2016/07/21

生命の設計図の破壊的リノベーションをもたらすハイブリッドゲノムの安定化機構

 

Sira Sriswasdi(生物科学専攻 特別研究員)

高島 昌子(理化学研究所 バイオリソースセンター ユニットリーダー)

眞鍋 理一郎(理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター 上級研究員)

大熊 盛也(理化学研究所 バイオリソースセンター 室長)

杉田 隆(明治薬科大学 大学院薬学研究科 生命創薬科学専攻 教授)

岩崎 渉(生物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 異なる生物種の交雑によって生じるハイブリッドゲノムが、新たな生物種に固有のゲノムとして安定化されていく仕組みを明らかにした。
  • 一般に不安定であるハイブリッドゲノムの安定化機構を解明する上で、トリコスポロン属の酵母ゲノムが理想的な研究対象であることを見出した。
  • ハイブリッドゲノムは産業上重要な生物においても見られることから、本件研究により、その生物の活用・制御上において貢献が期待される。

発表概要

生物が持つ遺伝情報の全体であるゲノムは、生命活動を支える最も重要な基盤であり、それぞれの生物種において通常はほぼ安定した形で世代を越えて受け継がれます。一方で時に、異なる生物種の交雑によって、それぞれの生物種のゲノムが合わさってほぼ倍加した「ハイブリッドゲノム」が形作られることがあります。ハイブリッドゲノムは生命の設計図であるゲノムを大幅に変化させ、生命進化の可能性を大きく広げる潜在力を持ちますが、新たな生物種のゲノムとして受け継がれていくまでに安定化することは稀です。こうした生命の設計図の“破壊的リノベーション”は、どのような仕組みによって達成されるのでしょうか。本研究グループは、近縁種で2度独立にハイブリッドゲノムが生じたトリコスポロン属酵母の生物情報科学的解析を行うことで、その安定化に遺伝子の進化速度の低下や基本的な生命現象に関わる遺伝子の欠失が関わっていることを明らかにしました。

発表内容

あらゆる生物が持つ遺伝子情報の全体であるゲノムは、各生物を特徴付けるとともに生命活動を支える最も重要な基盤であり、しばしば“生命の設計図”とも呼ばれます。ゲノムは親から子へ、さらに子から孫へと受け継がれていく過程で、個体毎の微妙な違いはあっても通常はほぼ安定した形をとっています。一方で時に、生物種の交雑によって異なるゲノム同士が合わさったハイブリッドゲノム(注1)が形作られることがあり、こうしたハイブリッドゲノムは生命の設計図であるゲノムを大幅に変化させ、生命進化の可能性を大きく広げる潜在力を持ちます。例えば1970年に、日本を代表する進化学者である大野乾(注2)は、こうした倍加したゲノムが新たな機能を持つ多数の遺伝子を生み出し、私たち脊椎動物の祖先を含めて生命の進化において重要な役割を果たしてきたという先導的な理論を提唱しています。しかしながら、ハイブリッドゲノムにおいては異なる“設計図”が組み合わされることや単純にゲノムの量が倍になってしまうことから、新たな生物種のゲノムとして安定化し、長期にわたって受け継がれていくことは簡単ではありません。こうした生命の設計図の“破壊的リノベーション”がどのように起こるのか、その仕組みについては謎のままとなっていました(図1)。

図1. ハイブリッドゲノムは生命の設計図であるゲノムを大幅に変化させる可能性を持つが、ハイブリッドゲノムが新たな生物種に固有のゲノムとして安定化されていく仕組みは不明であった。

 

本研究では、担子菌門トリコスポロン属(図2)に属する5種の酵母ゲノムを解読し、遺伝子セット解析、比較ゲノム解析、分子進化解析などの詳細な生物情報科学的解析(注3)を行いました。

図2. 今回解析したトリコスポロン属酵母の一つであるTrichosporon inkinの核を染色した蛍光顕微鏡画像。

 

これらの5種には近縁種間のハイブリッドゲノムを持つ2種が含まれ、その中でも特に1種はほぼ全ゲノム重複(注4)と見分けがつかないほどに似た近縁種間でのハイブリッドゲノムを持つことが明らかになりました。さらに解析を進めたところ、これらのゲノムのハイブリッド化は、よく研究に用いられる出芽酵母(学名Saccharomyces cerevisiae)の祖先で起こったとされるゲノム倍加に比べて、ずっと最近に起こったことが示唆されました(図3)。

図3. ゲノムデータを用いて推定された進化系統樹。ゲノム倍加が起こった箇所を星印で示す。

 

最近になって新たに生じた2つのハイブリッドゲノムは、ハイブリッド化後に必要となるゲノムの安定化機構を解明する上でこれまでには得られなかった理想的な研究対象となります。

詳細な解析を行った結果、これらのハイブリッドゲノムでは、遺伝子変換などの機構によって遺伝子の進化速度が低下していること、および、遺伝子の転写やタンパク質の翻訳といった基本的な生命現象に関わる遺伝子が急速にゲノム上から失われていることが明らかとなりました(図4)。

図4. ゲノム倍加を経験したゲノム上では遺伝子の進化速度が低下していたほか、転写・翻訳関連遺伝子の欠失が見られた。

 

これらの特徴は2つのハイブリッドゲノムにおいて共通に見られたことから、ハイブリッド化のゲノムが安定化されていく過程で重要な役割を果たしたと考えられます。本研究成果は、生命がどのようにして現在の姿になったのかという基本的な疑問に答えるための研究基盤を与えるほか、ハイブリッドゲノムはビール醸造で使用される酵母など産業上重要な生物においても見られることから、そういった生物のゲノムを安定化し、より優れた物質生産などにつなげていく上で貢献が期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金、同ナショナルバイオリソースプロジェクトゲノム情報等整備プログラム、同革新的細胞解析研究プログラム、日本学術振興会科学研究費補助金、同外国人特別研究員制度、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業、キヤノン財団、発酵研究所の支援を受けて実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名 Genome Research
論文タイトル Global Deceleration of Gene Evolution Following Recent Genome Hybridizations in Fungi.
著者 Sira Sriswasdi, Masako Takashima, Ri-ichiroh Manabe, Moriya Ohkuma, Takashi Sugita, and Wataru Iwasaki
DOI番号
論文URL

 

用語解説

注1 ハイブリッドゲノム

異なる生物種のゲノムが組み合わさって生じた倍数性ゲノムのこと。異質倍数体ゲノムとも呼ばれる。

注2 大野乾

1928年生まれの進化学者。遺伝子重複が進化において重要な役割を果たすという仮説を提唱したことなどで知られる。

注3 生物情報科学

生命システムを生命科学と情報科学の両面から解き明かすことを目的とした、バイオインフォマティクス、システム生物学、ゲノム生物学、オーミクスなどとも呼ばれる学問分野。

注4 全ゲノム重複

ある生物種のゲノムが倍加することで倍数性ゲノム(同質倍数体ゲノムとも呼ばれる)が生じること。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―