2016/04/26

超並列ミトゲノムシーケンスが分子系統地理学に正確な“根”をもたらす

 

平瀬 祥太朗(研究当時: 生物科学専攻 特別研究員/東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)

武島 弘彦(研究当時:大気海洋研究所 特任助教/人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 特任助教)

西田 睦(東京大学 大気海洋研究所 名誉教授/琉球大学 理事・副学長)

岩崎 渉(生物科学専攻・大気海洋研究所 准教授)

発表のポイント

  • 超並列ミトコンドリアゲノムシーケンスによって、分子系統地理学における分子系統樹推定の「ランダムルーティング」問題を解消することができた。
  • 本手法を用いて新たな地域系統の発見や正確な分岐年代推定を行うことで、生物集団と環境の相互作用の解明に新たな光をあてることができる。

発表概要

分子系統樹(注1)は生物の進化的関係を解明するうえで重要な役割を果たします。分子系統樹から時間軸に沿った情報を取り出すために欠かせないのが、分子系統樹の根を決定するプロセスである「ルーティング」です。ルーティングは一般の分子系統解析においてもしばしば困難ですが、とりわけ、近縁の集団間の空間的・時間的な関係性を明らかにすることを目指す学問分野である分子系統地理学(注2)においては、本質的にルーティングが不安定になりやすいという困難があります(「ランダムルーティング」問題)。本研究グループは、超並列ミトコンドリアゲノム(ミトゲノム)シーケンスをアゴハゼの日本海系統に適用することで、この困難を解消することに成功しました。さらに、ルーティングの安定した信頼性の高い分子系統樹を得ることにより、新たな地域系統の発見や正確な分岐年代推定など、分子系統地理学において重要な知見が得られることを示しました。

 

発表内容

分子系統地理学は、近縁な生物集団の空間的・時間的な関係性を、DNAなどを用いて明らかにする学問分野です。この分野ではこれまでにもさまざまな手法が開発・利用されてきましたが、生物集団が過去の地理的イベントの影響などを受けつつ時間軸に沿ってどのように拡大や移動を行ってきたかを解明するうえでは、外群(対象としている生物集団には含まれないが、近縁の関係にある生物)の情報を用いて分子系統樹の根を決定する「ルーティング」を正確に行うことが重要です。しかしながら、ルーティングは一般の進化学的解析においてもしばしば困難であり、とりわけ、ごく近縁な集団の遺伝的関係の解析を行う分子系統地理学においては困難でした。これは、生物集団内の遺伝的関係の近さに比べて、かなり遠く離れた関係にある生物しか外群として用いることができず、対象としている生物集団内のDNA配列の変異についての時間軸的な情報を得ることが難しい場合が多いためです。その結果、外群から伸びた枝が、分子系統樹のさまざまな枝に“ランダムに”結びつけられてしまい、根の位置が決定できないという困難が生じます(「ランダムルーティング」問題)。この問題は分子系統地理学において頻繁に起こっていると考えられ、特に問題となりやすい典型的な例としては、近年に急拡大した生物集団の解析を行うケースがあげられます。

ミトコンドリアDNAは、母系遺伝し、進化速度が速く、組み換えを起こさないという特徴を持つことから、分子系統地理学においてよく用いられる解析対象です。分子系統地理学では一般に生物集団内の多数の生物個体の解析を同時に行う必要があり、コストや時間の制約からミトコンドリアDNAの部分配列のみを解析することが行われてきました。本研究では、新型のDNAシーケンサーを用いることで、多数の個体のミトコンドリアDNAの全塩基配列(ミトコンドリアゲノム、ミトゲノム)情報を一挙に、超高速かつ低コストで得ることに成功し、これまでは得ることが困難だった大規模データに基づいた解析が可能となりました。

分子系統地理学におけるランダムルーティングのモデルケースとして、本研究では、更新世の日本海隔離によって生じ、近年に急激に集団拡大したアゴハゼ(Chaenogobius annularis、図1)の日本海系統を解析対象としました。

図1.アゴハゼ(Chaenogobius annularis日本列島と朝鮮半島沿岸の岩礁性海岸に分布するハゼ科魚類。潮の干満によって形成される潮だまり(タイドプール)で観察することができる。更新世氷期の日本海隔離によって生じた太平洋系統と日本海系統が存在している。このうち日本海系統は星状型の系統関係を示し、間氷期に温暖な対馬海流が流入し、海洋環境が改善したことで急激な集団拡大を遂げたと推測されている。このような分子系統地理学的構造は、他の沿岸性魚類においても共通して検出されている。

 

ミトコンドリアDNAの部分配列のみを用いた従来の研究ではこの系統のルーティングは不安定でしたが、日本列島と朝鮮半島沿岸の18地点で採集したアゴハゼ(図2)について、超並列ミトゲノムシーケンスを行い得られたミトゲノムデータを解析したところ、ルーティングの安定した信頼性の高い分子系統樹が得られました(図3、図4)。

図2. アゴハゼの採集地点

 

図3. 超並列ミトゲノムシーケンスによるアゴハゼの分子系統樹 日本海系統の中に複数の地域系統が存在することが明らかとなった。北部系統は塩基配列間の分岐の浅い「星状型」と呼ばれる系統関係を示し、近年に急激な集団拡大を経験したと推測される。

 

図4. ミトコンドリアDNAの部分配列(ND1遺伝子)を用いたアゴハゼ日本海系統のブートストラップ分子系統樹において、外群(太平洋系統)から伸びた枝が結びつけられる位置の割合を示した図。ルーティングが安定せず、ランダムルーティングが起こっている。

 

また、その結果、これまで知られていなかったアゴハゼ日本海系統内における北部系統と南部系統の存在が明らかとなり、北部系統が過去に急激な集団拡大を経験した一方で、南部系統はそのような拡大を経験しなかったことが示唆されました。さらには、北部系統の共通祖先年代を較正点として利用することで、日本海系統と太平洋系統の分岐年代をより正確に推定することが可能になり、日本海の環境を大きく変えた過去の地史イベントがアゴハゼに与えた影響を考察することが可能になりました。具体的には、およそ350万年前に日本海南方の対馬海峡が開いた時期にアゴハゼが日本海に侵入し、それ以降の日本海の隔離(注3)によって、太平洋側と日本海側の集団を分断したことが考えられます。

本研究により、超並列ミトゲノムシーケンスが近縁な生物集団間の空間的・時間的な関係性を明らかにする上で強力なツールとなることが明らかとなりました。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金、同特別事業、日本学術振興会科学研究費補助金、 同特別研究員制度、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業、ミキモト海洋生態研究助成基金、キヤノン財団の支援を受けて実施されました。

 

発表雑誌

雑誌名 Genome Biology and Evolution(4月28日出版)
論文タイトル Parallel Mitogenome Sequencing Alleviates Random Rooting Effect in Phylogeography.
著者

Shotaro Hirase, Hirohiko Takeshima, Mutsumi Nishida, and Wataru Iwasaki

DOI番号 10.1093/gbe/evw063
要約URL http://gbe.oxfordjournals.org/content/early/2016/03/24/gbe.evw063.abstract

 

用語解説

注1系統樹、分子系統樹

生物は進化の過程で、共通の祖先から枝分かれを繰り返すことで多様性を増してきた。この枝分かれの様子を樹木になぞらえて表現したものを系統樹と呼ぶ。現在では、DNAなどの分子レベルの情報を用いた統一的・客観的な手法で系統樹を推定することが広く行われるようになり、こうした手法を用いて推定された系統樹を分子系統樹と呼ぶ。分子系統樹は生物同士が枝分かれした過去の年代を推定する目的などで用いられるが、そのためには正しいルーティングが重要となる。

注2 分子系統地理学

近縁な集団間の空間的・時間的な関係性を、DNAなどを用いて明らかにし、それらの分布域形成の歴史を明らかにする学問分野。例えば、同一の種であっても、地域の集団間で系統の分岐などが生じていた場合には、それらの地域間に何らかの地理的障壁があり移動分散が制限されていた可能性がある。また、樹長が短く星状型と呼ばれる系統関係を示す集団は、過去に急激な集団拡大を経験したと推測される。

注3 日本海の隔離

今日、日本海は浅い海峡によって周辺の海域とつながっているが、更新世の氷期には海水準が低下し海峡が陸化したことで、日本海は周辺の海域から隔離されていた。この日本海の隔離が、複数の沿岸性魚類の太平洋側と日本海側の集団間の遺伝的分化を引き起こしたと考えられている。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―