2005/7/21

高感度赤外線撮像で捉えた最も深い宇宙

~すばる望遠鏡が鮮明に写し出した遠方銀河の姿~

発表者

  • 吉井 譲(天文学教育研究センター 教授)
  • 小林 尚人(天文学教育研究センター 助教授)
  • 美濃和 陽典(天文学教育研究センター 大学院生、
    日本学術振興会特別研究員・DC1)

概要

図1:銀河からの光は波長によって見える構造が異ります。紫外線は、主に新しい星が生まれる領域から出されているため、この波長で観測を行うと、星形成が激しい領域が目立ちます。それに対し、可視光は、主に銀河の骨格をなしている古い星からだされています。そのため、銀河の真の構造を見るためには銀河からの可視光を観測しないといけません。遠方の銀河は、宇宙の膨張に伴い、我々から遠ざかっています。そのため、遠方の銀河から出された光の波長は、ドップラー効果により長い方へシフトします。80億光年以上離れた遠方の銀河からの可視光線は、地球に到達するまでに波長1ミクロン以上の赤外線にシフトします。そのため、遠方銀河の観測では赤外線による撮像が重要になります。

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図2:代表的な赤外線による深撮像領域の、天球上における位置。銀河系の円盤(天の川)の明るい星や、星間塵による吸収の影響を受けないように、主に銀河円盤とは垂直な方向で観測が行われています。

アメリカのケック望遠鏡、ヨーロッパのVLT(Very Large Telescope)、そして日本のすばる望遠鏡といった口径8メートルクラスの大望遠鏡により、これまでにたくさんの観測が行われてきました。赤字で示した「Subaru Super Deep Field (SSDF)」と呼ばれる領域が、今回研究グループが新たに観測した領域です。この領域は、すばる望遠鏡の観測所プロジェクトとして重点的に観測が行われている「Subaru Deep Field (SDF)」の一部でもあります

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図3:補償光学装置による地球大気の揺らぎ補正の概念図(提供 国立天文台)。明るい星からの光を「波面センサー」で受取り、波面の乱れを測定し、その情報をもとに光路中にある「可変形鏡」の形を変えて、波面の乱れを補正します。

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図4:補償光学(AO)を用いた場合と用いない場合での星像の違い。補償光学 を用いた場合、波長2.2ミクロンの赤外線波長域において、望遠鏡の回折限界に迫る空間分解能を得る事ができます。さらに、星像のピーク値が上昇することで暗い天体の検出感度も向上します。

図5a:拡大画像

図5b:拡大画像

現在の宇宙での銀河は、楕円銀河、渦巻銀河からなる「ハッブル系列」に 沿った形態をしています(上図)。この様な、ハッブル系列がどのようにして作られたかは、いまだ解明されておらず、その解明には遠方銀河の形態を調べる必要がありました。しかし、遠方銀河は見かけの明るさが暗く、見かけのサイズも小さくなるため、これまでの観測から形態を調べるのは困難でした。補償光学による撮像観測は、感度、空間解像度ともにこれまでの通常の観測に比べて大幅に向上するため、遠方銀河の形態を調べることが可能になります。下の図は、上の図にある銀河が80億光年先の遠方にあった場合、どのように見えるかを擬似的に表したものです。これまでの補償光学を用いない通常の観測では、空間解像度が悪いため楕円銀河、渦巻銀河の区別がつかなくなっています。それに対し、補償光学を用いた観測の場合は、楕円銀河と円盤を持つ渦巻銀河の違いがはっきりと分かります。

図6:ハワイ島マウナケア山の山頂にあるすばる望遠鏡と、その観測装置である、補償光学装置(AO)と近赤外撮像分光装置(IRCS)(提供:国立天文台)。今回の観測は、これらの望遠鏡、観測装置を用いて行いました。

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図7:すばる望遠鏡で重点的に観測が行われている「Subaru Deep Field」と、研究グループが観測した「Subaru Super Deep Field」の位置関係。右端の図が今回取得した世界最高感度の赤外線画像です。視野の中心に補償光学で波面を測るための参照星があります。この図で使った3つの画像はこちらに別に用意してあります。:Subaru Deep Field (可視光)Subaru Deep Field (赤外線)Subaru Super Deep Field(赤外線)

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図8:研究グループが40すばるAO及びIRCSを用いて波長2.12ミクロンのK'バンドで取得した、これまでで最も深い赤外線の画像。画像の領域は、図7のSubaru Super Deep Fieldの画像内にある、白色の四角で囲った領域に相当します。補償光学による高い空間分解能により、遠方銀河の構造を鮮明に捉えることができるようになりました(左図)。また、世界で最高感度の赤外線撮像を行ったことで、これまでの観測では検出できなかった非常に暗い銀河を検出することができるようになりました(右図)。図中の数字は見かけの明るさ(等級)です。

図8a:今回観測した中で、最も暗い24.7等級の銀河を白丸で示しています。

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図9:銀河の見かけの明るさと個数密度の関係を表した図。本研究による結果を赤丸、過去の研究による結果を他の記号で表しています。本研究での結果は、研究グループが取得した世界で最も深い赤外線撮像データに基づいており、これまでの結果と比べて2倍以上深くまでこの関係を表すことができました。その結果、見かけの明るさが22等級より暗いところでは、銀河の見かけの明るさに対する個数密度の増加率が、それより明るいところと比べて緩くなることが明らかになりました。この事は、100億年程度前までの銀河の個数密度は現在と比べて大きく変化していないことを意味しています。

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図10:実際に赤外線で観測された遠方銀河の、補償光学を用いた場合と用いない場合の形態の見え方の違い。右側に今回研究グループが補償光学を用いて観測した銀河 の画像を示しています。左側の図は、補償光学を用いていない赤外線撮像観測で撮られた、同じ銀河の画像です。空間解像度の向上により、100億光年という非常に遠方にある銀河であっても、その構造を鮮明に捉えることができています。

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図11:現在すばる望遠鏡で開発が進められているレーザーガイド星システム (提供 国立天文台、理化学研究所)。レーザーにより、高層大気を光らせ、補償光学の観測に必要な波面参照星を人工的につくります。これにより、自然の明るいガイド星が存在しない天域についても、補償光学での観測が可能になります。

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東京大学、京都大学、国立天文台、ハワイ大学の研究者からなるグループは、すばる望遠鏡の補償光学システム(AO)と近赤外線撮像分光装置(IRCS)を用いて、すばる望遠鏡が重点的に観測をすすめている「すばるディープフィールド」と呼ばれる領域の高感度赤外線撮像を行いました。観測は、「補償光学」と呼ばれる、ぼけた星像をシャープにする技術を用いて行われました。その結果、波長2.12ミクロンの赤外線において、従来のものより2倍以上深い世界最高感度を達成し、最も深い宇宙の画像を取得することに成功ました。また、得られた画像の空間解像度は、ハッブル宇宙望遠鏡(注1)を凌ぎ、赤外線波長では最も鮮明に遠方銀河を捉えることができました。

この観測データをもとに、遠方における銀河の個数密度を見積もったところ、100億年程度前までの宇宙では、銀河の個数密度は現在と大きく変わらず、現在見られる銀河の種族で説明ができることが分かりました。この事は、ほとんどの銀河は大きな衝突・合体をせず独立に進化をとげてきたことを意味します。

また、今回の観測では、補償光学による高い感度と空間解像度を生かし、80億光年以上の遠方銀河の形態を鮮明に捉えることに成功しました。今後、補償光学を用いて遠方銀河の形態を定量的に研究することがさかんになると思われますが、今回の成果は、この新しい手法が有効であることを世界に先駆けて証明し、遠方銀河の形態の起源を明らかにする研究の最初の道筋をつけたことになります。

本成果は、2005年8月10日発行のアストロフィジカルジャーナル誌に掲載されます。

解説

1. 研究の背景

銀河の形成と進化の研究はより遠方へ

銀河の形成、及びその進化の過程は、現代宇宙論における最大の問題の一つです。我々の宇宙では、今から約140億年前に最初の銀河が作られたと考えられています。しかし、この時期の銀河の状態はほとんど分かっておらず、またそれらがどのような進化の過程を経て現在ある銀河の姿になったのかは、未だ解明されていません。このような銀河の"歴史"は、非常に遠方にある銀河を観測することで明らかにすることができます。なぜなら、光は有限の速さで宇宙空間を伝わってくるため、非常に遠方の銀河からの光は、その銀河の過去の情報を持っているからです。

「深い撮像」は最も基本的な手法

遠方宇宙を探る手法としては、銀河系内の円盤に対して垂直な方向での深い撮像観測が非常に有効な方法です。これは、銀河系内の星や星間塵に邪魔されることなく遠くの宇宙を見通せるからです。ハッブル宇宙望遠鏡では、約0.9ミクロンまでの可視波長域において非常に深い撮像が行われ、これまでに10,000個以上の銀河が検出されました。この観測により、約80億年前までの銀河の状態について数多くの手がかりが得られました。

赤外線撮像の重要性

しかし、可視光の観測での遠方宇宙の探査には限界があります。遠方にある銀河は、宇宙の膨張に伴い我々から遠ざかっているため、そこから出される光はドップラー効果により、実際の波長よりも長く観測されます(図1参照)。例えば、80億光年以上の遠方宇宙からの光を可視光で見ても、実際にはもとの紫外線が長くなったものなので、我々は銀河が出した紫外線を見ていることになります。銀河からの紫外線は、主に新しい星がたくさん形成される領域から出ています。この光を観測すると、この様な星形成領域が目立ってしまい、銀河の個数、形態と言った物理情報を正しく得ることができません(図1参照)。銀河の骨格を成す古い星からの光は主に波長0.4ミクロン以上の可視光で出されています。80億光年以上の遠方銀河からの可視光は、地球では波長1ミクロン以上の「赤外線」として観測されます。そのため、遠方宇宙の探査には赤外線波長での深い撮像観測が重要となります。

赤外線での深い撮像観測は、これまで主にアメリカのケック望遠鏡、ヨーロッパのVLT(Very Large Telescope)、日本のすばる望遠鏡といった地上の大望遠鏡を用いて行われてきました(図2参照)。しかし、地上からの観測は、地球大気の揺らぎにより影響を受けるため、遠方の銀河を検出する感度でも、また、その構造を見るために必要な空間分解能でも、既に限界に到達していました。

2. 新たな研究手法 ~補償光学装置による遠方銀河の観測~

研究グループは、地上望遠鏡による観測の限界を引き上げるために、地球大気による光の波面の揺らぎを補正する「補償光学(Adaptive Optics; AO)」という技術に着目ました。補償光学装置は、地球大気により乱された光の波面を「波面センサー」を使って測定し、制御システムを通して「可変形鏡」に電圧を与えることで鏡の形を変え、波面の乱れを補正します(図3参照)。補償光学装置を用いることで、観測される星像はシャープになるため、空間解像度が良くなり、天体の繊細な構造を見分けることができるようになります。また、星像のピーク値が高くなるため、暗い天体の検出感度を大幅に向上させることができます(図4参照)。

補償光学の観測には、乱れた波面を測るために明るい参照星が必要となります。そのため、補償光学装置は、明るい星が数多く存在する銀河系内の天体に対して主に用いられ、遠方銀河の観測に用いられることはほとんどありませんでした。研究グループは、銀河系の円盤と垂直な方向で、補償光学で波面が測定できる明るい星がある領域を選び、この装置による遠方宇宙の深い撮像観測という手法を世界で初めて試みました。

3. 研究の目的

研究グループは、補償光学装置による天体検出感度と空間解像度を生かし、以下の二つを明らかにする目的で観測を行いました。

銀河は"激しく"進化したか、それとも、"静かに"進化したか?

銀河の進化については、数多くのモデルが提案されていますが、おおまかには、銀河が合体衝突を激しく繰り返して成長していったというモデルと、一つ一つの銀河は形成されたあと、お互いに独立に静かに進化していったというモデルの二つにわけられます。もし、前者のように銀河が激しく進化した場合は、銀河の数が時間とともに大きく変化しますが、後者のように静かに進化する場合は銀河の数は変化しません。非常に深い赤外線撮像観測で、これまで誰も到達していない深宇宙における銀河の数を調べることにより、どのような銀河進化のモデルが正しいかを明らかにすることができます。

銀河の形はいつできたのか?

現在の宇宙で見られる銀河の形は、楕円形の楕円銀河、円盤状に広がる渦状腕を持つ渦巻銀河、渦状腕に加えて棒状の構造を持つ棒渦巻銀河といった大きな銀河からなる「ハッブル系列」に沿っています(図5-1を参照)。しかし、この様に銀河についてもっとも基本的な性質である「形」が、銀河のどの進化過程において作られたのかはまだ分かっていません。それは、進化している最中の遠方銀河の形を調べれば明らかにできますが、遠方銀河は非常に暗く、また、見かけの大きさが小さいため、これまでの観測ではその形を見分けるのは困難でした(図5-2上図を参照)。しかし、補償光学装置による高感度、かつ、高解像度の観測を行えば、遠方銀河の形を明らかにできます(図5-2下図を参照)。それをもとに、本研究グループは、現在の「ハッブル系列」が作られる過程を解明しようと試みました。

4. この研究で得られた結果、知見

補償光学により世界最高感度の赤外線画像を取得

研究グループは、すばる望遠鏡(口径8.2m)に備えられた補償光学装置(AO)と近赤外線撮像分光装置(IRCS)を用いて(図6参照)、銀河系の北側で円盤に対して垂直な方向にある約1平方分角(1分角は1/60度)の領域(Subaru Super Deep Field: SSDF)の波長2.12 ミクロンの赤外線波長域での撮像観測を行いました。この領域は、すばる望遠鏡の観測所プロジェクトとして重点的に観測が行われている「すばるディープフィールド」の一部でもありますが(図7参照)、今回の観測ではこの領域をさらに深く、高い空間分解能での撮像を行いました。観測は2003年3月から4月にかけて行われ、約27時間という非常に長時間の撮像により、24.7等級(注2)までの銀河を検出しました(図8,図8-1参照)。この等級までの赤外線撮像は、これまでアメリカのケック望遠鏡や、ヨーロッパのVLTといった大型望遠鏡で行われている、同様な赤外線撮像観測(図2参照)と比べて2倍以上深く、これまでで最も深くまで宇宙を見通した事になります。また、空間解像度においても、約0.18秒角(1秒角は1/3600度)までの構造を分解し、ハッブル宇宙望遠鏡を凌ぐ撮像データを得ることができました。

遠方銀河の個数密度から示唆される銀河進化のシナリオ

研究グループは、この最も深い赤外線画像にもとづき、遠方宇宙における銀河の個数密度を調べました。その結果、銀河の見かけの明るさに対する銀河の個数密度の増加率が、22等級より暗い最暗部において緩やかになることを明らかにしました(図9参照)。この事から、遠方宇宙においても、銀河の個数密度は約100億年前と現在では大きく変わらず、この年代からの銀河は大きな衝突・合体を頻繁に行うことはなく静的に進化していったと考えられます。また、これまでの観測結果からは、24等級より暗い所に、現在の銀河の種となるような小さい銀河や、近傍にある非常に暗い銀河の様な特異な銀河がたくさん存在する可能性が示唆されていましたが、研究グループの観測結果により、これらのシナリオは棄却されました。

補償光学により明らかになった遠方銀河の形態

研究グループが取得した撮像データは、補償光学により、遠方宇宙の赤外線深撮像データとしては最も高い感度、空間解像度を達成しており、暗く、見かけの大きさの小さい遠方銀河の形態の研究には最適であると言えます。図10には、今回行った補償光学による撮像で検出した銀河と、比較のために補償光学を用いていない通常の撮像で検出された同じ銀河の画像を示しています。補償光学により、空間解像度を上げることで、遠方銀河の構造を鮮明に捉えることができています。これまでハッブル宇宙望遠鏡で得られた可視光の撮像データにより、80億年前までの銀河の形態は、現在の銀河の形(図5参照)とは大きく異なっていないことが明らかになっていました。しかし、今回の赤外線撮像で得られた100億年前の銀河には、現在のものとは異なる不規則な形をしたものがあります(図10下図参照)。この様な過去の不規則な形をした銀河から、どのようにして現在あるような銀河の形が作られたかの過程を明らかにすることが今後の課題になります。

以上の研究成果は、8月10日出版予定のアメリカ天文学会の学術誌、アストロフィジカルジャーナルに掲載されます。

5. 研究の発展性 ~補償光学による銀河研究の時代の幕開け~

補償光学による銀河形態の研究が標準的な手法に

銀河の成長段階である約100億年前から現在に至るまでに、銀河の最も基本的な性質である「形態」がどのように出来上がってきたかが、今後の補償光学を使った遠方の銀河の観測で急速に明らかになっていくと考えられます。銀河形成のこの「ファイナルステージ」を明らかにするために、世界中の大型望遠鏡が補償光学による観測でしのぎを削っていますが、本研究はそれらに先駆けて、この手法の有効性を証明しました。研究グループは、標準的な手法を最初に確立したことで、今後のこの分野の発展に大きな影響を与えていくと考えられます。

全天域の銀河が補償光学により観測可能に

現在の補償光学では、星からの光の波面の乱れを検出するために明るい波面参照星が天体のそばに必要です。しかし、遠方の銀河は、明るい星がそばにあることはほとんどありません。このような困難を克服するために、「レーザーガイド星」と呼ばれる人工の星を作る技術が、欧米および日本で開発されつつあります(図11参照)。このような人工星を、遠方の銀河のすぐそばに打ち上げて、それを参照星として観測することができるようになれば、全天域にある遠方銀河の観測が可能になります。本研究はそういった新しい銀河研究の時代の幕開けを飾るものと言えます。

用語解説

ハッブル宇宙望遠鏡:
地上約600km上空の軌道上を周回する反射望遠鏡。口径は2.4メートルで、地上の大望遠鏡と比べると小さいが、大気や天候による影響を受けないため、これまで地上からでは困難な高い空間解像度での天体観測が行われています。
等級:
天体の明るさを等級で表しています。人間が肉眼で見ることができる最も暗い星は約6等級までと言われています。今回の観測で到達した24.7等級は、この肉眼での限界の1/3000万の明るさに相当します。