「うま味」と文豪をつなぐ理学の精神

池田菊苗教授紹介記事

池田菊苗教授

池田菊苗教授

古くはアリストテレスの時代から、味覚は、甘味・酸味・塩味・苦味の4つの味からなると考えられていました。そこに「うま味」という新しい味が加わったのは、本学卒業生にして、本学教授を務められた池田菊苗先生の功績によるものです。

池田先生は、1885(明治18)年、帝国大学理科大学化学科(現・東京大学理学部化学科)に入学します。専攻は理論化学です。1896年に東京帝国大学理科大学化学科の助教授となり、1899年にはドイツに留学します。帰国後の1901年には、東京帝国大学理科大学化学科の教授に就任し、日本の物理化学の礎を築いていきます。

一方で、池田先生は応用化学への関心も高く、基礎と応用を行き来するように研究に取り組んでいきます。あるとき、湯豆腐に使う昆布だしの味が、従来知られていた4つの味のどれにも当てはまらないことに気付いた先生は、だしの正体を解明する研究を始めます。

その結果、だしの成分が「L-グルタミン酸ナトリウム」であることを突き止めます。1907年に、世界で初めて、「うま味」を発見したのです。翌年には、この「うま味」を製造する技術を確立し、特許を取得します。それを、事業家の鈴木三郎助と手を携え、商品化したのが1909年。いまも世界中で販売されている「味の素」の誕生です。先生が商品化に力を注いだのは、日本人の栄養状態を改善し、国力を発展させたい一心からでした。

具留多味酸(グルタミン酸)

「うま味」の認知が世界に広まる一方で、その存在は、科学的には長く議論の的でした。議論に終止符が打たれたのは2000年のことです。舌にグルタミン酸の受容体があることが、マイアミ大学の研究によって明らかになりました。「うま味」は晴れて味覚のひとつと認められ、「UMAMI」という世界共通語となったのです。

日本でも、先生の功績は高く評価されています。特許庁による「日本の十大発明家」の一人に数えられ、「うま味」の発見は、国立科学博物館の「未来技術遺産」と、日本化学会の「認定化学遺産」に列せられています。

池田先生の影響は、化学どころか理学の外にも及んでいます。かの夏目漱石も、先生の存在なくしては生まれていなかったかもしれないのです。

先生は、ドイツからの留学の帰り、ロンドン滞在中の夏目漱石のもとにしばし身を寄せます。このとき漱石は、池田先生から大きな知的刺激を受け、文学研究の成果を『文学論』にまとめあげました。これが、後々の漱石の創作活動を支える礎となっていくのです。

池田先生は、基礎研究の土台の上に応用研究を積み上げ、「うま味」の発見と製造を成し遂げました。一方、夏目漱石は、『文学論』で築き上げた理論を具現化し、数々の作品を生み出していきました。「うま味」と文豪をつなぐものは、基礎を固め、そこから応用へと発展させていく、理学の精神であったということなのかもしれません。