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内永 ゆか子

理学部・理学系研究科の卒業生、教員からのメッセージ

※所属、肩書は掲載時のものです

内永 ゆか子

内永 ゆか子

NPO法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイテイブ・ネットワーク(J-Win)理事長

1971年東京大学理学部卒業。日本IBMに入社、同社で初の女性取締役に就任、常務取締役、専務執行役員などを経て2007年に退職。2008年よりベネッセホールディングス副社長、ベルリッツコーポレーション会長兼社長兼CEO,2013年にベルリッツコーポレーション名誉会長を退任。2007年よりNPO法人J-Win理事長として、企業におけるダイバーシティ・マネージメントの支援に尽力。 2013年 9月に企業に応じた個別のダイバーシティ戦略に関するコンサルティング業務を行う株式会社GRIを設立。2014年4月には様々な団体が連携し女性活躍推進の為活動する民間主催のプラットフォーム、社団法人ジャパンダイバーシティネットワークを設立。社外取締役として、イオン株式会社、HOYA株式会社,DIC株式会社を務める。2013年には男女共同参画社会づくり功労者内閣総理大臣表彰受賞。


「こんなにきれいな学問はない」と感じた物理学

父親がエンジニアで、新幹線の開発に携わったことを誇りにしていました。それでわが家は「理数系であらざれば人にあらず」といった感じの一家で(笑)、そのため幼いときから私も自然と理数系の道に進みました。

高校のときに、すごくいい物理の先生に巡りあったことも、今に繋がる大きなきっかけの一つです。その先生は、「物理学は物事の根源を探求していく学問である」と教えてくれました。物体の運動や事物の成り立ちが、とても単純な数式で表されることを知って、「こんなにきれいな学問はない」と感激したんですね。

東大を受験したのも、物理を真剣に学びたかったからです。当時は1学年2000人のうち女子は100人、物理はたった3人しかいなかったので、入学後はかなり珍しがられましたね。ただ入学した当時は、東大紛争のまっただ中だったので、駒場時代はあまり勉強しませんでした。学生同士が喫茶店でコーヒーを飲みながら政治談義にふけるのが流行の時代でしたから、私も法学研究会に入ったり、一生懸命ヴォーヴォワールやサルトルなどの哲学書を読みふけったりしたものです。

その反動もあって、駒場が終わって専門の理物に進んでからは、本当によく勉強しました。受験勉強の比じゃないぐらい、毎日机に向かいましたね。真剣に勉強に取り組んで、改めて物理の面白さにとりつかれたんです。物理学は工学と違って、「即使える」という学問ではありません。量子力学や相対性原理や流体力学を知ったところで、工業製品などにすぐに応用が効くわけではない。

 でも物理の勉強は、物事の根源をゼロから「どうしてこうなるんだろう」と徹底的に考えていきます。その思考訓練を重ねることで、物事を考える体力みたいなものを、すごく鍛えてくれるんです。今の仕事にも、そのとき学んだ考え方が非常に役立っています。

これまでの常識にとらわれないのが物理学者

現代のような日進月歩でイノベーションが起こる時代には、あるときに一世を風靡した技術が、一週間後に登場した新技術によって駆逐されてしまうということが当たり前に起こります。でも物理学は、偉大な先人たちが物事の根源をゼロから積み上げてきた歴史の上に成り立っていますから、どんなに世界が変わっても、不変の前提として存在できるんです。思考の土台としては、これほど確かな学問はありませんし、実はものすごく柔軟な考え方が身につけられるんですね。

例えば宇宙物理学では、我々が認識する3次元空間に時間軸を加えた4次元の世界観では説明ができない事態がしょっちゅう観測されます。そのとき物理学者は、計算の結果「10次元ならうまくいく」と分かれば、「それじゃあ10次元で考えてみよう」とすぐに発想を切り替えるんです。

「世の中の常識はこうなっている」とか「世間のルールはこうだ」みたいな考え方に一切とらわれない。目の前の現実について「これを説明するためには、どういうロジックが最も適切か」を掘り下げて考えて、その結果見つかった普遍的な法則こそが真実であると見なすわけです。

物理を学んだ人こそビジネスの世界へ

私達が取り組むITビジネスの業界も、「かつてこれで成功できた」という従来型のやり方ではイノベーションが生み出せなくなっています。物理学のように「既存の常識」にとらわれない、根源的な発想法が非常に重要になっているんです。私がIBMの大和にあった研究所のトップをしていたときも、「とにかく物理出身の人材を採用しよう」と言っていたのもそれが理由でした。

もう一つ、物理学が役立つのは、「数式化」と「抽象化」のトレーニングが積めることですね。いろいろな現象を数式で表し、単純な物理法則に抽象化していくことで、物事の本質を掴んでいく。世界を変えるようなイノベーションを起こすには、この抽象化の能力が不可欠です。日本人は欧米人に比べて、この抽象化能力が弱いと感じることがよくあります。ぜひ物理学を学んだ人に、ビジネスの世界に進んでいってほしいと思いますね。

私はIBMで働くなかで、多くの失敗もしましたし、仕事が大変だった時期もありました。同僚の女性たちが沢山辞めていくなかで、何とか残って専務にまでなり、開発製造を統括する立場になれたのも、その背景にはいろんな人の助けがあったのと同時に、大学で学んだ物理の発想の仕方があったと感じています。物理出身であることが、私にとってすごく大きな武器だったことは、間違いないですね。

インタビュー:塩見美喜子教授、関菜央美
記事構成・執筆:大越裕