理学の技術革新
化学専攻 中村栄一 教授

サイエンスを社会と結びつける

— 次世代太陽電池と「元素戦略」をつなぐ化学者の思い —

応用研究の射程

中村教授は、「応用研究」という言葉には誤解を招きかねない要素があるとも指摘する。

「応用研究というと市場化・商品化がイメージされがちですが、アカデミアの研究でそこまで手掛けることはできません。それは企業の守備範囲です。こうした混同が起こるのは、サイエンスとテクノロジー、エンジニアリングの区別がされていないからです」

教授によれば、サイエンスは「分からないことを解明すること」、テクノロジーは「技」あるいは「技術」、エンジニアリングは「社会のニーズに合わせて商品をつくること」だ。サイエンスのなかにもテクノロジーがあり、テクノロジーのなかにもサイエンスがあり、エンジニアリングのなかにもサイエンスとテクノロジーは含まれるが、混乱を避けるために3つを分けて考えることが必要ということだ。

たとえば、分子の構造を解明する電子顕微鏡は「技術」そのもの、1000種のフラーレンをつくるには「職人技」が不可欠だ。そのうえで、安全性の確保や適切な価格設定など、「技術」や「技」を社会の役に立つ水準にまで磨き上げるにはエンジニアリングが必須だ。それを踏まえて、「エンジニアリングの一歩手前まで持っていくのが応用研究」ということだ。

現代の錬金術を目指す

図3

結合を切る鉄触媒

中村教授が将来的な応用を目指して取り組むのが、鉄の触媒利用の研究だ。触媒として重宝される稀少元素のパラジウムを鉄で代替し、工業プロセスを入れ替えることを目標とする。研究を始めて15年以上が経つ。

「パラジウムが有限な希少元素である以上、未来永劫使えるものではありません。2011年夏には、中国がレアアースメタルの輸出を規制するということも起きました。鉄を触媒にするのは、元素そのものの性質に根ざす科学的な困難もあり簡単なことではありません。"できること"ではなく、"できそうになくとも、やらなければいけないこと"に取り組んでこそサイエンスです」と教授は言う。2004年には「元素戦略」という言葉も発案し、稀少元素の代替や利用削減はいまや国家戦略となった。

化学(chemistry)は、卑金属を貴金属に変えようとする錬金術(alchemy)に起源がある。卑金属の鉄で貴金属のパラジウムの代替を目指すのは、まさしく「現代の錬金術」だ。「元素資源の枯渇の問題を解決できるのは、ケミスト(化学者)しかいない」という教授の言葉には大きな説得力がある。

サイエンスの2つの意義

図4

バロックフルート,ピッコロとチェンバロ

中村教授は、研究の傍らでバロック音楽を嗜む。

「音楽で重要なのは、音符ではなく演奏者が音に込めるメッセージです。サイエンスでも同じことが言えます。実験データはただの音符に過ぎず、そこにどういう意味を与えるか、どういうメッセージを込めるかが重要です。サイエンスも、音楽と同じく意思表明です。次世代太陽電池の素材をつくり、鉄を触媒にすることが、私が研究に込めるメッセージそのものです」

「サイエンスには2つの大きな意義がある」というのが教授の持論。ひとつは、自然の原理を解明して人々に夢を与えること、もうひとつは、社会の課題を解決することだ。

「サイエンスは、個人的な情熱や不思議の解明から出発するものですが、いまの時代にそれだけでは不十分です。高水準のサイエンスの技で、社会の問題にアプローチする科学者が必要とされています」

教授のその言葉の背景には、学生時代の経験がある。1971年、イスラエルで3ヶ月間インターンシップを経験した。71年という時期は、第三次中東戦争(1967年)と第四次中東戦争(1973年)の間だ。紛争地帯の緊張がそこかしこで見え隠れする。激しい戦闘があった地域には戦車の残骸が転がり、地雷原がそのままに残されていた。その原体験が、中村教授を基礎から応用に拡がる地平へと向かわせる。

「マルサスが、『人口論』(1798年)の最後で面白いことを書いています。"Evil exits in the world not to create despair but activity."(災いは、絶望ではなく活動をもたらすために、この世界に存在する) エネルギー問題にせよ、元素資源枯渇問題にせよ、新しい社会問題が出現することで、またそこに科学者の活躍の場がうまれるのです」

サイエンスを社会と結びつける—。それが、中村教授がサイエンスに込めるメッセージなのだ。

化学専攻 中村栄一 教授
中村栄一 教授
— 略歴 —

東京工業大学理工学研究科化学専攻博士課程修了、米国コロンビア大学化学科 博士研究員、東京工業大学理学部化学科助手、助教授、教授を経て、1995年より現職。理学博士。
2014年 日本学術会議会員

取材・構成:萱原正嗣
写真:貝塚純一