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プレスリリース

DATE2021.01.07 #プレスリリース

原子の振動からスピンの流れを生む新しい機構の発見

 

川田 拓弥(物理学専攻 博士課程1年生)

河口 真志(物理学専攻 助教)

林  将光(物理学専攻 准教授)

船戸  匠(名古屋大学 博士課程3年生)

河野  浩(名古屋大学 教授)

 

発表のポイント

  • 表面弾性波(注1)と呼ばれる高速振動が重金属を伝搬するさい、磁気の流れであるスピン流(注2)が生じることを直流電気測定で発見した。
  • この現象は、電子の軌道運動とスピンを結合するスピン軌道相互作用(注3)を介した未知の振動-スピン流変換機構に起因すると考えられる。
  • スピンと力学的運動の相互変換に関する基礎学理の構築に寄与するとともに、スピンによる微細デバイス制御や新規な振動発電素子への応用などが期待される。

 

発表概要

電子が有する微小な磁気であるスピンを利用して、次世代の高性能デバイスの実現を目指すスピントロニクスの研究においては、スピンと他の物理量の結びつきを解明することが重要なテーマとなっています。近年、回転や振動、変形といった物体の力学的運動とスピンの相互変換が注目されていますが、力学的運動に由来するスピン変化の検出が難しく、さらなる実験的研究が求められています。

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の川田拓弥大学院生、河口真志助教、林将光准教授の研究グループは、名古屋大学大学院理学研究科の河野浩教授、船戸匠大学院生らと共同で、スピン軌道相互作用の大きな重金属中で発現するまったく新しい振動-スピン流変換機構の存在を、簡便な電気測定で明らかにしました。本研究では、重金属/強磁性体ヘテロ構造に表面弾性波と呼ばれる原子スケールの高速振動を伝搬させたさいに生じる直流起電力を詳細に調べ、格子振動がスピン軌道相互作用を介して電子スピンと結合するという、新しい相互作用に基づくモデルによって実験結果を説明できることを示しました。原子振動・スピン・電気を橋渡しする今回の結果は、さまざまな物質における力学的運動やスピンの働きを探究する足がかりとなるものであり、スピンを用いた微細デバイスの制御や身の回りのあらゆる振動から電力を取り出す新規な発電素子の実現につながるものと期待されます。

 

発表内容

【研究の背景・先行研究における問題点】
物質の性質を支配する電子は、電荷とスピンという2つの自由度を有しています。身の回りの電子機器は、電荷の有無で0と1の情報をあらわし、電荷の流れである電流を用いてその動作を制御しています。一方で、電子がもつもう一つの自由度であるスピン(微小な磁気)の向きで0と1を表現することも可能で、磁気記憶デバイスなどとして実用化されています。さらに、近年ではスピンの流れであるスピン流まで取り扱えるようになり、スピン流で磁石の向きを制御したり、電流や光・熱といったさまざまな物理量とスピン流を相互に変換したりできることが分かってきました。スピン流は本質的には電荷の流れを伴わず、発熱によるエネルギーロスを抑えられるため、次世代の省電力デバイスの実現を目指して精力的に研究が行われています。

スピンをベースとしたデバイスでさまざまな機能を発揮させるためには、スピンとの多岐にわたる物理的自由度の結びつきを解明し、自在に相互変換させることが必要です。近年、スピンと結合する新たな対象として物体の振動や回転、変形といった力学的運動が注目を集めています。物体の巨視的な回転によって磁化の向きが変化する現象およびその逆の現象はそれぞれBarnett効果・Einstein-de Haas効果と呼ばれ、1900年代初頭から知られていました。しかし、巨視的な系では回転速度があまり大きくできず、回転によって生じるスピンの変化はひじょうに小さなものでした。最近になって、圧電基板上に作製した櫛形の電極に高周波電力を印加したさいに発生する表面弾性波を用いてスピンと力学的運動の相互作用を調べる手法が提案されました。この手法を用いると、原子を1秒間に1億回以上という非常に速い速度で振動・回転させることができ、物体の力学的運動がスピンに与える影響をより詳細に調べることができると期待されます。しかし、表面弾性波に由来して発生するスピンの変化を検出する手法は限られており、様々な物質においてスピンと力学的運動の結合を解明していくための新しい実験的アプローチが求められています。

【研究内容と成果】
本研究では、圧電基板上に作製した1対の櫛形電極の間に重金属と強磁性体(コバルト鉄ホウ素)からなる厚みが数nmの薄膜を製膜し、表面弾性波を伝搬させたさいに発生する直流起電力を詳細に調べました(図1)。

図1:本研究で用いた実験系の模式図。重金属/強磁性ヘテロ構造に面内磁場を印加した状態で表面弾性波を伝搬させ、その時に発生する直流起電力を測定する。

 

タングステンなどの重金属中では、電子の軌道運動とスピンが結びつくスピン軌道相互作用が大きいため、表面弾性波に伴う電子の運動がスピンに変換されることが期待されます。また、磁場によって強磁性層の磁化の向きを変えながら起電力の測定を行うことで、発生したスピン変化を検知できるのではないかと予想しました。実際にタングステン/強磁性ヘテロ構造を用いて測定を行った結果、表面弾性波の伝搬時に、磁場の向きに関して90°周期で変化する直流起電力が発生することを見出しました(図2左)。タングステンなどの重金属中では、電子の軌道運動とスピンが結びつくスピン軌道相互作用が大きいため、表面弾性波に伴う電子の運動がスピンに変換されることが期待されます。また、磁場によって強磁性層の磁化の向きを変えながら起電力の測定を行うことで、発生したスピン変化を検知できるのではないかと予想しました。実際にタングステン/強磁性ヘテロ構造を用いて測定を行った結果、表面弾性波の伝搬時に、磁場の向きに関して90°周期で変化する直流起電力が発生することを見出しました(図2左)。

図2:重金属/強磁性ヘテロ構造に表面弾性波を伝搬させた際に発生する直流起電力の磁場角度依存性の測定結果。スピン軌道相互作用の大きなタングステンの場合(左図)には磁場角度について90°周期で起電力が変化するが、スピン軌道相互作用が極めて小さな銅の場合(右図)には磁場に依存する起電力は発生しない。

 

タングステンをスピン軌道相互作用の小さな物質である銅に置き換えて測定を行うと、そのような起電力は観測されませんでした(図2右)。この結果は、表面弾性波がスピン軌道相互作用を介して重金属中でスピン流を生成したこと、および重金属/強磁性ヘテロ構造を利用して表面弾性波由来のスピン変化を電気的に検出できたことを意味します。さらに、本研究では得られた実験結果を説明するためのモデル構築にも取り組みました。その結果、原子振動がスピン軌道相互作用を介して電子スピンと結合する新規な相互作用を仮定することで、実験結果を説明できることが分かりました。

【本研究の意義・今後の展望】
本研究で発見された振動-スピン流変換現象は、理論的・実験的にまったく新しいものであり、スピンと力学的運動を自在に変換することを目指すスピンメカトロニクス(注4)の発展に大きく寄与するものと考えられます。この現象の要となるスピン軌道相互作用はトポロジカル絶縁体(注5)やラシュバ効果(注6)といった基礎・応用両面で重要な現象に大きく関わっており、今回の結果はこうした興味深い物質群における力学的運動やスピンの働きを探究する足がかりとなります。本研究は基礎科学の発展に寄与するのみならず、スピンと力学的運動を結ぶ新しい機能性物質やデバイス構造の創出につながることが期待されます。その結果、身の回りのあらゆる振動から電力を取り出す新規な発電素子としてエナジーハーベスティング(注7)技術や、スピンを利用して機械を制御するMEMS・NEMS(注8)のような大きな産業的価値へと結びつく可能性も示唆されます。

図3:原子振動と電子スピンがスピン軌道相互作用を介して結合することによって発生するスピン流の概念図。

 

発表雑誌

雑誌名 Science Advances
論文タイトル
Acoustic spin Hall effect in strong spin-orbit metals
著者
Takuya Kawada, Masashi Kawaguchi*, Takumi Funato, Hiroshi Kohno, Masamitsu Hayashi*
DOI番号 10.1126/sciadv.abd9697
アブストURL https://advances.sciencemag.org/content/7/2/eabd9697

 

用語解説

注1 表面弾性波

地震波のように、固体の表面を伝わる波の総称です。特に、圧電基板と櫛形電極を用いて発生できるレイリー波と呼ばれる表面弾性波は、縦波と横波が結合することにより格子の回転運動を誘起します。 

注2 スピン流

電荷の流れのことを電流と呼ぶのに対応して、上向きと下向きのスピンが逆方向に向かう流れのことをスピン流と呼びます。 

注3 スピン軌道相互作用

電子の軌道角運動量とスピン角運動量を結合する相互作用で、電子の運動方向とスピンを関連づける働きをします。スピン軌道相互作用は一般に重い元素で大きくなる傾向があります。 

注4 スピンメカトロニクス

回転や変形、振動といった物体の力学的運動によって物体中のスピンを制御すること、逆にスピンを用いて強磁性体などの物体の機械動作を制御することを目的とする研究分野のことです。

注5 トポロジカル絶縁体

物質の内部が絶縁体であるにもかかわらず表面には電流やスピン流が流れる特殊な物質で、もののつながり具合を表すトポロジーという数学の概念で理解できることからその名が付けられました。トポロジカル絶縁体の表面に存在する特異な電子の性質を利用して低消費電力・超高速デバイスを実現できると言われています。

注6 ラシュバ効果

異なる物質の界面や表面のように空間反転対称性の破れた系では、電子の運動方向に対してスピンの向きが固定されるという現象が見られます。これを提唱者の名前にちなんでラシュバ効果と呼び、スピントロニクスへの応用可能性から大きな関心を集めています。

注7 エナジーハーベスティング

光や熱、振動といった普遍的に存在する微小なエネルギー源から電力を取り出す技術のことです。環境発電や、センサーとデバイスをインターネットで繋ぎより良い生活を実現するIoTデバイスといった、次世代社会におけるキーコンセプトの実現に不可欠な技術として精力的に研究されています。

注8 MEMS・NEMS

微細加工技術によってマイクロ・ナノスケールの電気回路と機械部品を1つの基板上に集積した非常に小さな電子デバイスのことを指します。