抗体遺伝子が多様化する全く新しい仕組みを解明
発表者
- 名川 文清(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 講師)
- 西住 裕文(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 助手)
- 坂野 仁(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
概要
私たちヒトの免疫系は、限られたゲノム情報(約30億塩基対)から多様な抗体(注1)遺伝子を創り出すため、ゲノムを「切断・再結合」により再編成し、実に100兆種類に及ぶ多様な抗体遺伝子を創り出すことが出来る。この免疫系の起源を探るため、最も下等な脊椎動物の一つであるヤツメウナギ(注2)の抗体の遺伝子について解析した。その結果、ヤツメウナギの場合は、「切断・再結合」ではなく、染色体上にバラバラに散らばって存在する多数の遺伝子断片を、様々な組み合わせや長さで「コピー」して継ぎ合わせることにより、100兆種類に及ぶ多様な抗体遺伝子を作り出していることが明らかになった。
解説
図1:ヒトとヤツメウナギの抗体遺伝子は異なる方法で創り上げられる。私たちヒトの抗体遺伝子は、ゲノム遺伝子断片を「切断・再結合」することにより創り出される。一方、ヤツメウナギの抗体遺伝子は、ゲノムの遺伝子断片を「コピー」して繋ぎ合わせることにより創り出される。
図2:ヤツメウナギの抗体遺伝子はパッチワークのように遺伝子断片が繋ぎ合わさって多くの種類が作られる。ヤツメウナギの抗体遺伝子は、周辺に散らばっている多数の遺伝子の断片が、様々な組み合わせでパッチワークのようにコピーされ繋ぎ合わされることにより遺伝子が出来上がる。どの遺伝子断片をどの様な順番でコピーするのか、またそれら遺伝子断片のどこからどこまでをコピーするかを様々に変化させることにより、100兆種類に及ぶ極めて多様な抗体遺伝子を創り出すことが出来る。この図では異なる2つの遺伝子断片から様々なハイブリッドが出来る様子を示している。3つ以上の遺伝子断片からなるものも多数あるが、複雑になるので省略した。遺伝子断片はヤツメウナギのゲノムに100個以上(正確な数は現在のところ不明)あるので、極めて多数の遺伝子が少ないゲノム情報を基に創り上げられることになる。
ヒトを含む高等動物の免疫系は、外界から侵入してくる極めて多様な病原体を認識・排除するために、自らのDNAをリンパ細胞において「切断・再結合」することにより、DNAを様々な組み合わせで再構成し、実に100兆種類を超える多様な抗体遺伝子を作ることができる。このように高度に発達した免疫系はどのように進化してきたのであろうか? 高度に発達した免疫系は、最も下等な脊椎動物であるヤツメウナギなどの無顎類(注3)からその存在が認識されていた。しかしながら、無顎類は私たちが持っているタイプの抗体は持っておらず、どのようにして多様な病原体を認識しているのかについては不明であった。ところが最近、ヤツメウナギにおいて、ヒトなどに見られる抗体とは全く異なるタイプの抗体が報告され、免疫系の起源について新たな問題が提起された。ヤツメウナギの抗体も、ヒトの抗体の場合と同様、遺伝子の再編成により極めて多様なものが作られるが、この仕組みについては全くの謎であった。
私たちは、このヤツメウナギの抗体遺伝子がリンパ細胞でどの様に作り上げられ多様化するのかを、カワヤツメを用いて解析した。その結果、周辺に散らばっている多数の遺伝子の断片が、様々な組み合わせで「コピー」されて、繋ぎ合わされることにより遺伝子ができあがることが明らかとなった(図1)。また、どの遺伝子断片をどの様な順番でコピーするのか、またそれら遺伝子断片のどこからどこまでをコピーするかを様々に変化させることにより、100兆種類に及ぶ極めて多様な抗体遺伝子を創り出すことが出来ることが明らかとなった(図2)。
本研究で明らかになったように、下等な脊椎動物では「コピー」のシステムが、一方ヒトなどでは「切断・再結合」のシステムが抗体の遺伝子の形成と多様化に使われている。これら2つの全く異なる抗体遺伝子多様化のシステムが、脊椎動物の進化の過程で、どの様に、またなぜ生じたのか、また、なぜ私たちヒトはそのうち一方のシステムを利用するようになったのかなどついては今後の課題である。本研究で示された「コピー」による遺伝子多様化のシステムが我々ヒトに何らかの形で残っているかどうかについても興味深い問題である。いずれにせよ、本研究の成果は、免疫系の起源とその進化についての謎を解くための大きな手がかりになると期待される。
用語解説
- 抗体:
- 抗体とは、特定の抗原に対する免疫応答によってリンパ球が作る、その抗原に特異的に結合するタンパク質分子。結合によって抗原を生体内から排除するように働く。抗原となるのは、通常、細菌やウイルスなどの病原体のタンパク質である。ヒトの抗体は免疫グロブリンと呼ばれるタンパク質であるが、ヤツメウナギの抗体は免疫グロブリンとは全く異なる構造のタンパク質でVLR(variable lymphocyte receptor)と呼ばれている。↑
- ヤツメウナギ:
- 無顎類ヤツメウナギ科に属する。カワヤツメ、スナヤツメなどがある。目の後ろに7個のえらの孔があり、それが一見目のようにみえることから「八目」と呼ばれる。 カワヤツメ(Lethenteron japonicum)はビタミンAを多く含み、食用とされる。また、干したヤツメは江戸時代から薬用としても使われている。体は細長く、約50-60cm。丸い口の内側に小さな歯が多数生えおり、吸い付いた魚などの肉に穴をあけ、その体液を吸って暮らしている。本研究では北海道尻別川で獲られたものを使用した。↑
- 無顎類:
- 脊椎動物のうち顎を獲得する前に分岐した系統群で、生きた化石ともいわれている。生物の進化の歴史では、脊椎動物の中で最も古く生まれたと考えられており、古生代初期のカンブリア紀の後期、約5億年前ころに、浅い海で登場したと考えられている。無顎類には、ヤツメウナギやヌタウナギ、メクラウナギなどが知られており、顎がなく口が丸いので円口類とも呼ばれる。↑
論文情報
Fumikiyo Nagawa, et al., “Antigen-receptor genes of the agnathan lamprey are assembled by a process involving copy choice”. Nature Immunology 2006年12月24日オンライン版に掲載(doi: 10.1038/ni1419)

