2016/01/18

配位子で保護された金クラスターの結合階層性を解明

佃 達哉(化学専攻 教授)

山添 誠司(化学専攻 助教)

高野 慎二郎(化学専攻 博士課程三年)

根岸 雄一(東京理科大学理学部第一部応用化学科 准教授)

藏重 亘(東京理科大学理学部第一部応用化学科 助教)

横山 利彦(自然科学研究機構分子科学研究所 教授)

新田 清文(公益財団法人高輝度光科学研究センター 研究員)

発表のポイント

  • チオラート配位子で表面が修飾された金クラスター(注1)が、堅さの異なる結合で構成されていることを、X線吸収分光法(注2)を用いてはじめて解明した。
  • 正二十面体構造の金コアには長さに応じて堅さの異なる2種類の金-金結合が存在し、短い金-金結合は一般的な金-金結合よりも堅いことがわかった。また、この堅い金-金結合は表面のチオラートを含む剛直な環状ネットワークを構築していることを見出した。
  • 結合の堅さに序列が存在することは、金属クラスターが示す特異的な安定性や熱的性質を支配する要因を理解する上で重要な知見を与えるものと期待される。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の佃達哉教授らと東京理科大学、分子科学研究所、JASRIの共同研究グループは、高輝度X線を用いた吸収分光法によって、チオラート配位子で表面が修飾された金クラスターの結合の堅さに序列があることを実験的にはじめて解明した。正二十面体構造の金コアが、長さに応じて堅さの異なる2種類の金-金結合で出来上がっており、短い金-金結合は対応する一般的な金-金結合よりも堅いことがわかった。また、この堅い金-金結合と金-チオラート結合が剛直な環状ネットワークを構築していることを見出した。チオラート保護金クラスターの高い熱安定性は、このネットワークが骨格構造として働くためであると考えられる。本研究の成果は、有機配位子で保護された金属クラスターの構造安定性を理解する上で基礎的な知見を与えるものと期待される。

発表内容

《研究の背景・先行研究における問題点》
金属の塊を数ナノメートル以下のサイズまで微細化してできた金属クラスターは、特異な熱特性(融点、比熱など)や相転移挙動を示す。例えば、金属クラスターの融点は対応する金属の塊の融点よりも劇的に低い。この融点の降下は、内部よりも柔らかい結合でできているクラスター表面が低温で融解するためである。このような金属クラスター内部の結合の堅さの階層性は、粒子サイズだけでなく、金属原子の配列の仕方やクラスター表面の吸着分子などによって影響されることが示唆されてきた。しかし、金属クラスターの構造や表面修飾を精密に制御することは極めて難しいため、幾何構造や表面吸着種が金属クラスター内部の結合の堅さに及ぼす影響は実証されていなかった。これに対して、硫黄を含む有機配位子であるチオラート(RS-)によって表面が修飾された金クラスターAun(SR)m(注1)は精密かつ大量に合成できることから、安定ナノ化合物として近年大きな注目を集めている。本研究では、Aun(SR)mを対象として、X線吸収分光法によりその内部結合の階層性をはじめて明らかにした。

《研究内容》
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の佃達哉教授、山添誠司助教らと東京理科大学、分子科学研究所、JASRIの共同研究グループは、大型放射光施設の高輝度X線を用いたX線吸収分光法により、サイズや組成が原子レベルで均一なチオラート保護金クラスターAun(SR)mにおける金-金結合および金-チオラートの結合の堅さを実験的にはじめて解明した。

まず、3種類のチオラート保護金クラスター(Au25(SR)18、Au38(SR)24、Au144(SR)60)を東京理科大学において化学的に合成した。次に、兵庫県播磨にある大型放射光施設SPring-8のBL01B1において、金原子のみが吸収できる波長のX線を用いて、これらの金クラスターのX線吸収スペクトルを8-300 Kの温度範囲で測定した。得られた吸収スペクトルを解析することで、金原子に隣接した原子の種類・数・距離(結合長)、さらには各結合の熱振動因子(注3)を得た。温度に対する熱振動因子の変化を解析することで、各結合の堅さを見積もった。

今回測定に用いた3種類の金クラスターAu25(SR)18、Au38(SR)24、Au144(SR)60は、それぞれサイズの異なる正二十面体構造の金コア(Au13、 Au23、 Au114)を持ち、その表面をホッチキスの針のような形をした-SR-Au-SR-錯体が覆った構造を持っている。解析の結果、全てのクラスターにおいて表面の-SR-Au-SR-錯体の金-硫黄結合が最も硬く、さらに金コアの金-金結合も長さに応じて堅さが異なることが明らかになった(図1)

図1. チオラート保護金クラスターにおける階層的な結合。金-チオラート結合、短い金-金結合、長い金-金結合の順に結合が堅い。

一般的な金-金属結合よりも柔らかい長い金-金結合が主に法線方向に分布しているのに対して、一般的な金-金属結合よりも堅い短い金-金結合が主に動径方向に分布していることがわかった。また、堅い金-金結合は金コアの動径方向だけでなく法線方向にも一部存在しており、これが表面の金-硫黄結合と剛直な環状ネットワークを形成していることを見出した(図2)。

図2. 表面の堅い金-金結合(赤線)と金-チオラート結合(緑線)が形成する剛直な環状ネットワーク構造。

チオラート保護金クラスターが他の有機配位子で保護された金クラスターよりも高い安定性を示すのは、このネットワークが骨格構造として働いているためであると考えられる。

《社会的意義・今後の予定》
今回の測定対象であるチオラート保護金クラスター以外にも、ホスフィンやアルキンなどさまざまな有機配位子で保護された金属クラスターの合成が活発に研究されている。本研究の成果を契機として、今後これらの金属クラスターの階層構造と安定性の起源に対する理解が促進するものと期待される。

発表雑誌

雑誌名 Nature Communications(2016年1月18日に掲載予定)
論文タイトル Hierarchy of bond stiffnesses within icosahedral-based gold clusters protected by thiolates
著者 Seiji Yamazoe, Shinjiro Takano, Wataru Kurashige, Toshihiko Yokoyama, Kiyofumi Nitta, Yuichi Negishi, Tatsuya Tsukuda
DOI番号 10.1038/NCOMMS10414
要約URL

用語解説

注1 チオラート配位子で表面が保護された金クラスター

100個程度以下の金原子でできた超微粒子(金クラスター)の表面を、硫黄(S)を含むチオラート(RS)と呼ばれる配位子が保護・安定化してできた化合物。これまで、金原子とチオラートの数が精密に決まった化合物の合成が数多く報告されており、触媒やナノデバイスへの応用が期待されている。一般に、金コアの表面を金とチオラートからなる錯体(ホッチキスの針に形状が似ていることからstapleと呼ばれている)が保護した構造をもつ。例えば、Au25(SR)18では、正二十面体のAu13コアの表面原子に対して6つのAu2(SR)3錯体が結合した構造をもつことが知られている。正二十面体のAu13コアの動径方向の金-金結合は一般的な金-金結合よりも短く、法線方向の金-金結合は一般的な金-金結合よりも長い。

注2 X線吸収分光法

物質中のある元素の電子状態やその近傍構造を知るために用いられる手法。 X 線を照射すると、含まれる元素に応じて内殻電子の励起を伴って特定のエネルギーのX 線が吸収されるが、その吸収スペクトルを解析することで電子状態や近傍構造を知ることが出来る。

注3 熱振動因子

原子の熱振動によるX線の散乱強度の減衰を表す因子のこと。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―