2006/12/19

はじめて明らかにされた“メスとオス”のはじまり

- オス特異的遺伝子“OTOKOGI”の発見 -

発表者

  • 野崎久義(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 助教授)

概要

卵と精子をつくる“メスとオス”の性 (sex) を決定する遺伝子がいつ、どのように誕生したかはこれまで明らかでなかった。今回我々は卵生殖するボルボックスの仲間(プレオドリナ)で、オス(精子をつくる性)を決定する遺伝子(OTOKOGI)を発見し、その起源を明らかにした。その結果、“メス”が性の原型であり、”オス”は性の派生型であることが示唆された。

解説

図1

図1:群体性ボルボックス目のプレオドリナ(Pleodorina starrii)の光学顕微鏡写真。

A.性が発現していない栄養群体。

B.窒素飢餓条件にするとオス株では精子(細長い細胞)が束で形成される。

C,D.精子(矢印)と卵(米印)。

スケール:(A) 100μm, (B), (C) and (D) 20μm(Nozaki et al. 2006 Current Biology掲載の図)

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図2

図2:プレオドリナ(Pleodorina starrii)のオス特異的遺伝子“OTOKOGI”(PlestMID)と偽遺伝子(注7)PsPlestMID)。

A.“OTOKOGI”はオスだけがもつ遺伝子である。DNAゲルブロット解析はオスのゲノム中にしか両遺伝子が存在しないことを示す。メス株(F)、オス株(M) 。

B.“OTOKOGI”は精子がつくられるときに発現する。遺伝子発現解析はオス株で精子形成が誘導された時にPlestMID遺伝子が強く発現することを示す。メス株(F)、オス株(M)。窒素飢餓で配偶子誘導(N),非誘導(V)。EF-1 like遺伝子はコントロール。

C.“OTOKOGI”は精子の核で活動する。抗PlestMID抗体を用いた蛍光染色はPlestMIDタンパクが成熟した精子の核(矢尻)に局在することを示す。上段は抗PlestMID抗体染色、下段はコントロール。スケールは5μm。

(Nozaki et al. 2006 Current Biology掲載の図)

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図3

図3:系統解析はオス特異的遺伝子“OTOKOGI”は優性交配型の性決定遺伝子から進化したことを示す。

同型配偶クラミドモナスの性決定遺伝子MIDCrMID,CiMID)と“OTOKOGI”(PlestMID)は単一起源である。緑、赤、黄、黒はそれぞれ、緑色植物、紅藻、卵菌類、細胞性粘菌を示す。枝上の数値(最尤法、括弧内は最小進化法) は信頼度を示すブートストラップ値(%)。
(Nozaki et al. 2006 Current Biology掲載の図)

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図4

図4:本研究で明らかになったメスとオスへの配偶子の進化(原図)

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(1)これまでの研究でわかっていた点

生物の生殖は、“性”が誕生して以来、オスとメスの配偶子が同じ大きさの同型配偶(単細胞藻類、粘菌類など)、メスの配偶子が少し大きな異型配偶(ハネモなど)、そして更に大型で運動能力のない「卵」に小型で運動能力のある「精子」が受精する卵生殖(ボルボックス、高等動植物など)へと進化したと古くから推測されていた。しかし、卵と精子をつくるメスとオスの性が同型配偶のどのような交配型(性)から進化したかは全く不明であった。これは高等動物や陸上植物に近縁な生物で同型配偶のものが現存しないことが原因とも考えられる。緑藻類のボルボックスやプレオドリナのような群体性ボルボックス目(注1)の生物では同型配偶から卵生殖まで様々な様式の有性生殖が知られており、有性生殖の進化研究のモデル生物群と我々は考えている。群体性ボルボックス目に極めて近縁な同型配偶クラミドモナスで性の分子遺伝学的研究が進展していることも、これらの生物群の利点である。クラミドモナスではマイナス交配型がプラスに対して優性で、マイナス交配型は性特異的なMID遺伝子によって決定されており、MID遺伝子の存在でプラスの性はマイナスに転換する(Ferris & Goodenough, 1977, Genetics 146, 859-869.)。従って、クラミドモナスのプラス型(注2)MID遺伝子を欠く)が性(sex)の原型であり、マイナス型(注2)の性はMID 遺伝子によってプラス型から派生したものと考えられる。また、MIDのような交配型に特異的な数個の遺伝子は交叉による組換えが起こらない原始的な性染色体構造を構成している(Ferris &, Goodenough 1994, Cell 76, 1135-1145.)。しかし、性関連の遺伝子は進化速度が速いためか(Ferris et al. 1997, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94, 8634-8639.)、メスとオスの配偶子(卵・精子)が分化した群体性ボルボックス目のボルボックス・プレオドリナ等では、クラミドモナスに近縁と考えられるにもかかわらず、性特異的な遺伝子はこれまでにまったく知られていなかった。従って、クラミドモナスのプラス・マイナスのどちらの性がメスまたはオスに進化したのかは不明であった。

(2)この研究が新しく明らかにしようとした点

従って、ボルボックス・プレオドリナ等の性特異的な遺伝子の同定とその解析が、同型配偶と卵生殖の進化的な関連(特に卵生殖におけるメスとオスの性と同型配偶における交配型との関係)および卵生殖を生み出した性染色体構造の進化的基盤の解明に必須と考えられた。

(3)そのために新しく開発した方法、機材等

メスとオスの性が遺伝的に決定されており(雌雄異株)、オス株だけで容易に大量精子形成をする群体性ボルボックス目の材料を探索した。その結果、最近神奈川県相模湖・津久井湖から採取したプレオドリナの新種Pleodorina starrii(Nozaki et al. J. Phycol. 42, 1072-1080)の新規培養株が適切であると考えられた。独自に開発したMID遺伝子の縮重プライマー(注3)を用いて、様々な条件検討の結果、精子形成を誘導したPleodorina starriiオス株培養液からオス特異的遺伝子“OTOKOGI”(論文中ではPlestMID)を単離した。

(4)この研究で得られた結果、知見

DNAゲルブロット解析(注4)の結果、PlestMID遺伝子はオスのゲノム中だけに存在し、本遺伝子の発現解析は精子形成が誘導された場合に強く発現することが明らかになった。抗PlestMID抗体を用いた蛍光染色はPlestMIDタンパクが成熟した精子の核に局在することを明らかにした。従って、PlestMIDは精子の成熟や行動にも関与していることが推測された。系統解析ではPlestMIDがクラミドモナスのMID遺伝子と共通の祖先をもち、この系統の祖先でMIDによる性決定様式が誕生し、MID 遺伝子をもつ同型配偶のマイナスの優性交配型(注5)からオスが誕生したと結論された。即ち、配偶子の進化という視点で性(sex)の原型はメスであり、オスはMIDのような遺伝子をもつことで原型から派生している性であると理解される。

(5)研究の波及効果

生物学の一般的な教科書で示されている同型配偶から卵生殖への進化がはじめて遺伝子レベルのデータで説明され、オスが同型配偶の優性交配型から進化したことが明らかになった。本研究におけるオス特異的遺伝子の同定はこれまでに全く未開拓であったメスとオスの配偶子が分化した群体性ボルボックス目における性の進化生物学的研究の発端となるものと思われる。即ち、群体性ボルボックス目における性特異的遺伝子を目印にした性染色体領域の解読および性特異的遺伝子の機能解析を主軸とする新しい進化生物学がこれから始まるのである。これにより、同型配偶から卵生殖への進化の過程で性染色体領域の性特異的な遺伝子がどのように変化したかが明らかになり、メスとオスの起源が遺伝子レベルで具体的に解明されるものと思われる。

(6)今後の課題

すでに我々はPleodorina stariiオス株およびメス株のBACライブラリー(注6)を作製している最中であり、このライブラリーを用いてPlestMIDを目印に性染色体領域を解読する予定である。また、ボルボックス科ではメスとオスの配偶子の分化の進化段階がプレオドリナと異なるもの(ボルボックス、パンドリナ等)があり、これらの生物を用いた性特異的遺伝子の探索による同様の研究も配偶子進化という点で必要となってくる。

(7)論文の参照情報

  1. Ferris, P. J., and Goodenough, U. W. (1994). The mating-type locus of Chlamydomonas reinhardtii contains highly rearranged DNA sequences. Cell 76, 1135-1145.
  2. Ferris, P. J., and Goodenough, U. W. (1997). Mating type in Chlamydomonas is specified by Mid, the minus-dominance gene. Genetics 146, 859-869.
  3. Ferris, P. J., Pavlovic, G., Fabry, S., and Goodenough, U. W. (1997). Rapid evolution of sex-related genes in Chlamydomonas. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 94, 8634-8639.
  4. Nozaki, H., Ott, F. D., and Coleman, A. W. (2006). Morphology, molecular phylogeny and taxonomy of two new species of Pleodorina (Volvoceae, Chlorophyceae). J. Phycol. 42, 1072-1080.

用語解説

群体性ボルボックス目:
淡水産の緑藻類でクラミドモナス型の2鞭毛性の遊泳細胞が集合して群体を構成する。群体の形態や有性生殖の様式で様々な属(ボルボックス、プレオドリナ、パンドリナ等)がある。有性生殖は同型配偶から卵生殖までさまざまである。分子遺伝学が発達している単細胞・同型配偶のクラミドモナスと極めて近縁であり、進化のモデル生物群と考えられている。
同型配偶のプラス・マイナスの交配型:
同型配偶の生物では配偶子の大きさ等に差がないために異なる性(交配型)を便宜的にプラスまたはマイナスとしている。プラスとマイナスの配偶子は合体する。
縮重プライマー:
単一のアミノ酸に対して可能なすべての塩基コードを含むさまざまな配列の混合物からなるプライマー。目的の遺伝子の塩基配列が不明である場合に用いる。
DNAゲルブロット解析:
DNAとDNAの対合を利用して、電気泳動した特定のDNAを検出する方法。
優性交配型:
クラミドモナスは単相(n)であるが、交配型プラスとマイナスの接合個体(2n)で配偶子を誘導させるとマイナスの交配型を示すので、マイナスが優性交配型と考えられている。これを決定している遺伝子がMIDである。また、MID遺伝子の存在でプラスの性はマイナスに転換するので、性(sex)の原型はプラス型(MID遺伝子を欠く)がであり、マイナス型の性はMID遺伝子によってプラス型から派生したものと考えられる。
BACライブラリー:
ゲノムのDNAなどをBAC(バクテリア由来のベクター)で複製する際に使用するライブラリ(DNAを断片化したものの集合体)のこと。
偽遺伝子:
配列は類似するが機能していない遺伝子。
ホモログ:
種分化とともに分岐した進化的に相同な遺伝子。

論文情報

Journal:
Current Biology vol. 16, issue 24(2006年12月19日号)
Current Biologyの同号で本論文の特別紹介記事“Oogamy: Inventing the Sexes”(Prof. David L. Kirk [Washington University]が執筆)がDespatch article(NatureのNews & ViewsやScienceのthis week in Scienceに相当する紹介記事)として掲載された。
Authors:
Hisayoshi Nozaki, Toshiyuki Mori, Osami Misumi, Sachihiro Matsunaga, and Tsuneyoshi Kuroiwa
Title:
“Males evolved from the dominant isogametic mating type”