2016/02/12

福島の放射能汚染を模した実験によりセシウムを強く吸着する鉱物を特定

向井 広樹(地球惑星科学専攻 特任研究員)

廣瀬 農(東京大学 大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任助教)

小暮 敏博(地球惑星科学専攻 准教授)

矢板 毅(国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究センター放射光エネルギー材料研究ディビジョン ディビジョン長)

発表のポイント

  • 福島第一原発事故による放射能汚染の実態を考慮した実験条件でセシウムの吸脱着試験を行い、セシウムは福島の風化黒雲母に選択的に吸着され、そこに強く固定されることを明らかにした。
  • 実汚染レベルでの放射性セシウム濃度では、風化黒雲母が福島では重要な吸着物質であることを初めて実験的に証明した。
  • 福島地方の放射性セシウムの今後の動態(固定や拡散)や、土壌からの除去方法、除染作業で発生した廃棄物の減容化方法の開発などに大きく寄与するものである。

発表概要

福島第一原発事故によってもたらされた放射能汚染の解決のため、汚染実態についての詳細な研究や、除染のための技術開発等が進められている。東京大学大学院理学系研究科、東京大学大学院農学生命科学研究科、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構の研究グループは、福島第一原発事故後の降雨によって放射性セシウムが土壌に吸着される環境を模したセシウムの鉱物への吸着実験を行い、低濃度のセシウムは福島地方の土壌に一般的な風化黒雲母と呼ばれる鉱物に選択的に吸着されることを明らかにした。またこの鉱物に吸着したセシウムは、他の土壌鉱物に比べ鉱物中に強く固定され、容易に溶出しないことが判明した。これらの成果は、福島地方の実汚染土壌に関するこれまでの観察・分析結果をよく説明するものであるとともに、今後の長期的な放射性物質の固定・移動等の動態予測や除染廃棄物の減容化の手法の開発等に大きく貢献するものである。

発表内容

2011年3月の東日本大震災によって引き起こされた福島第一原発の事故は、周辺の広範囲の土地に放射能汚染をもたらし、その対策は5年近くが経った現在でも日本の最も大きな課題のひとつとなっている。放射能汚染の実態を詳細に調べる研究や除染のための技術開発等が各方面で進められている中、汚染の原因である放射性セシウム(注1)が環境中でどのような物質に吸着しているかを明らかにすることは非常に重要である。これについては2014年11月に東京大学大学院理学系研究科の小暮 敏博らの研究グループが実汚染土壌の中から放射性微粒子を特定し、電子顕微鏡などを使ってその物質の正体を明らかにしており[1]、花崗岩中の黒雲母(注2)いう鉱物が長年の風雨で変質した“風化黒雲母”(“バーミキュライト”と呼ばれることも多い)という物質が、放射性微粒子として多く見出されたことが分かっている。しかしながら、この風化黒雲母が土壌中の他のさまざまな物質に比べて本当にセシウムを吸着しやすい物質であるという実験的確証は得られていなかった。東京大学大学院理学系研究科の小暮敏博准教授と向井広樹特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科中西友子研究室の廣瀬農特任助教、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構の研究グループは、福島第一原発事故後の降雨によって放射性セシウムが土壌に吸着された環境を模したセシウムの土壌鉱物への吸着実験を行い、低濃度のセシウムは福島地方で採取された風化黒雲母に選択的に吸着されることを明らかにした。

実験は大きさ数十ミクロンメートルの、土壌中に存在すると考えられるさまざまな鉱物を基板上に細かく配置し、そこに福島で実際に起こったと考えられる非常に低濃度(10-11~10-9molL-1(注3)の放射性セシウム(137Cs)を含む溶液を滴下し、各鉱物への放射性セシウムの吸着量をイメージングプレート(IP)と呼ばれる放射線記録媒体によって測定した。その結果、放射性セシウムは風化黒雲母に集中して吸着することがわかり(図1)、もし福島の土壌中に風化黒雲母が存在し、そこに放射性セシウムを含む降雨があれば、この鉱物にまず放射性セシウムが取り込まれることが明らかになった。

図1. 同じ溶液からさまざまな鉱物に吸着された放射性セシウムの強度を示す放射線記録媒体の読み取り像。異なる鉱物(下の記号で表示)を各5粒子ずつ縦に並べて配置した基板に記録媒体を重ね、各粒子から出る放射線によって感光させた。WBと示されたところに風化黒雲母が並べられており、放射性セシウムが風化黒雲母に濃集していることがわかる。

この結果は、実汚染土壌での観察結果[1]を明瞭に支持するものである。次に本研究グループは、風化黒雲母等に取り込まれた低濃度の放射性セシウムがさまざまな試薬によってどのように溶出するかを調べた。その結果、他の鉱物では容易に放射性セシウムを溶出させる酢酸アンモニウムなどの試薬でも、風化黒雲母に吸着した放射性セシウムはまったく溶出せず、鉱物そのものを溶解させるようなかなり強い酸でのみ溶出が確認された(図2)。

図2. 鉱物に吸着した放射性セシウムが、試薬によってどの程度溶出したかを示す放射線記録媒体の読み取り像。緑の矢印の左右は試薬に浸漬する前後での読み取り像であり、下の数字は浸漬後に残った放射性セシウムの量を示している。上段は風化黒雲母(WB)の4つの粒子、下段は他の鉱物(スメクタイト、SWa-1)の4つの粒子の結果。また左は試薬として酢酸アンモニウム、右は塩酸を用いている。

このことより低濃度の放射性セシウムは風化黒雲母に非常に強く固定されており、環境中への放出は容易に起こらないことが明らかになった。また風化黒雲母への放射性セシウムの吸着は、時間の経過とともにより強く固定されていくことを示す実験結果も得られた。

本研究結果より、福島の土壌における放射能汚染は風化黒雲母が非常に重要な物質であることが明らかになった。例えば風化黒雲母の有無が、土壌における放射能の固定や流出など特性を大きく支配する可能性が高い。今回の成果は、福島地方の今後の長期的な放射性物質の拡散・移動等の動態予測、化学的な処理等による土壌中の放射性セシウムの除去方法の開発、除染作業によって膨大に発生しつつある汚染物質の有効な減容化や貯蔵方法の提案など、今後の放射能対策のための研究・開発の基礎となる画期的なものと言うことができ、これにより有効な放射能汚染対策が進むことが期待される。
[1] Mukai et al., Environmental Science & Technology, 48, 13053-13059, 2014

発表雑誌

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Cesium adsorption/desorption behavior of clay minerals considering actual contamination conditions in Fukushima
著者 Hiroki Mukai, Atsushi Hirose, Satoko Motai, Ryosuke Kikuchi, Keitaro Tanoi, Tomoko M. Nakanishi, Tsuyoshi Yaita and Toshihiro Kogure
DOI番号 10.1038/srep21543
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用語解説

注1 放射性セシウム

原子炉などにおけるウラニウムの核分裂反応で形成されるセシウムの放射性同位体137Csと134Csを総称してここでは放射性セシウムと呼ぶ。この放射性セシウムは崩壊する時に高エネルギーのベータ線とガンマ線を放出し、特にガンマ線は物質の透過能力が高いため、福島地域の高放射線量の主要な源となっている。また137Csが半分に減少する時間(半減期)が30年近いため、今後長期にわたってガンマ線を放出し続ける。

注2 花崗岩中の黒雲母

花崗岩は石材としては“御影石”などと呼ばれ、福島を始めとする日本列島では一般的な岩石である。シリカ(SiO2)成分に富んだマグマが地下でゆっくり固まることで形成された。この花崗岩(御影石)中に見られる黒いゴマのような物質の多くが黒雲母という鉱物であり、シリカ成分以外にマグネシウム、鉄、アルミニウム、カリウムなどの元素を含んでいる。

注3 molL-1

“molL-1”は溶液中の物質の濃度を表す単位で、セシウムの場合は約133グラム(1モル)のセシウムが1リットルの溶液に溶けていれば1 molL-1となる。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―