植物学で福島に貢献する

~放射性物質の植物への取り込みを調査するプロジェクトを立ち上げて~

2011年8月19日
生物科学専攻 教授 福田 裕穂

放射性物質をなるべく取り込まないイネが分かれば福島での農業に役立つ。 反対にたくさん取り込む植物がわかれば土壌の浄化に役立つ。 植物学の学識をもって貢献するプロジェクトが進んでいる。

長期的な食糧の安全のために

図1

図1:農地

茶葉に含まれる放射性セシウムが食品衛生法に定める基準値(500Bq/Kg)を超えたと問題になったと思ったら、稲藁に付着した放射性セシウムを食べた牛の肉が基準(500Bq/Kg)を超えたということで、福島を含む複数県で牛肉が出荷停止となり、今度は米の放射能を全部測定するとスーパーマーケットや行政機関が発言するなど、植物と放射能の関係は大きな社会問題となっている。 一方で、放射能汚染が深刻な福島県の学校の校庭では、ヒマワリを植えて放射能除去を行っているとの報道が流れてくる。 断片的な情報と出荷停止など対処療法は報道されるが、一体、植物に何が起こっているのかについての正しい調査はほとんど行われていない。 すでに大量(7.7 x 1017Bq:スリーマイル事故を越え、チェルノブイリ事故の1/7)の放射性物質が放出されてしまっている中で、私たち植物学者は、植物の放射能汚染の現状—どの地域にどの程度の放射能汚染があるのか、植物への放射性物質の付着の現状は、植物種による放射性物質の吸収の違いは、植物の器官ごとの放射性物質の蓄積の違いは、土壌放射能汚染と植物蓄積の関係はなど—を早急に調査する必要があると考えた。 こうした調査と、調査により明らかになる放射性物質の動態の仕組みを正しく理解した上ではじめて、食糧の安全性や植物を用いた放射性物質の除去などの長期的な対策が可能になると考えたためである。

多様なメンバーが多くの大学から参加

私たちが行動を開始したのは4月の初めである。 複合的な対策が必要なことから、様々な分野の専門家に声をかけた。 その結果、土壌学者、作物学者、海藻学者、生態学者、植物栄養学者、工学者、植物生理学者など多様なメンバーが、東京大学、神戸大学、北海道大学、宇都宮大学、福島県立医大、いわき明星大学、財団法人環境科学研究所からボランティアーで参加してくれた。 すでにヨウ素の放射能は減衰により山場を越えていたので、最も多量に存在する半減期が30年の放射性セシウムを中心に植物への移行の動態、さらには土壌中からの除去について検討することとした。 5月2日には理学系研究科の大塚孝治先生が呼びかけた「第2回 環境放射線核物理・地球科学合同会議」に、私が参加し、協力して調査を行うことになった。

調査・研究は長期的に貢献ができるように

図2

図2:打ち合わせ

私たちが調査を行うにあたって前提としたのは以下のことである。

データに関して:

  1. 科学的な批判に耐えうるデータをとる。
  2. 得られたデータはできるだけ速やかに公表する。
  3. データは必ず現地の人たちと共有する。

調査に関して:

  1. 調査だけでなく、食糧の安全性確保や放射能除去に貢献できるような実験も同時に行う。
  2. 放射能汚染は何十年という長期にわたることが考えられる。そこで、短期的な対策だけでなく長期的な対策にも貢献できるような調査・研究を行う。
  3. データや手法を他のグループと共有して、多様な視点からの現状の把握に努める。
  4. 文科省、農水省などの省庁とは連絡を取るが、当面は省庁からの経済的な支援を受けることなくボランタリーベースで調査・研究を行う。

調査にあたっては、農地を借り受けたり、調査地を設定する必要があるが、私たちは福島の農家とは直接のつながりはなかった。 そこで、農学生命研究科の名誉教授の知り合いの農家、ボランタリーメンバーの知り合いの農家、環境放射線核物理の調査班の知り合いの酪農経営者など、泥縄的につてを辿り、漸く最終的に6つの調査地(表1)を決定することができた。

表1:調査地
Site1 福島市(水田、畑地) 放射性物質存在量-やや高
Site2 本宮市(水田) 放射性物質存在量-やや高
Site3 いわき市(水田、畑地) 放射性物質存在量-低
Site4 いわき市(畑地) 放射性物質存在量-中
Site5 川俣町(牧草地) 放射性物質存在量-やや高
Site6 いわき市沿岸域 不明

広範な植物を調べる

図3

図3:牧草地

調査対象としたのは、イネ、畑地の作物、牧草、野草、藻類と広範にわたる。 イネについては、放射性物質の吸収量に差があると想定されるイネの品種100種以上の調査、および、肥料・土壌改良材による放射性物質の吸収・移行の抑止効果の検討を進めている。 各種作物・牧草については、放射性物質を含む畑地で育てることにより、放射性物質の吸収量の違いを調べている。 また、福島県内に既に生育している各種野外生育植物・牧草については、放射性物質蓄積量の変動を調べることで、生態系における放射性物質の移動についての知見を得ることにしている。 最後に、藻類であるが、現在放射性物質の蓄積に関して、最も情報が不足しているのが海である。 そこで、海産藻類を採集し、放射性物質の蓄積状況を測定することにした。

これらの調査を通して、

1)可食部への放射性物質の移行率の低いものを選び出すことで耕作可能なイネや作物の選定が可能になる。

2)放射性物質の移行率の高いものを選別することで、放射性物質を吸収するのに有効な植物の選定が可能になる。

3)海における放射性物質蓄積の実体が明らかになるとともに、海産物の安全性を判断するための情報の提供が可能になる。

と考えられる。

未曽有の事態の中で、走りながら考えているプロジェクトであるだけに、様々な課題が次々と持ち上がってくる。 しかし、災害に遭われた方の苦しみや悲しみに比べれば、乗り越えられないことはないとの思いで、本務の傍ら調査に励んでいる。