史上最高の蛍光量子収率を示すアゾベンゼンの合成に成功
発表者
- 川島 隆幸(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)
- 狩野 直和(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 助手)
- 吉野 惇郎(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程大学院生)
概要
窒素からホウ素(注1)への配位結合(注2)を利用して、光をあてると強い緑色の蛍光を発するアゾベンゼン(注3)を合成することに成功した。蛍光を発する原因は、多数のフッ素(注4)を有するベンゼン環で置換されたホウ素がアゾ基と相互作用することにより、分子骨格が剛直になるとともに、発光過程が許容遷移に変化したことに起因する。
発表内容
図1:史上最高の蛍光量子収率を示すアゾベンゼンの分子構造。
図2:光を照射した場所に本研究で合成したアゾベンゼンが示す蛍光の写真。
アゾ染料(注5)は、二つの窒素の間が二重結合で結ばれたアゾ基と呼ばれる部分を含む化合物である。アゾ染料は、染料・色素の全世界での工業生産量の約半分を占めるほど、頻用されている染料である。アゾ染料の中でも、二つの窒素にそれぞれベンゼン環が結合したアゾベンゼンは、色素・染料としてよく知られている発色団(注6)である。アゾベンゼンは、光があたると異性化(注7)と呼ばれる構造変化を容易に起こす特徴がある。すなわち、物質が光を吸収することで得た励起エネルギーが光エネルギーとして放出される場合には蛍光またはリン光が観測されるが、アゾベンゼンの場合には励起エネルギーが構造変化や熱エネルギーとして使われるため、光エネルギーとして放出することが出来ない。そのため、アゾベンゼンは、一般に蛍光を示さないか、または非常に弱い蛍光しか示さなかった。今回、アゾ染料の色素としての性質を活かしつつ、アゾベンゼンに蛍光という新機能を与えることに成功した。光をあてると蛍光を発する性質は、アゾベンゼンにおいて光異性化という特徴の陰に隠れていたために見逃されていたが、アゾ染料で染料としての性質と蛍光性物質としての性質の両方をあわせ持つものを作り出せたことで、新しく応用の可能性が広がった。
本研究では、今まで蛍光を示さないとされてきたアゾベンゼンについて、高い蛍光量子収率(注8)で蛍光を示すアゾベンゼンを実際に合成し、さらに理論計算と実験からアゾベンゼンが蛍光を示す原因を明らかにした。
分子内に多数のフッ素を有した上で、アゾベンゼンのベンゼン環にホウ素を結合させて窒素とホウ素が近くに位置し、強く相互作用するように分子を設計した。ヨウ素が結合したアゾベンゼンから、二段階でホウ素が結合した蛍光性アゾベンゼンを合成できる。今回合成したホウ素置換アゾベンゼンに光をあてると、強い緑色の蛍光を示すことを見出した。このアゾベンゼンの蛍光量子収率は0.76(76%)であり、これまでの化合物と比較して3万倍も効率よく蛍光を示す。ホウ素とフッ素を使うことで、アゾベンゼンとして史上最高の蛍光量子収率のアゾ色素の開発に成功した。
物質は一般に、光を吸収する性質がある。われわれの目は、吸収されずに透過・反射された光(補色)を見て、それを「色」として認識している。このような物質の光吸収という性質を利用したものの一つに染料がある。光とは、科学的にはエネルギーをもつ量子であり、光を吸収した物質は基底状態(注9)(普段の状態)よりも余分なエネルギーを持つ状態になる。その「余分」のエネルギーは、物質の分子運動、構造変化などによって熱として放出されるほか、光として放出されることがある。これが一般に「蛍光」などと呼ばれる現象である。
アゾ化合物と呼ばれる、二つの窒素が二重結合で結ばれた結合を持つ化合物は、可視光を吸収するという特性を示すため、染料として広く利用されている。実際、全世界の染料・色素の工業生産量の約半分を占めるほど頻用されているものである。この化合物群は、光を吸収することで得た「余分」のエネルギーを構造変化の形で放出するという特徴があり、光の形で放出する効率は非常に低かった。そのため、これまでの研究ではそのような構造変化ばかりがクローズアップされてきた。これに対し、今回のわれわれの研究では、逆に、そのようなアゾ色素の構造変化を抑制することで、発光の効率を飛躍的に向上させるという発想に基づいた分子設計を行い、実際にこれまでのアゾ化合物の3万倍という高い発光効率を実現することに世界で初めて成功した。すなわち、これまで「吸収」という特徴のみを利用してきたアゾ色素に、「発光」という新機能を付与することに成功し、アゾ色素に新しい応用の可能性を与える結果を得た。
この新たなアゾベンゼン(図1)は、既知物質から二段階で容易に合成することができる。発光の量子収率は0.76(76%)と、これまでのアゾ化合物の3万倍も高いものであった。
ここで蛍光を示す鍵となるのは、「配位結合」と呼ばれる結合である。ホウ素と窒素を用いた強固な「配位結合」を利用して、アゾベンゼンの構造変化を抑制するとともに、分子の性質を大きく変化させ、エネルギーを光として取り出すことを可能とした。
今後の課題は、置換基を変えることで、蛍光量子収率の向上と蛍光波長の調節を図り、より明るく多彩な蛍光を示すアゾベンゼンを開発することである。アゾベンゼンの置換基の化学修飾によって吸収波長を調節できることが知られているので、多様な色(蛍光波長)の蛍光を示すアゾベンゼンを合成できると期待される。輝度が高く、多彩な蛍光色調の蛍光性アゾベンゼンが開発できれば、夜間の安全のために衣服やガードレールに使われている反射材の代わりに、この蛍光性化合物を染料に使うことで、より視認性の高い「夜光服」のようなものが開発できる可能性がある。有機蛍光物質は、蛍光塗料のみならず、加工のしやすさや機能の調節のしやすさから有機発光ダイオード(OLED)の発光素子として期待されており、その他に高い発光効率を持つ色素分子はタンパク質検出のための生体の染色にも利用されている。本研究で合成したアゾベンゼンを応用して、新たに化学センサー、蛍光プローブ、OLED等の最新の機能性素材への応用も期待される。
なお、この論文の内容について、特許出願中である。
用語解説
- ホウ素:
- 元素記号がBで、原子番号が5番の元素。ホウ素を含む有機化合物は、一般に電子対を受け取りやすい性質を持っている。↑
- 配位結合:
- 二つの元素間の結合に用いられる電子対が、片方の元素のみからの供与によって構成されている結合のこと。↑
- アゾベンゼン:
- アゾ基に二つのベンゼン環が結合した化合物である。トランス型とシス型が存在し、アゾ基の窒素に対して二つのベンゼン環が反対側に位置するものをトランス型、同じ側に位置するものをシス型と呼ぶ。トランス型とシス型は光をあてることで、相互に変換可能である。↑
- フッ素:
- 元素記号がFで、原子番号が9番の元素。他の元素との結合を介して電子を引きつけようとする性質が、全元素の中で最も強い元素である。↑
- アゾ染料:
- アゾ基(-N=N-)を発色団として持つ染料のことである。合成染料の大部分を占める染料である。繊維の染色、塗料、印刷インキの着色など、幅広い染色用途に使用されている。↑
- 発色団:
- 有機化合物が光を吸収して着色して見えるのに必要な部分で、二重結合などによって構成される場合が多い。↑
- 異性化:
- ある化合物が他の異性体に変化すること。文中では、アゾベンゼンのトランス型とシス型が、光をあてることで相互に変化することを指す。↑
- 蛍光量子収率:
- 分子に吸収される光子数と蛍光によって放出される光子数の比率である。吸収された光子がすべて蛍光として放出された場合、蛍光量子収率は1となる。↑
- 基底状態:
- 量子力学的状態のうちで、もっともエネルギーの低い状態のことを指す。↑
- 励起状態:
- (図3参照)量子力学的状態のうちで、基底状態以外の、よりエネルギーの高い状態を指す。熱、光などのエネルギー供給や、化学反応などによってつくられる。↑
論文情報
2007年2月14日発行のChemical Communications誌(英国王立化学会発行)559-561ページに掲載予定。
Junro Yoshino, Naokazu Kano and Takayuki Kawashima
“Synthesis of the most intensely fluorescent azobenzene by utilizing the B-N interaction”
特記事項
- 既にオンライン版に掲載され、ホットアーティクルに選ばれた。また冊子の裏カバーに採用された。
- 米国化学会の機関紙、ケミカルエンジニアリングニュース(2007年1月29日号)にも掲載された。

