃程度の超伝導が観測されます。このあと一旦室温程度までサンプルを温めてからさらに加圧すると、Tcマイナス70℃の超伝導(H3S)が観測されます。一方、サンプルをマイナス100℃程度に保ったまま加圧を続けると、Tcは圧力に対して連続的に増大しつつ、マイナス70℃程度まで達するという振る舞いを見せます(図1)。

図1. 高圧下硫化水素の超伝導転移温度の実験値と理論値の比較。白抜きシンボルは実験値。丸および四角の実験値は各々室温および低温で加圧した場合に対応する。前者はすでにH3S相(図右上 大小の丸は硫黄と水素を表す)が起源であることがわかっている。塗りつぶされた四角、丸および星はシミュレーションによる計算結果。前者2つは過去の結果、後者が今回計算された「マグネリ相」に関する計算結果である。各々計算に用いた組成を示してある。H5S2は数カ月前にシミュレーションにより発見された構造である(Ishikawa et al., Sci. Reports, 2016)が、これも「マグネリ相」の一部であることが明らかになっている。

 

後者の実験法で、H3Sが生成する際の中間生成物が観測されていると期待されます。世界の複数のグループにより中間生成物の候補物質の探索がシミュレーションに基づき行われましたが、実験のTcの振る舞いを説明できる結晶構造は見つかっていませんでした。

2. 研究内容
本研究では、このH2SからH3S結晶が生成する過程の謎に挑みました。結果、理論とシミュレーションにより、両者の中間的な組成(HxS, 2<x<3)を持つ結晶構造を無数に発見しました。まず、これまでシミュレーションで見つかっていたH2SとH3Sの安定な結晶構造を詳細に検討したところ、既知の構造(図2(a) )がすべて共通の2次元レイヤー(図2(b) )を適当に組み立てたものとして理解出来ることを見出しました(図2(a)(b) )。この事実をもとに、見出したレイヤー構造を組み立てるとH2SとH3Sのレイヤーが任意の順番で重なりあった構造を造ることが出来ます(図2(c) )。

図2. (a) 過去にシミュレーションで発見されたH2S、H3Sの高圧下の安定な結晶構造。すべて共通のレイヤー構造の組み合わせで造ることが出来ることがわかる。(b) レイヤー構造(c) 発見された「マグネリ相」の例。H2SとH3Sの相の組み合わせ方次第でさまざまな「マグネリ相」が構成される。(d) チタン酸化物におけるマグネリ相の例: Ti4O7の平面図。簡単のため微妙な歪みは省略している。黒丸と赤丸は各々チタン原子と酸素原子を表す。

 

こうして作った結晶構造の安定性を第一原理計算に基づく数値シミュレーションにより調べたところ、あらゆる組み合わせが安定な結晶構造として存在しうることが分かりました。つまり、これまで見つかっていたH2S、H3Sの結晶構造はすべて、より広いグループの結晶構造の一部分に過ぎなかったということが判明したのです。

興味深いことに、今回見つかった結晶構造は、近年ナノテク材料として注目されているチタン酸化物などで見られる「マグネリ相(注4)」という構造と酷似しています(図2(d) )。本研究では、この「硫化水素のマグネリ相」が示す超伝導転移温度(Tc)をシミュレーションにより見積もり、実験で観測されたTcの圧力依存性が再現されることも示しました。これはH3Sが生成する過程で「マグネリ相」が段階的に形成されているという強力な証拠です。本研究ではさらに「マグネリ相」に対するX線回折実験のシミュレーションも行いました。今後の実験的検証が期待されます。

3. 今後の展望
本研究では硫化水素において高温超伝導相が形成する過程をなかだちしているのが「マグネリ相」であるというシナリオを提示しました。超高圧での物質の結晶構造は、実験的に観測するのが極めて難しいものですが、このシナリオを指針として今後の実験的検証が大きく加速すると期待されます。水素を含む分子を加圧することで高温超伝導を発現させる試みは、近年多数の研究グループにより行われてきましたが、成功例はほとんどありませんでした。硫化水素はとびきりうまく行った例外といえます。硫化水素で高温超伝導が実現したしくみの理解が進めば、より広い物質でも高温超伝導を実現できるようになり、ひいては将来の室温超伝導の実現につながることが期待されます。

本研究は文部科学省「元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>」の支援、および文部科学省科研費補助金(No. 15K20940、No. 15H03696)の助成を受けて行われました。

 

発表雑誌

雑誌名 Physical Review Letters(8月10日オンラインにて掲載)
論文タイトル Possible "Magnéli" phases and self-alloying in the superconducting sulfur hydride
(硫化水素超伝導体におけるマグネリ相と自動合金化)
著者 Ryosuke Akashi, Wataru Sano, Ryotaro Arita, and Shinji Tsuneyuki
DOI番号 10.1103/PhysRevLett.117.075503
論文URL

 

用語解説

注1 地球上で観測可能な温度

1983年に南極ボストーク基地にてマイナス89.2℃が観測されている。人の居住領域では1933年オイミャコン(ロシア)でのマイナス71.2℃という記録がある。

注2 第一原理計算

原子スケールにおける物質を支配する量子力学にもとづき、物質の構成原子とその配置のみを入力として、実験を参照することなしに物質の性質をシミュレーションする計算法のこと。実験で観測できない情報を補い理解を助けるのに役立つのはもちろん、近年はまだ合成されていない新物質について実験に先駆けて物性を予言することも、高い確度で可能になっている。

注3 X線回折実験

固体の結晶構造を観測するための実験手法の一つ。固体は一般に原子が規則的に並んだ構造をしている。固体にX線を入射すると、この規則性に応じて特定の方向への回折光が強く観測される。よって回折光の様子から結晶構造を逆算することが出来る。高圧実験では一般に調べたいサンプルをダイヤモンドで出来たセルの中に密閉するが、X線はセルをよく透過するため、高圧下の結晶構造特定にも使える。ただし、水素など原子番号の若い元素は回折光が弱く、観測しづらい。

注4 マグネリ相

1953年にA. Magnéliにより発見された結晶構造群。遷移金属酸化物に見られる。その特徴は、少しずつ異なるさまざまな組成式を持つ結晶が観測されることである。また、それらの構造は基準になる結晶構造に2次元の格子欠陥(周りの結晶構造とは異なる組成を持つ区間)が導入されたものとして整理できる。例えば、チタン酸化物TiOxにおいては、x=1.67, 1.75, 1.8, 1.83, . . .などさまざまな値をとる結晶が合成されている。これらの結晶構造はすべて、TiO2結晶に適当な頻度でTi2O3の欠陥を導入することで形成される[例として図2(d)]。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―