2016/08/08

植物のホルモンTDIFとその受容体TDRの複合体の「かたち」を解明

 

森田 純子(生物科学専攻 博士課程)

近藤 侑貴(生物科学専攻 助教)

西増 弘志(生物科学専攻 助教/JST さきがけ)

石谷 隆一郎(生物科学専攻 准教授)

福田 裕穂(生物科学専攻 教授)

濡木 理(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • TDIF(植物の分化を制御するホルモン)とTDR(TDIFの受容体)との複合体の立体構造を決定しました。
  • TDRがTDIFを認識する分子メカニズムを明らかにしました。
  • TDIFとTDRを遺伝的に改変することにより、厚みを増した木質細胞をもつ植物体を人為的に作り出せることがわかっており、今回得られた知見は木質バイオマス増産につながることが期待されます。

発表概要

植物の維管束は水や養分を体中に輸送し、また植物体を支える重要なはたらきをもちます。維管束が形作られるには前形成層細胞(注1)とよばれる細胞が適切に自己複製・あるいは分化を行うことが必要です。この前形成層細胞の木質細胞(注2)への分化はTDIFとよばれる植物ホルモンが、その受容体であるTDRに結合することで制御されます。しかし、TDIFがどのような分子メカニズムでTDRに結合するかはこれまで明らかになっていませんでした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授と福田裕穂教授を中心とした研究グループは、X線結晶構造解析(注3)によってTDR–TDIF複合体の立体構造解析を決定しました。得られた立体構造と、構造に基づいた変異体TDRの解析により、TDRがTDIFの「折れ曲がったかたち」を認識することによりTDIFに結合することが明らかになりました。

TDRとTDIFを遺伝的に改変することにより、木部形成の増大した植物体が得られることがわかっています。そのため、今回得られた知見をTDRとTDIFの遺伝的な改変と組み合わせることで、木材の増産などのバイオマス開発に貢献できることが期待されます。

発表内容

動物や植物の体は数多くの細胞から作られています。これらの生物では分泌ホルモン(注4)とよばれる小さな分子が細胞間を移動し、ホルモン受容体によって認識されることで、成長制御や分化をはじめとするさまざまな生理的な機能を制御します。植物の維管束に含まれる前形成層細胞は細胞分裂し自己複製をするとともに、物質輸送や体を支持する木質細胞へと分化していきます。これらの自己複製や分化はCLEペプチド(CLV3/ESR-related peptide(注5))に属する植物ホルモンの一種であるTDIFとその受容体であるTDRを介して、細胞外の情報が細胞内へと伝えられていくことにより制御されます(図1)。

図1. TDIFとTDRを介した前形成層細胞(維管束内で幹細胞様の性質をもつ細胞)の運命を決めるシグナルのしくみ。

 

TDRは細胞外領域にロイシンリッチリピート(Leucine-Rich Repeat:LRR(注6))をもつLRR型受容体キナーゼ(注7)に属し、細胞外領域を通じてリガンドであるTDIFに結合することが知られています。しかしながら、CLEペプチドを認識するLRR型受容体キナーゼの構造は明らかになっておらず、TDRがTDIFを認識する分子メカニズムはこれまでわかっていませんでした。

本研究グループは、シロイヌナズナ由来のTDRの細胞外領域をTDIFとともに結晶化し、Swiss Light Source(スイス)においてX線回折データを取得し、その立体構造を解明しました。得られた構造においてTDRはらせん状に伸びており、その中央部分にTDIFが結合していました(図2)。

図2.TDR–TDIF複合体の結晶構造。

 

12個のアミノ酸残基からなるTDIFは、6番目のグリシン残基および7番目のヒドロキシプロリン残基において折れ曲がり、TDRはTDIFのこの折れ曲がりに沿うようにポケット構造を形成していました(図3)。

図3. TDRによるTDIFの認識。

 

構造情報にもとづく生化学的解析、および、植物の培養組織を使った解析により、TDIFとの相互作用にかかわるTDRのアミノ酸残基を特定しました。その結果、TDRはTDIFの折れ曲がりを認識することでTDIFに結合することがわかりました。また、TDR–TDIF複合体の構造をすでに構造の知られている植物のLRR型受容体キナーゼの構造と比較することにより、TDRはこれらの受容体とはピッチや長さの異なる「ねじれ」をもつことが明らかになりました(図4)。

図4. TDR–TDIF複合体と他のLRR型受容体キナーゼの構造の比較。

 

TDRをはじめとする植物のLRR型受容体キナーゼはリガンドと結合したのち、さらにリガンド依存的に別の補助受容体と結合することによって、下流にシグナルを伝えるといわれています。これらのことから、TDRはすでに構造の知られているLRR型受容体キナーゼとは異なる分子機構で補助受容体と結合することが示唆されました。

結晶構造中でTDIFの中央部の折れ曲がりをつくっていた6番目のグリシン残基と7番目のヒドロキシプロリン残基は、TDIF以外のCLEペプチドにおいても保存されています。そのため、これらのCLEペプチドもTDIFのように中央部で折れ曲がりを形成すると考えられます。さらに、CLEペプチドを受容するLRR型受容体キナーゼはこれらの折れ曲がりを認識するために、TDRのもつようなポケット構造を共通してもつということが示唆されました。これらのことから、今回の発見によりCLEペプチドが受容体によって認識される分子機構についての理解が前進したといえます。

遺伝子改変技術によって植物体にTDRとTDIFを過剰発現させることにより、木質形成の増大した植物体が得られることがわかっています。したがって、今回得られた知見をもとにTDRやTDIFの結合を変化させるよう遺伝的に改変することで、木材の増産などのバイオマス開発や植物の性質改良に貢献できる可能性があります。

 

発表雑誌

雑誌名 Nature Communications(8月8日オンライン掲載)
論文タイトル Crystal structure of the plant receptor-like kinase TDR in complex with the TDIF peptide
著者 Junko Morita, Kazuki Kato, Takanori Nakane, Yuki Kondo, Hiroo Fukuda, Hiroshi Nishimasu, Ryuichiro Ishitani& Osamu Nureki
DOI番号 10.1038/ncomms12383
論文URL

 

用語解説

注1 前形成層

維管束内で根から水分、塩類やシグナル分子を運ぶ木部と葉で作られた糖類やシグナル分子を運ぶ篩部(しぶ)の間に位置する組織で、維管束の幹細胞群から構成される。

注2 木質細胞

疎水性の厚い細胞壁をもつ丈夫な植物細胞。主な働きは植物を支え、水を輸送すること。

注3 X線結晶構造解析

タンパク質の立体構造を決定する手法の1つ。高純度に精製したタンパク質より調製したタンパク質の結晶に対しX線を照射し、得られた回折データを解析することでタンパク質の電子密度の情報を得ることができる。原子レベルでタンパク質の立体構造を明らかにできる手法であり、タンパク質の構造解析には最も一般的に用いられる。

注4 分泌ホルモン

体内で生産され、作られた場所から生体内を移動して標的の細胞を刺激することで、生理的な機能を制御する物質。

注5 CLEペプチド

低濃度でさまざまな生理活性をもつ植物のペプチドホルモンであり、12または13アミノ酸からなる。モデル植物シロイヌナズナにはCLEペプチドをコードする遺伝子が30種類以上存在する。

注6 ロイシンリッチリピート(LRR)

保存されたロイシン残基を含む20〜30残基のアミノ酸残基の繰り返しによって形成されるタンパク質の領域。

注7 LRR型受容体キナーゼ

細胞外領域にLRR領域を、細胞内領域にキナーゼ領域をもつ一回膜貫通型のタンパク質。細胞外のLRR領域を通じてリガンドに結合したのち、結合によるシグナルを細胞内のキナーゼ領域を通じて細胞内に伝達する。シロイヌナズナにはLRR型受容体キナーゼをコードする遺伝子が200種類以上存在する。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―