理学の美学

植物はどのようにして生きているのか、
まだ解明できていない。

生物科学専攻
助教 小田 祥久(おだ よしひさ)

研究概要

芋虫のようであり、コメ粒のようにも見えます。 何やらきれいな色を発する細長く透明感のある生き物のようです。 実は、これは植物の細胞です。 青い糸に囲まれた細胞と紫の糸に囲まれた細胞がありますが、よく見ると、紫だけの細胞があり、青だけの細胞、あるいは青と紫の二つの糸に囲まれたような細胞もあります。 これらは一体何を意味しているのでしょうか。

植物の細胞は、動物と比べ圧倒的に大きいのです。 細胞によって違いはありますが、一般的な動物の体細胞が10μm程度の長さを持つのに対して植物の体細胞は細長く100μmになるものがあるそうです。 外形の大きさも動物よりも大きく、陸上の動物の中で背が最も高いキリンは6mくらいありますが、植物、特に木は北米のセコイア杉は100mの高さにもなる場合があります。 同じ生き物なのにどうしてこんなにも違うのでしょうか。 生物科学専攻生体制御研究室の小田祥久助教は、「花や草、木などの植物は、人間の身の回りにある割には知られていません。私たちの研究室は、植物はどうやって生きているのか、これを解明することが仕事です」と述べます。

固い細胞壁と水を通す穴が共存。

木部細胞に変化している植物の培養細胞。青い繊維状の構造はアクチン繊維と呼ばれる細胞骨格。ピンク色の部分が木部細胞に特徴的な頑丈な細胞壁。この細胞壁を作り終えると、細胞は内容物を分解し、アクチン繊維も消失する(中央の細胞)。

木は年輪を重ね大きく育つものの、動物とは違って骨がないのになぜ大地に立っていられるのでしょうか。 植物がどうやって生きているのかを知ることで将来の農業に生かせたり、育ちやすい環境を作ったりするのに役に立ちます。 小田助教の研究室は理学部に所属していますので、真理を追求する科学としての役割も、もちろんあります。

植物の生態は、やはり細胞を観察することで知ることができます。 植物が動物と決定的に違うのは、細胞が水を吸い込み大きく成長していく点だそうです。 細胞の中に液胞と呼ばれる袋のようなものがあり、ここに水を貯めていきます。 動物と同様に細胞分裂も起こしますが、小田助教は、水を吸い込みながら大きくなっていくメカニズムを研究しています。

木は木部細胞と呼ばれる固い細胞が集まってできています。 特に細胞の表面を細胞壁と呼び、壁のように固いため動物の骨に相当します。 固くなり木を支えるのです。 しかし、木部細胞にも水を通す細胞があり木部道管と呼ばれています。 その成長過程はかなりわかってきました。 若い組織では細胞が伸長できるように穴が大きく華奢な細胞壁が作られますが、十分に成長した組織では穴が小さくなり、細胞としては固くなります。 樹齢が数十年と古い木は木部細胞が蓄積して固く丈夫になりますが、水を通す木部道管の働きによって木の天辺まで水を運ぶことができるのです。

穴の開いていない細胞もあるそうですが、穴のあく木部細胞はどのようにして作られるのでしょうか。 どの木部細胞が穴を大きくして成長していくのか、どの遺伝子が有効に働くのでしょうか。 この疑問を解くカギが、木部細胞を複製するための転写因子というたんぱく質です。 この転写因子が通常の細胞を木部細胞に変化させるようです。 そこで、転写因子を有効に働かせて細胞の中で木部細胞が複製されるようにしたいのですが、研究チームは遺伝子に細工を加え、動物ホルモンを投与することでこの転写因子が作られるようにしました。

木部細胞は成長と共に固い細胞壁と水の通り道を作り出す。

写真にある芋虫のような細胞の色を見ているのは、木部細胞の細胞壁が作られてゆく様子を見ているのです。 研究室では、この木部細胞を培養しています。 培養している状態では、細胞がばらばらで、植物を形づくっている訳ではありません。 しかし、培養液の中では細胞分裂が起きやすく、細胞の成長を効率よく見ることができます。

植物細胞の細胞分裂は、動物の場合と違って、細胞膜さらに細胞壁が細胞を二つに分けてしまいます。 動物の細胞だと、一つの細胞がくびれて二つになり分裂しますが、植物細胞では細胞壁が細胞の真ん中にできてしまうのです。 しかも細胞壁は2枚でき、細胞膜によって真ん中でサンドイッチ状に挟まれた構造になり、細胞壁を中心に二つの細胞に分かれてしまうそうです。

さて、この培養細胞に動物ホルモンをかけ転写因子が作られるようになると、木部細胞がしっかりと作られるようになるので、木部細胞が次々にできてきます。 写真の青色のスジのような繊維状のものはアクチン繊維と呼ばれるタンパク質のポリマーで、細胞骨格の一種です。 アクチン繊維は木部細胞の成長を促し、固い細胞壁ができてきます。 この写真では、ピンクの細胞壁が少しずつ増えてきている様子がわかります。

すっかりピンクになってしまった細胞が1個ありますが、ピンクになっていない黒い部分が水を吸い取る通り道となるのです。 木部細胞は内容物を分解して細胞骨格が消失し、中が中空になって水が通るようになります。 すっかり木部道管に変化してしまうと細胞としては死んでしまいます。 木の年輪も伐採した木材も同じように細胞が死んだものです。 木は水を通し、しかも非常に固い状態に変化していきます。

木を自由に変えることができるかもしれない。

しかし、どのような仕組みで普通の細胞を木部細胞に変化させるのか、詳細はまだ解明されていません。 このメカニズムが完全に解明されると、細胞の固さを制御したり、木の性質を自由自在に変えたりできるようになる、と小田助教は期待しています。 将来、通気性の良い、柔らかい木ができるようになるかもしれません。 あるいは効率よく短期間に木を成長させることができる日が来るかもしれません。 小田助教は、この研究を通して生命の仕組みの解明にもつながるし、植物独特の生きている仕組みがわかり、知的好奇心をくすぐる喜びも学生に伝えたい、と期待しています。

小田助教は生物科学の分野ですが、東京大学にはもっと物質の分子レベルに注目した生物化学部門、生命に関する情報を扱う生物情報科学科もあります。生物科学は生物をマクロからミクロのレベルで生態系を含めて研究する所であり、最も生物らしいといえるでしょう。