2009/9/14

光でみる量子ホール効果の理論を提案

発表者

  • 青木 秀夫(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
  • 森本 高裕(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程1年)

概要

量子ホール効果(注1)は、1980年代から二度にわたりノーベル賞を受賞した物性物理の中心的テーマの一つであり、最近では抵抗の標準となるほど日常的にも重要である。このたび青木 秀夫 (東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻、教授)と森本 高裕 (東京大学大学院 理学系研究科物理学専攻、博士課程1年)は、量子ホール効果を示す半導体に強いレーザー光を当てると、「光学的量子ホール効果」と呼ぶべき新現象が発生することを理論的に予言した。この効果は、近年発展が著しいテラヘルツ光(注2)領域におけるレーザー光学技術により観測可能であることが見積もられる。また、ポスト・シリコン材料として現在脚光を浴びているグラフェン(注3)においても、「偏光(ファラデー回転(注4))で見る微細構造定数」という新奇な光学的量子ホール効果を予言した。

図1

図1:グラフェン量子ホール系の光学ホール伝導度σxy(垂直軸)を、エネルギーεF(横軸)と、光の周波数ω(奥行軸)に対して表示。色の同じところがホール・ステップに対応。

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図2

図2:光でみるホール効果の概念図(グラフェンに入射した偏光が、偏光面を回転させて出射する)。

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発表内容

量子ホール効果とは

電子を2次元空間に閉じ込めることは、半導体のMOSと呼ばれる構造で実現し、実際、デジタル時計やカメラでも普遍的デバイスとして用いられている。この2次元電子系に強磁場をかけると、ホール効果(磁場中で、磁場と電場に垂直な方向に電流・電圧が発生すること)が生じるが、このホール伝導度が、電子の素電荷eとプランク定数hだけで与えられるe2/hという量の整数倍に量子化されていることが1980年に発見された。2次元の電子密度(単位面積あたりの電子数)を変えてゆくと、ホール伝導度は階段状に変化し、驚くことに系の不規則性などの詳細に依らず段の高さが量子化される。この「量子ホール効果」は1985年にノーベル賞が与えられ、関連した分数量子ホール効果にも1998年にノーベル賞が与えられた。その後、基礎物理としても物性物理の一大分野へと成長していっただけでなく、この量子化はたいへん精密なので、世界的な抵抗の標準が標準原器という原始的なものであったのに対し、1990年からは量子ホール効果が抵抗標準に決められる、など日常的にも大事なものである。

しかし、これまでは直流伝導度測定という静的性質(時間的に変化しない性質)の研究がほとんどであった。一方、レーザー光の技術は近年急速に発展をみせており、特にテラヘルツ(THz)領域の光発生・測定技術が最近のハイライトとなっている。そこで、森本、青木、および初貝安弘(筑波大学教授)は、「量子ホール効果を光で見たらどうなるだろう」という疑問をもち、光領域での量子ホール効果という概念そのものを初めて提案し、世界に先駆けて理論的に調べた。その結果、静的な性質は光でゆさぶると壊れそうに思えるのに、意外なことに、階段状のホール伝導度が光学応答に現れることが分かった。図1には光学ホール伝導度σxyを、エネルギーと光の周波数ωに対して表示したが、色の同じところが階段状のホール伝導度に対応する。段の高さは量子化からはずれるものの、光で見る量子ホール効果は磁気伝導効果の分野に新たな方向性を与える。

静的な量子ホール効果が何故起きるのかは、数学的には微分幾何学的な理由付け(トポロジカルな理論と呼ばれる)が可能であり良く理解されていたが、これが光にまで拡張できることは、全く予想されていなかった。静的な量子ホール効果の鍵は、1980年に量子ホール効果が発見された直後に、青木と安藤恒也(現東工大教授)が提唱した、散乱された電子の波が干渉しあって動けなくなってしまうアンダーソン局在とそれに付随した非局在状態の存在による量子ホール効果の理論へと遡るが、今回森本等により示唆されたことは、この局在の効果を光学ホール伝導度にまで拡張すると、見出された階段状の光学ホール伝導度が理解される。

グラフェンとは

最近、物性物理の分野でハイライトとなっているのはグラフェンで、これは炭素原子が蜂の巣格子をなしたもの(図2)であり、3次元的なグラファイト(鉛筆の芯)から原子一層をはがしたものである(試料作製にも、文字通りセロテープではがす)。キャッチコピーは、「物質の中にあるニュートリノ」である。結晶中で電子の状態は特別な波となり、運動量とエネルギーの関係が、真空中とは異なりバンド構造とよばれるものとなる。グラフェンでは、このバンド構造が、質量ゼロのニュートリノと全く同じ形になり、様々に特異な物性が発生し、現在基礎物理として一大分野を拓きつつある。他方、現在の電子技術は成熟した半導体技術に支えられているが、その性能はシリコンなど従来型半導体の物性に制約されるため限界に近づいている。そのため世界中でポスト・シリコンの探索が進められており、そのなかでも炭素系であるグラフェンは有力な新材料である。グラフェンがニュートリノに似ることや、その量子ホール効果が異常であることは以前から理論的には知られていたが、現実の試料は2004-2005年にイギリスのガイムの研究グループが初めて作成に成功し、異常な量子ホール効果も観測され、旋風が巻き起こった。

グラフェンの量子ホール効果で特に興味がもたれるのは、電子と正孔(電子の抜け穴)、つまり粒子と反粒子が半分ずつ混ざり合った状態が、特異な状態を磁場中で形成するためである。森本等は、光で見る量子ホール効果が、グラフェンでは、そのニュートリノ性を直接反映した特徴的なホール伝導の階段状構造を示すことを発見した。

観測可能か? - 偏光のファラデー回転で見る

このような「光で見る量子ホール効果」は、実験では観測できるのであろうか。静的な伝導なら、単に電極を付ければよいが、光ではそうは行かない。森本等は、「ファラデー回転」という光学現象を使えば、光学量子ホール効果が観測されることを提案した。子供の頃に、方解石を通して文字を見ると、文字が二重に見えることにびっくりしたであろう。光の偏光の方向により屈折率が異なるための現象である。電子系に磁場をかけると同様なことが起き、この場合は偏光した(光の電場が一方向に偏った)光を当てると、透過光の偏光の向きが回転する(ファラデー回転と呼ばれる;図2)。ホール効果では、z方向に磁場、x方向に電場をかけた時、y方向にホール電流が誘起されるわけだが、ファラデー回転の場合はz方向に磁場がかかった状態でx方向に偏光した光を入射するとy方向に偏光した光が誘起されるため、入射光の偏光面が回転する(図1)。この回転角がちょうど光学ホール伝導度に比例するために、ファラデー回転を使って光学ホール伝導度を観測できる訳で、抵抗標準などで知られる量子ホール効果が光学的領域測定へと拡張される。実験的には、ファラデー回転の大きさが、図2にみられるように磁場もしくは系の電子密度を変えると、階段状に飛び移っていく効果として観測されることが予想される。面白いのは、この段差が、e2/hに関連した「微細構造定数」という量子電気力学の基本物理定数と結びついた量で与えられる。

今後の展望

光は、最近の物性物理のキーワードの一つであるが、本研究は、今後発展の期待される量子ホール系の光学応答の分野に、確かにおもしろい現象が待ち構えているということを示した。今後のレーザー光技術の発展、グラフェン物性の深化により、本研究の実験的検証および関連した新現象が探索されることが期待される。

本研究は、一部文部科学省科学研究費特定領域研究及び日本学術振興会の補助を受けたものであり、Physical Review Letters誌に掲載された。

発表雑誌

米国物理学会誌Physical Review Lettersに発表。
(9月11日号 Phys. Rev. Lett. 103, 116803 (2009)掲載)。

用語解説

注1 量子ホール効果
1980年にフォン・クリッツィングらが発見した、異なる性質の半導体の接合面に実現する平面に閉じ込められた電子たちに垂直に強い磁場をかけたとき、電場方向とは垂直の方向に誘起される電流の抵抗が、普遍定数の整数倍に量子化されるという効果。 
注2 テラヘルツ光
赤外線と電波の中間の周波数帯に位置する電磁波で、これまで制御が難しかったが、近年発生及び操作の技術が進展した。量子ホール系の典型的な励起や発光はテラヘルツ帯になる。 
注3 グラフェン
炭素原子からなるごくありふれた物質グラファイト(鉛筆の芯が代表例)は炭素が蜂の巣格子を組んだ層が積層した構造をしているが、これを一層だけ取り出した物がグラフェンと呼ばれる。通常の物質中の電子はシュレーディンガー方程式という運動方程式に従うが、グラフェン中では蜂の巣格子構造の特殊性から実効的にディラック方程式という、ニュートリノ(小柴教授のノーベル賞受賞で有名)などの素粒子が従う運動方程式に従う。 
注4 ファラデー回転
レーザー光において電場が振動する方向である偏光面が、結晶中などで回転することがある。特に磁場中では電子は円運動を行っているので、それにつられてその間を通り抜ける光も偏光面が回転する。これがファラデー回転である。銀河における磁場の観測などにも用いられる。